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第6章 アンアン魔界行
#17 アンアン、百鬼夜行⑧
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「ここが、”始まりの村”」
巨大な鳥居みたいな門を見上げて、阿修羅が言った。
「このあたりは、人間界からさっきみたいなマヌケな冒険者たちがよく紛れ込んでくるの。だから、一種の観光名所として、この村とあの草原がつくられたってわけ。あたしたち魔界側の者としては、そういうやつを見つけては、なるべく命を落とす前に元の世界に帰るよう説得してはみるんだけど、あいつらなかなか頑固でさ。やれチートスキルで魔王を倒すんだとか、育成スキルを上げて一獲千金を狙うんだとか、馬鹿みたいなことばっか言ってるの」
「話には聞いてたが、ここまでひどいとは思わなかったな。早いとこ親父に進言して、煉獄の女神たちを取り締まってもらったほうがいいかもしれない」
広場を見回しながら、アンアンがぼやいた。
「そうかあ、異世界転生って、詐欺だったのかあ」
ショックの色を隠しきれないのは、一ノ瀬だ。
「いざとなったらやってみようとマジで考えてたのに、これじゃ、俺みたいな人間は逃げ場なんてないってことか」
「当たり前だ。自分の人生から、そんなに簡単に逃げられるものか。そんなことが可能なら、どこの世界もガラガラの過疎状態になってしまう」
「確かにね。そんなの許したら、人間界なんて、あっと言う間に限界集落だよね。ま、そんなへっぽこは、どうせどこの世界に行っても、使いものにならないに決まってるんだけど」
同い年とは思えないほど、アンアンと阿修羅はクールである。
へっぽこ同士の僕と一ノ瀬には、当然返す言葉などないのだった。
まあ、いいか。
ふたりの美少女がそこまで力説するなら、仕方がない。
せいぜい精進しようじゃないか。
気を取り直して周囲を見回してみる。
高校のグラウンドほどの広場のまわりに、異国風の家々が軒を連ねて立ち並んでいる。
天気もいいし、暑くも寒くもなく、妙に牧歌的で郷愁を誘う風景だ。
かろうじて魔界らしいとわかるのは、行き交う人々の姿である。
人間ぽいのもいれば、動物が服を着て歩いているようなのもいる。
悪魔っぽいのも魔女っぽいのも、昆虫みたいなのも。
ただ、みんなに共通しているのは、その誰もが比較的穏やかな顔つきをしていることだ。
これなら、人間界のスラムのほうが、ずっとぶっそうに違いない。
「安心しろ。ここは田舎だから、襲われる心配はない。貧しいながらも、みんな、自給自足で暮らせているからな。魔界で怖いのは都会なんだ。そのあたりの事情は、人間界と大して変わらない」
僕の心を読んだかのように、アンアンが言った。
ふと気がつくと、僕らは大きな木造の建物の前に立っていた。
イギリスの湖水地方にでもありそうな、農家を改良してつくられたとおぼしき、こじゃれた料亭である。
入り口の戸は開け放たれていて、なかから焼肉とガーリックの香ばしい匂いが漂ってくる。
店の内部は八分ほどの入りで、昼間からビールのジョッキを傾けている者がほとんどだった。
「おお、あれは」
「王女様だ」
「アンアン王女」
「相変わらずお綺麗でいらっしゃる」
アンアンがのれんをくぐるなり、男たちの間でどよめきが起こった。
「よお、姫様、帰ってきたのか!」
インドの神様、ガネーシャによく似た店の主人が、カウンターの向こうから陽気な声をかけてくる。
「戻ってきたわけではない」
男たちをぐるっと見渡して、よく通る声でアンアンが言った。
「きょうはちょっとした観光だ。ところでみんな、このへんで後鬼の姿を見なかったか? 犬を一匹連れていたはずなんだが」
「ゴキって、ゴキブリのことじゃなくて、地獄のあの鬼のほうか? いやあ、さすがにそれは…」
店の主人が長い鼻を丸めて渋面をつくった。
「ほかはどうだ? 最近、前鬼後鬼夫婦を見たって者は?」
ついさっきまでの陽気なざわめきがうそのように、店の中を気まずい沈黙が支配する。
「王女、ここで地獄の話は勘弁しておくれ」
主人の後ろから、弁財天みたいな女将さんが顔をのぞかせ、小声で言った。
