112 / 249
第6章 アンアン魔界行
#17 アンアン、百鬼夜行⑧
しおりを挟む
「ここが、”始まりの村”」
巨大な鳥居みたいな門を見上げて、阿修羅が言った。
「このあたりは、人間界からさっきみたいなマヌケな冒険者たちがよく紛れ込んでくるの。だから、一種の観光名所として、この村とあの草原がつくられたってわけ。あたしたち魔界側の者としては、そういうやつを見つけては、なるべく命を落とす前に元の世界に帰るよう説得してはみるんだけど、あいつらなかなか頑固でさ。やれチートスキルで魔王を倒すんだとか、育成スキルを上げて一獲千金を狙うんだとか、馬鹿みたいなことばっか言ってるの」
「話には聞いてたが、ここまでひどいとは思わなかったな。早いとこ親父に進言して、煉獄の女神たちを取り締まってもらったほうがいいかもしれない」
広場を見回しながら、アンアンがぼやいた。
「そうかあ、異世界転生って、詐欺だったのかあ」
ショックの色を隠しきれないのは、一ノ瀬だ。
「いざとなったらやってみようとマジで考えてたのに、これじゃ、俺みたいな人間は逃げ場なんてないってことか」
「当たり前だ。自分の人生から、そんなに簡単に逃げられるものか。そんなことが可能なら、どこの世界もガラガラの過疎状態になってしまう」
「確かにね。そんなの許したら、人間界なんて、あっと言う間に限界集落だよね。ま、そんなへっぽこは、どうせどこの世界に行っても、使いものにならないに決まってるんだけど」
同い年とは思えないほど、アンアンと阿修羅はクールである。
へっぽこ同士の僕と一ノ瀬には、当然返す言葉などないのだった。
まあ、いいか。
ふたりの美少女がそこまで力説するなら、仕方がない。
せいぜい精進しようじゃないか。
気を取り直して周囲を見回してみる。
高校のグラウンドほどの広場のまわりに、異国風の家々が軒を連ねて立ち並んでいる。
天気もいいし、暑くも寒くもなく、妙に牧歌的で郷愁を誘う風景だ。
かろうじて魔界らしいとわかるのは、行き交う人々の姿である。
人間ぽいのもいれば、動物が服を着て歩いているようなのもいる。
悪魔っぽいのも魔女っぽいのも、昆虫みたいなのも。
ただ、みんなに共通しているのは、その誰もが比較的穏やかな顔つきをしていることだ。
これなら、人間界のスラムのほうが、ずっとぶっそうに違いない。
「安心しろ。ここは田舎だから、襲われる心配はない。貧しいながらも、みんな、自給自足で暮らせているからな。魔界で怖いのは都会なんだ。そのあたりの事情は、人間界と大して変わらない」
僕の心を読んだかのように、アンアンが言った。
ふと気がつくと、僕らは大きな木造の建物の前に立っていた。
イギリスの湖水地方にでもありそうな、農家を改良してつくられたとおぼしき、こじゃれた料亭である。
入り口の戸は開け放たれていて、なかから焼肉とガーリックの香ばしい匂いが漂ってくる。
店の内部は八分ほどの入りで、昼間からビールのジョッキを傾けている者がほとんどだった。
「おお、あれは」
「王女様だ」
「アンアン王女」
「相変わらずお綺麗でいらっしゃる」
アンアンがのれんをくぐるなり、男たちの間でどよめきが起こった。
「よお、姫様、帰ってきたのか!」
インドの神様、ガネーシャによく似た店の主人が、カウンターの向こうから陽気な声をかけてくる。
「戻ってきたわけではない」
男たちをぐるっと見渡して、よく通る声でアンアンが言った。
「きょうはちょっとした観光だ。ところでみんな、このへんで後鬼の姿を見なかったか? 犬を一匹連れていたはずなんだが」
「ゴキって、ゴキブリのことじゃなくて、地獄のあの鬼のほうか? いやあ、さすがにそれは…」
店の主人が長い鼻を丸めて渋面をつくった。
「ほかはどうだ? 最近、前鬼後鬼夫婦を見たって者は?」
ついさっきまでの陽気なざわめきがうそのように、店の中を気まずい沈黙が支配する。
「王女、ここで地獄の話は勘弁しておくれ」
主人の後ろから、弁財天みたいな女将さんが顔をのぞかせ、小声で言った。
「やつら、最近やヴぁいんだよ。なんか空気が不穏でさ。こんな辺鄙な村にまで、悪い噂が色々流れてきてるんだ」
