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第1章 カロン
#3 アンアン③
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仕方ないので、近所のコンビニに行くことにした。
飲み物と弁当、カップ麺、パン、アイス、菓子などを買い込んで、家に戻った。
自慢じゃないが、僕は民宿を改造した一軒家にひとり暮らしをしている。
高校生のくせに分不相応と思われるかもしれないが、これには複雑な事情がある。
簡単に説明すると、こんな感じだ。
両親が離婚。
原因は母の不倫。
オヤジに引き取られる僕。
しかし、根っからの仕事人間で、子育てに興味のないオヤジ、ひとり息子を自分の実家に預ける。
仰天した実家のじいさんばあさん、孫を持て余して以前経営していた民宿に放り込む。
生活費くらいは出してやるから、そこでひとりで暮らせというわけだ。
ちなみにここは岐阜県の山間部に近い町。
鵜飼いで有名な長良川なども流れていて、周りには温泉も多い。
大ヒットアニメ映画の聖地もすぐそこだ。
だが、正直、若者の趣味に合う町ではない。
人口の半分は高齢者だから、似合うとしたら演歌である。
立てつけの悪い引き戸を開け、薄暗い階段を上がる。
2階のひと部屋が僕のマイルームだ。
6畳一間でここが家じゅうで一番狭い。
でも、僕はこの角部屋が気に入っていた。
元民宿だから1階にもいくつか部屋はあるのだが、何か出そうで落ち着かないのである。
冷蔵庫がないから、畳の上に戦利品を並べ、テーブルに向かう。
テーブルの上には英語の副教材。
月曜提出の宿題だ。
英文の原書を20ページ訳してこいという、鬼畜めいた苦行だった。
1時間ほど電子辞書とにらめっこしながら唸っていると、開け放した窓のほうから声がした。
「意外に遠かったな、九州は」
振り返ると、あの露出過多な衣装の少女が、窓の桟に腰かけて足をぶらぶらさせていた。
「わ、夢じゃなかったのか」
「なわけないだろう」
ひょいと飛び降り、僕の対面に来てあぐらをかいた。
「安心しろ。あの箱は無事活火山の火口に放り込んできた。これでカロンのやつもしばらくは追ってこれまい」
得意げにつんと尖った鼻の頭を人差し指で撫でている。
「本当に九州へ行ったのか?」
僕はシャーペンを放り出して、少女を見た。
「当たり前だ。ちゃんとそう言っただろう」
「でもまだあれから1時間も経っていないぞ」
「それがどうした。あたしはアンアンだ。行きたいところならどこへでも行ける」
「いや、そういう問題じゃなくって…」
そういえば、こいつ、空を飛んでったんだっけ…?
「ところでおまえは誰だ? こんなところで何している?」
自分こそ闖入者のくせに、偉そうにアンアンが訊いてきた。
「お、俺は、山田元気。しがない高校生だけど。あ、間違えるな、名前、電気じゃなくて、元気だからな」
「電気だとなにかまずいのか?」
「まあ色々と」
「それはなんだ? この夜中に何の悪だくみだ? 魔導書の翻訳か?」
アンアンが長い爪で宿題の副教材を指す。
「悪だくみ? 魔導書? なんだそれ? 見てわかるだろ? ただの宿題だよ」
「宿題? それ、面白いのか?」
「面白いわけないだろ」
「じゃあ、やめてしまえ」
「はあ?」
「おまえ、あたしに色々聞きたいことがあるだろう?」
「そりゃ、ないことはないが」
「質問にはできるだけ答えてやる。だからまず、その宿題とやらは中止して、早く何か食べさせろ」
「ああ、そうだった」
僕は教材やノートを片づけ、テーブルの上に食料品を並べてみせた。
「好みがわかんないから、適当に買ってきた。好きなのを取れよ」
とたんに、アンアンの勝気そうな顔に、不機嫌そうな表情が浮かんだ。
「何だこれは? おまえ、あたしを愚弄する気か? 豚の餌でも、もう少しマシだと思うが」
飲み物と弁当、カップ麺、パン、アイス、菓子などを買い込んで、家に戻った。
自慢じゃないが、僕は民宿を改造した一軒家にひとり暮らしをしている。
高校生のくせに分不相応と思われるかもしれないが、これには複雑な事情がある。
簡単に説明すると、こんな感じだ。
両親が離婚。
原因は母の不倫。
オヤジに引き取られる僕。
しかし、根っからの仕事人間で、子育てに興味のないオヤジ、ひとり息子を自分の実家に預ける。
仰天した実家のじいさんばあさん、孫を持て余して以前経営していた民宿に放り込む。
生活費くらいは出してやるから、そこでひとりで暮らせというわけだ。
ちなみにここは岐阜県の山間部に近い町。
鵜飼いで有名な長良川なども流れていて、周りには温泉も多い。
大ヒットアニメ映画の聖地もすぐそこだ。
だが、正直、若者の趣味に合う町ではない。
人口の半分は高齢者だから、似合うとしたら演歌である。
立てつけの悪い引き戸を開け、薄暗い階段を上がる。
2階のひと部屋が僕のマイルームだ。
6畳一間でここが家じゅうで一番狭い。
でも、僕はこの角部屋が気に入っていた。
元民宿だから1階にもいくつか部屋はあるのだが、何か出そうで落ち着かないのである。
冷蔵庫がないから、畳の上に戦利品を並べ、テーブルに向かう。
テーブルの上には英語の副教材。
月曜提出の宿題だ。
英文の原書を20ページ訳してこいという、鬼畜めいた苦行だった。
1時間ほど電子辞書とにらめっこしながら唸っていると、開け放した窓のほうから声がした。
「意外に遠かったな、九州は」
振り返ると、あの露出過多な衣装の少女が、窓の桟に腰かけて足をぶらぶらさせていた。
「わ、夢じゃなかったのか」
「なわけないだろう」
ひょいと飛び降り、僕の対面に来てあぐらをかいた。
「安心しろ。あの箱は無事活火山の火口に放り込んできた。これでカロンのやつもしばらくは追ってこれまい」
得意げにつんと尖った鼻の頭を人差し指で撫でている。
「本当に九州へ行ったのか?」
僕はシャーペンを放り出して、少女を見た。
「当たり前だ。ちゃんとそう言っただろう」
「でもまだあれから1時間も経っていないぞ」
「それがどうした。あたしはアンアンだ。行きたいところならどこへでも行ける」
「いや、そういう問題じゃなくって…」
そういえば、こいつ、空を飛んでったんだっけ…?
「ところでおまえは誰だ? こんなところで何している?」
自分こそ闖入者のくせに、偉そうにアンアンが訊いてきた。
「お、俺は、山田元気。しがない高校生だけど。あ、間違えるな、名前、電気じゃなくて、元気だからな」
「電気だとなにかまずいのか?」
「まあ色々と」
「それはなんだ? この夜中に何の悪だくみだ? 魔導書の翻訳か?」
アンアンが長い爪で宿題の副教材を指す。
「悪だくみ? 魔導書? なんだそれ? 見てわかるだろ? ただの宿題だよ」
「宿題? それ、面白いのか?」
「面白いわけないだろ」
「じゃあ、やめてしまえ」
「はあ?」
「おまえ、あたしに色々聞きたいことがあるだろう?」
「そりゃ、ないことはないが」
「質問にはできるだけ答えてやる。だからまず、その宿題とやらは中止して、早く何か食べさせろ」
「ああ、そうだった」
僕は教材やノートを片づけ、テーブルの上に食料品を並べてみせた。
「好みがわかんないから、適当に買ってきた。好きなのを取れよ」
とたんに、アンアンの勝気そうな顔に、不機嫌そうな表情が浮かんだ。
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