夜通しアンアン

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
119 / 249
第6章 アンアン魔界行

#24 アンアン、百鬼夜行⑮

しおりを挟む
「ねえ、アンアン、あたし、今、とっても嫌な予感がしてるんだけどさ」
 半開きになった鋼鉄の扉を前にして、阿修羅が言った。
 僕らが今立っているのは、シャフトの敷地の門の前である。
「閂も鍵も、内側からねじ切られてるって、これ、いったいどういうこと?」
 魔界の常として、階層を行き来する最重要設備であるにもかかわらず、シャフトのセキュリティはひどく原始的なものだ。
 コンクリートのブロック塀と頑丈な鋼鉄の扉。
 それだけなのである。
 その扉が、なぜか内側から強い力を加えられたように捻じ曲がって、半ば開いている。
「確かに変だな。詰め所にガーディアンの姿もない。何が起こってる?」
 凛々しい眉を吊り上げて、アンアンが言う。
 扉の隙間から中に入ると、広場のあちこちに人が倒れていた。
 中世ヨーロッパの騎士みたいな甲冑をつけた、大柄な男たちである。
 全員、喉首を掻き切られて血を流し、絶命しているようだ。
「ガーディアンだよ。全滅してるね」
 阿修羅が油断なく周囲を見回した。
 右手に握っているのは、あの如意棒みたいに伸縮自在の武器、独鈷だった。
「誰がやったんだ。悪ふざけにもほどがある」
 アンアンが怒りのにじむ声で言った時、かすかに地面が震え始めた。
 何か、大きな機械の動くような音。
「あの、エレベーターが、動いてるみたいなんですけど」
 今にも逃げ出しそうなへっぴり腰で、一ノ瀬がシャフトのほうを指さした。
「そんなバカな。シャフトの定期運航は1日1回。正午だけのはず。今はその時間じゃない」
 アンアンの顔に驚愕の色が浮かんだ。
 でも、現実は、一ノ瀬の言う通りだった。
 シャフトの巨大な鋼鉄のシリンダーが震え、扉の上にある階数表示が変わり始めている。
 4
 3 
 2
 と、順番に上がってきているのだ。
 やがて電光掲示が「1」を示すと、空気の抜けたような音が響いて、大地の揺れが収まった。
 軋みを上げて、シャフトの扉が両側に開き始めると、低い声でアンアンが叫んだ。
「来るぞ。元気と蚊トンボは下がってろ」
「来るって、何が?」
 がしゃん。
 ブー。
 扉が開いた。
 ぎらりと何かが陽光を反射した。
 黒ずくめの人影が、中から姿を現した。
 フードをかぶった異様な風体の人物だ。
「きゃーはははははっ」
 歩み出ると、怪人が哄笑した。
 ローブみたいな衣装の袖から出ている手は、なんと、指がすべて刃物になっている。
 さっき光ったのは、これだったのだ。
「きさま、羅刹だな?」
 アンアンが、歯ぎしりするような口調で誰何した。
「そのとーり」
 怪人が妙に甲高い声で答えた。
「きしししし、よおくわかったわねえ、えらいわあー、さっすが、アンアン王女様」
 

 
しおりを挟む

処理中です...