「やつら、最近やヴぁいんだよ。なんか空気が不穏でさ。こんな辺鄙な村にまで、悪い噂が色々流れてきてるんだ」
巨大な鳥居みたいな門を見上げて、阿修羅が言った。
「このあたりは、人間界からさっきみたいなマヌケな冒険者たちがよく紛れ込んでくるの。だから、一種の観光名所として、この村とあの草原がつくられたってわけ。あたしたち魔界側の者としては、そういうやつを見つけては、なるべく命を落とす前に元の世界に帰るよう説得してはみるんだけど、あいつらなかなか頑固でさ。やれチートスキルで魔王を倒すんだとか、育成スキルを上げて一獲千金を狙うんだとか、馬鹿みたいなことばっか言ってるの」
「話には聞いてたが、ここまでひどいとは思わなかったな。早いとこ親父に進言して、煉獄の女神たちを取り締まってもらったほうがいいかもしれない」
広場を見回しながら、アンアンがぼやいた。
「そうかあ、異世界転生って、詐欺だったのかあ」
ショックの色を隠しきれないのは、一ノ瀬だ。
「いざとなったらやってみようとマジで考えてたのに、これじゃ、俺みたいな人間は逃げ場なんてないってことか」
「当たり前だ。自分の人生から、そんなに簡単に逃げられるものか。そんなことが可能なら、どこの世界もガラガラの過疎状態になってしまう」
「確かにね。そんなの許したら、人間界なんて、あっと言う間に限界集落だよね。ま、そんなへっぽこは、どうせどこの世界に行っても、使いものにならないに決まってるんだけど」
同い年とは思えないほど、アンアンと阿修羅はクールである。
へっぽこ同士の僕と一ノ瀬には、当然返す言葉などないのだった。
まあ、いいか。
ふたりの美少女がそこまで力説するなら、仕方がない。
せいぜい精進しようじゃないか。
気を取り直して周囲を見回してみる。
高校のグラウンドほどの広場のまわりに、異国風の家々が軒を連ねて立ち並んでいる。
天気もいいし、暑くも寒くもなく、妙に牧歌的で郷愁を誘う風景だ。
かろうじて魔界らしいとわかるのは、行き交う人々の姿である。
人間ぽいのもいれば、動物が服を着て歩いているようなのもいる。
悪魔っぽいのも魔女っぽいのも、昆虫みたいなのも。
ただ、みんなに共通しているのは、その誰もが比較的穏やかな顔つきをしていることだ。
これなら、人間界のスラムのほうが、ずっとぶっそうに違いない。
「安心しろ。ここは田舎だから、襲われる心配はない。貧しいながらも、みんな、自給自足で暮らせているからな。魔界で怖いのは都会なんだ。そのあたりの事情は、人間界と大して変わらない」
僕の心を読んだかのように、アンアンが言った。
ふと気がつくと、僕らは大きな木造の建物の前に立っていた。
イギリスの湖水地方にでもありそうな、農家を改良してつくられたとおぼしき、こじゃれた料亭である。
入り口の戸は開け放たれていて、なかから焼肉とガーリックの香ばしい匂いが漂ってくる。
店の内部は八分ほどの入りで、昼間からビールのジョッキを傾けている者がほとんどだった。
「おお、あれは」
「王女様だ」
「アンアン王女」
「相変わらずお綺麗でいらっしゃる」
アンアンがのれんをくぐるなり、男たちの間でどよめきが起こった。
「よお、姫様、帰ってきたのか!」
インドの神様、ガネーシャによく似た店の主人が、カウンターの向こうから陽気な声をかけてくる。
「戻ってきたわけではない」
男たちをぐるっと見渡して、よく通る声でアンアンが言った。
「きょうはちょっとした観光だ。ところでみんな、このへんで後鬼の姿を見なかったか? 犬を一匹連れていたはずなんだが」
「ゴキって、ゴキブリのことじゃなくて、地獄のあの鬼のほうか? いやあ、さすがにそれは…」
店の主人が長い鼻を丸めて渋面をつくった。
「ほかはどうだ? 最近、前鬼後鬼夫婦を見たって者は?」
ついさっきまでの陽気なざわめきがうそのように、店の中を気まずい沈黙が支配する。
「王女、ここで地獄の話は勘弁しておくれ」
主人の後ろから、弁財天みたいな女将さんが顔をのぞかせ、小声で言った。
「やつら、最近やヴぁいんだよ。なんか空気が不穏でさ。こんな辺鄙な村にまで、悪い噂が色々流れてきてるんだ」
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