巨大な鳥居みたいな門を見上げて、阿修羅が言った。
「このあたりは、人間界からさっきみたいなマヌケな冒険者たちがよく紛れ込んでくるの。だから、一種の観光名所として、この村とあの草原がつくられたってわけ。あたしたち魔界側の者としては、そういうやつを見つけては、なるべく命を落とす前に元の世界に帰るよう説得してはみるんだけど、あいつらなかなか頑固でさ。やれチートスキルで魔王を倒すんだとか、育成スキルを上げて一獲千金を狙うんだとか、馬鹿みたいなことばっか言ってるの」
「話には聞いてたが、ここまでひどいとは思わなかったな。早いとこ親父に進言して、煉獄の女神たちを取り締まってもらったほうがいいかもしれない」
広場を見回しながら、アンアンがぼやいた。
「そうかあ、異世界転生って、詐欺だったのかあ」
ショックの色を隠しきれないのは、一ノ瀬だ。
「いざとなったらやってみようとマジで考えてたのに、これじゃ、俺みたいな人間は逃げ場なんてないってことか」
「当たり前だ。自分の人生から、そんなに簡単に逃げられるものか。そんなことが可能なら、どこの世界もガラガラの過疎状態になってしまう」
「確かにね。そんなの許したら、人間界なんて、あっと言う間に限界集落だよね。ま、そんなへっぽこは、どうせどこの世界に行っても、使いものにならないに決まってるんだけど」
同い年とは思えないほど、アンアンと阿修羅はクールである。
へっぽこ同士の僕と一ノ瀬には、当然返す言葉などないのだった。
まあ、いいか。
ふたりの美少女がそこまで力説するなら、仕方がない。
せいぜい精進しようじゃないか。
気を取り直して周囲を見回してみる。
高校のグラウンドほどの広場のまわりに、異国風の家々が軒を連ねて立ち並んでいる。
天気もいいし、暑くも寒くもなく、妙に牧歌的で郷愁を誘う風景だ。
かろうじて魔界らしいとわかるのは、行き交う人々の姿である。
人間ぽいのもいれば、動物が服を着て歩いているようなのもいる。
悪魔っぽいのも魔女っぽいのも、昆虫みたいなのも。
ただ、みんなに共通しているのは、その誰もが比較的穏やかな顔つきをしていることだ。
これなら、人間界のスラムのほうが、ずっとぶっそうに違いない。
「安心しろ。ここは田舎だから、襲われる心配はない。貧しいながらも、みんな、自給自足で暮らせているからな。魔界で怖いのは都会なんだ。そのあたりの事情は、人間界と大して変わらない」
僕の心を読んだかのように、アンアンが言った。
ふと気がつくと、僕らは大きな木造の建物の前に立っていた。
イギリスの湖水地方にでもありそうな、農家を改良してつくられたとおぼしき、こじゃれた料亭である。
入り口の戸は開け放たれていて、なかから焼肉とガーリックの香ばしい匂いが漂ってくる。
店の内部は八分ほどの入りで、昼間からビールのジョッキを傾けている者がほとんどだった。
「おお、あれは」
「王女様だ」
「アンアン王女」
「相変わらずお綺麗でいらっしゃる」
アンアンがのれんをくぐるなり、男たちの間でどよめきが起こった。
「よお、姫様、帰ってきたのか!」
インドの神様、ガネーシャによく似た店の主人が、カウンターの向こうから陽気な声をかけてくる。
「戻ってきたわけではない」
男たちをぐるっと見渡して、よく通る声でアンアンが言った。
「きょうはちょっとした観光だ。ところでみんな、このへんで後鬼の姿を見なかったか? 犬を一匹連れていたはずなんだが」
「ゴキって、ゴキブリのことじゃなくて、地獄のあの鬼のほうか? いやあ、さすがにそれは…」
店の主人が長い鼻を丸めて渋面をつくった。
「ほかはどうだ? 最近、前鬼後鬼夫婦を見たって者は?」
ついさっきまでの陽気なざわめきがうそのように、店の中を気まずい沈黙が支配する。
「王女、ここで地獄の話は勘弁しておくれ」
主人の後ろから、弁財天みたいな女将さんが顔をのぞかせ、小声で言った。
「やつら、最近やヴぁいんだよ。なんか空気が不穏でさ。こんな辺鄙な村にまで、悪い噂が色々流れてきてるんだ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる