夜通しアンアン

戸影絵麻

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第1章 カロン

#16 襲撃⑦

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 正直なところ、女子の買い物につき合う気にはなれなかった。

 もっとも、これまでそれに類する経験などないのだけれど、想像しただけで面倒くさそうだった。

「下着は元気に選ばせてやろうと思ったけど、いいのか?」

 アンアンはそんなことを言ってのけたものだったが、ここはやんわり固辞しておいた。

 女性の下着売り場というのは確かに魅力的なスポットではある。

 でも、いくらアンアンと一緒でも、そんなところに入る勇気はなかったからだ。

「地味なのにしてくれれば、俺はそれでいいよ」

「本当か? あたしは別にシースルーやTバックでも構わないぞ」

「あのさ、アンアン、おまえ、明日から高校生になるんだろ? そんなの学校に穿いてくるやつ、いないって」

「そうなのか? それではパンチラの時、元気もつまらなくないか?」

「俺は盗撮魔じゃないよ」

 僕は憮然とした。

「それにだな。仮に偶然見えたとしてもだ、下着はシンプルな白がいちばんセクシーに決まってるんだ」

「ほう。それは初耳だ」

 そんな会話を交わした後、あきらめたアンアンはひとりで専門店街に出かけて行った。

 アンアンが買い物をしている間、冷蔵庫の下見でもしておこうと、僕は家電売り場に足を運ぶことにした。

 ひとり暮らしなら単身者用の安いのでいいのだが、あの大食らいのアンアンと一緒となると、そうはいかない。

 十万を超える本格的なやつでないと、1回の食事で中が空っぽになってしまうに違いない。

 家電売り場は2階にあった。

 表示では、冷蔵庫の類いはいちばん奥のコーナーのようだ。

 入り口近くは、テレビの陳列コーナーだ。

 4Kとか8Kとか、僕には縁のない最新機種が並んでいる。

 ふと見ると、なぜかその前に人だかりができていた。

 若いカップルや家族連れが数組、展示されたテレビの画面に熱心に見入っている。

 何だろう?

 何の気なしに、後ろからのぞき込んでみた。

 大きな画面に映っているのは、どうやらニュース番組のようだ。

 どこかで見た街並み。

 あちこちで火の手と煙が上がっている。

 何だ?

 火事か?

 と、アナウンサーの声が聞こえてきた。

 -岐阜市内に突如として出現した、謎の巨大生物は、現在時速50キロの速さで北西に移動中。巨大生物の進行方向の町村にお住まいの方は、至急避難してください。繰り返します。岐阜市内に突如として出現した…-

「怖いね」

 画面を食い入るように見つめながら、小さな女の子が、母親の手を引いて怯えた声で言う。

「どうせ特撮番組の予告か何かだろ? こんなのありえないよ」

 若い父親が、娘の頭を撫でて苦笑した。

「そうよ。そうに決まってるよね」

 うなずく母親のほうは、それでも不安をぬぐいきれないようだ。

 僕はもっと近寄って、画面を見ようとした。

 なんだかすごく不吉な予感がする。

 岐阜市から北西って、今まさに僕がいる、ここじゃないか。

 と、その時だった。

「待たせたな」
 
 突然、背後から、アンアンの声がした。

「あれ?」

 振り向くと、セーラー服姿のアンアンが立っていた。

 目を真ん丸く見開いて、テレビ画面に見入っている。

 そのアンアンが、呆れたような口調で、つぶやいた。

「カロンじゃないか。あんなとこで、何やってんだ? あいつ」






 





 

 

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