夜通しアンアン

戸影絵麻

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第4章 海底原人

#2 アンアンと夏休み②

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 よくない話というのは、たいてい来る方角が決まっている。
 僕の場合は、間違いなく、隣の席、悪友、一ノ瀬のほうからだ。
 前回のゾンビ事件に引き続き、今回も果たしてそうだった。
 一時的に鬱状態に襲われ、机に突っ伏している僕に、へらへら笑いながら一ノ瀬が話しかけてきたのである。
「なあ、元気、今度新しくオープンした温水プール、知ってるか? ほら、水族館に隣接して、イルカやウミガメと一緒に泳げるってうたい文句のあれ」
「相変わらずセリフが長い。説明的すぎる。ラノベなら即書き直しか削除だな」
 面倒くさいので、適当に突っ込んでやると、
「何わけわかんないこと言ってんだ。俺が言いたいのはだな、そこに女の子誘って行ってみないかってこと」
 一ノ瀬のやつ、むきになって鼻の穴を膨らませた。
「女の子? おまえ、まさか」
 嫌な予感に、つい顔を上げた。
 こいつ、まだ懲りていないのか。
「そのまさかだよ。アンアンと蘭ちゃん。いいアイデアだと思わないか? だってプールと来れば、当然水着だろ? 彼女たちの水着姿、おまえだって絶対見たいはずだ」
「いいよ、そんなの」
 僕は再び机に突っ伏した。
 水着姿くらいなら、わざわざプールまで出かけなくても、頼めばアンアンが見せてくれるのだ。
 だいたい、蘭ちゃんって何だ?
 おそらく阿修羅のことだろうが、いつから蘭ちゃんなんて馴れ馴れしく呼ぶようになった?
「あ、それだけじゃないぞ。あの隣の水族館、最近、色々やばいことが起こってるんだって」
 僕の反応が鈍いと見て、角度を変えて一ノ瀬が切り込んでくる。
「ヤバいこと?」
 しょうがないな。まあ、ちょっとつき合ってやるか。
「ああ、そうさ。突然、水槽の中の魚の数が減ってたり、またその逆に、見たことのない生き物が水槽の中を泳いでたり…中には、人魚を見たという情報もあるほどだ」
「そんなのデマだよ。どうせネット民たちの戯言だろ? 夏だから新しい都市伝説でも流行らせようって魂胆なんだよ」
「いや、中にはかなり信憑性の高いのもありそうだったぞ。とにかく、水族館の謎解きついでにプールなんて、最高にしゃれてると思わないか? あのふたりなら絶対」
 一ノ瀬が、そう言い終わるか終わらないかのうちだった。
 ふといい匂いがして、僕らの間に、突然ひらりとスカートのひだが割り込んできた。
 その下から伸びた健康的な小麦色の足は、間違いなく…。
「面白そうね。その話、もっと詳しく聞かせてくれない? 一ノ瀬ちゃん」
 僕らを見下ろし、ニッと微笑んだのは、魔界から来たアンアンの盟友、というか花婿候補№5、阿修羅王である。
「アンアン、ちょっと来てくれない? なんだかまた、おもしろい話、聞けそうだよ!」
 よせばいいのに、手を振って帰り支度をしているアンアンを呼びつける始末だ。
「なんだ? おもしろい話って?」
 少し迷惑そうな顔をして、机の間をアンアンがやってくる。
 セーラー服の胸元がぶるんぶるんと揺れるのは、ブラからはみ出しそうにおっぱいが大きいからである。
 ついでに尻も大きいから、アンアンの歩き方は典型的なモンローウォークだ。
「えっとね」
 美少女二人に囲まれ、すっかりご満悦の体で、一ノ瀬が話し始めた。
「港の近くに水族館があるの、ふたりとも知ってるかな? 実はそこの敷地に今度温水プールができてさ」

 今になって僕は思うのだ。
 これが、またしても世間を阿鼻叫喚の渦に突き落とすことになる、あの第4の惨劇の始まりだったのだ、と。


 
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