夜通しアンアン

戸影絵麻

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第1章　カロン

#2　アンアン②

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「魔界？　魔界ってなんだよそれ？」

　僕はぽかんと口を開けた。

　冷蔵庫を捨てないと、僕の部屋が魔界との通路になる？

　この娘、言ってることがますます意味不明だ。

「魔界は魔界だ。あたしの故郷だよ」

　少女が立ち上がった。

　背はそんなに高くないけど、黒のハイレグレオタードから伸びた脚は太くもなく細くもなく、意外に長い。

　それに、なんだ、あの釣り鐘型のおっぱいは。

　今にもこぼれてきそうなくらい、でかいじゃないか。

　少女は僕の6畳間を不躾な視線でじろじろ見回すと、

「せまいな」

　くびれた腰に手を当て、憮然とした表情でつぶやいた。

「さすが家畜、よくこんなところに住めるもんだな」

「家畜？」

　今度は僕がむっとする番だった。

「それってひょっとして、俺のこと？」

「あ、いや、なんでもない」

　少女があわてたように首を振り、僕のほうにぐっと首を突き出してきた。

　たちまち深い胸の谷間が目の前に迫ってきた。

　すごい。

　白くてまん丸で、すごくやわらかそうだ。

「ところでこの近くに火山はないか？　まだ噴火してる元気なやつがいいのだが」

「火山？」

　僕は絶句した。

　この街中に、そんなもの、あるはずがない。

「九州まで行けば、あるだろうけど、ここにはちょっと…」

「九州？　それはどこだ？」

「どこだと言われても…」

　驚いた。

　こいつ、九州を知らないのか。

　中学生か高校生か知らないが、ゆとり教育もほどがある。

　仕方なく僕は、スマホをいじって日本地図を出した。

「ここだけど。阿蘇山とか桜島あたりが、確か活火山だと思ったけど」

「わかった」

　少女がうなずいた。

　冷蔵庫に近づくと、あろうことか、それをひょいと片手で持ち上げた。

　なんという馬鹿力。

　独身者用の小型とはいえ、空の段ボール箱じゃあるまいし。

「ちょっと行ってくる」

　窓を開け、窓枠に片足をかけると、少女が言った。

「行くって、どこへ？」

「決まってるだろ。九州だ。噴火口にこいつを捨ててくる」

「は？」

　棒は茫然と少女の野生の猫に似た顔を見返した。

「そりゃ、無理だろ。こんな夜中に新幹線も飛行機も動いてないし、第一、それを持ってか？」

「あたしを誰だと思ってる？　泣く子も黙るアンアンだぞ」

　少女がグイと胸を張った。

　泣く子も黙るのか。

「じゃ、行ってくる」

　冷蔵庫を右肩に担ぎ、少女が窓から身を乗り出した。

「すぐ帰るから、食事の準備を頼んだ」

　え？

　帰って来るのかよ？

　バサッ。

　羽ばたきみたいな音がして、ふと見上げると、空を飛んでいた。

　満月を背景に、蝙蝠みたいな翼を広げ、宙天高く浮かんでいる。
　
　もちろん、冷蔵庫を担いだままである。

「食事の支度って言ったって…」

　その雄姿（？）を見上げながら、僕はため息をついた。

　冷蔵庫を持っていかれちゃ、なんにも作れないじゃないか。

　ふと、そう思ったのだ。

　
　

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