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第6章 アンアン魔界行
#34 アンアンのいない夜③
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12畳ほどもある部屋に通された僕らは、それぞれ居場所を決め、荷物をほどいた。
窓に面した、すぐにベランダに出られる辺りに阿修羅と玉、違い棚の前が僕、押し入れの下段が一ノ瀬である。
一ノ瀬が押し入れに封印されたのは、着替えを始めた阿修羅を見るなり、いつものように鼻血を出したからだ。
まったく、これだけ学習しないやつも珍しい。
「さあ、お風呂に行きましょうか」
タンクトップとショートパンツに着替えた阿修羅が、着替えとタオルを入れた袋を手に立ち上がった。
「いいですねえ。魔界まで来て草津の湯に入れるなんて、すっごく楽しみですう」
後に続こうとする玉は、なぜかまだ背中に楽器ケースを背負っている。
「あ、俺も」
鼻の穴にティッシュを詰め込んだ一ノ瀬が押し入れから這い出てきて、僕らはそろって大浴場に向かうことになった。
表示に従って、階段を地下1階まで下りた時である。
「あ、お客様、まことに申し訳ございません」
赤い着物にエプロンをした娘がやってきて、僕らの前でぴょこんと頭を下げた。
けも耳に二股に分かれたしっぽを持つ、可愛らしい猫娘である。
どうやらこの旅館の従業員のひとりらしい。
「ちょっと、今、大浴場が使用不能になってまして」
済まなさそうな声で、もう一度深々と頭を下げた。
「おかみさんが、できればお夕食を先に召しあがってくださらないかと」
なるほど、言われてみれば、廊下の奥のほうからなにやら騒がしい声が聞こえてくる。
「使用不能? 何かあったの?」
ガングロギャル然とした阿修羅が、鋭い口調で問いかける。
肩の露出した小麦色の肌に、水着の紐の跡がくっきりと白く浮き上がっていて、なんだか妙に悩ましい。
「ええ、ちょっと…」
猫娘の返事は歯切れが悪い。
「でも、お夕食がお済の頃には、なんとかなると思いますので、今しばらくお待ちください」
「いいですよぉ、玉はおなかもぺこぺこですから」
玉が嬉しそうに言い、僕らは1階に戻ることになった。
食堂は、いくつかの和室をぶち抜いたような大広間で、その中央に和風の長テーブルが並び、周りに座布団が敷き詰められていた。
だだっ広い広間にどうやら客は僕らだけのようで、閑散としていることおびただしい。
料理を運んでいるのは、着物姿のキツネたちである。
厨房をのぞくと、中で働いているのは後頭部にも口のあるふた口女たちだった。
料理を器によそいながら、ときたま触手のような髪の毛で具材をつまみ、後ろの口に放り込んでいる。
つまみ食い?
いや。
ひょっとしたら、味見のつもりなのかもしれなかった。
「魔界料理っていうからびくびくしてたけど、けっこうまともそうじゃん」
テーブルに並んだ和食の数々を眺めて、感心したように一ノ瀬がつぶやいた。
「うちは、あくまでも純日本風を追求してますさかい。そこらの安宿とは格がちがいますのん」
上品な身のこなしで僕らの前に座ったのは、あのろくろ首の女将さんである。
「ですよねえ。従業員さんも、みなさん、日本の妖怪っぽいですもんねえ」
ちょこまか走り回るきつねの女中たちを目で追いながら、玉が言った。
「でも、それにしても、客がわたしたちだけってのは、どういうこと?」
いぶかしげに眉をひそめて、阿修羅が訊いた。
さきほどの風呂場の様子から何か察しているのか、いつになく口調が鋭い。
「そのとおりどす」
はああ、と女将さんがため息をついた。
「今年に入ってから、とんと客足が途絶えてしもうて…。まあそれは、うちだけのことやないんですけどね」
「餓鬼のせいだね?」
料理を口に運びながら、阿修羅が短く言う。
「このへんは夜ぶっそうだから、日帰り客はいるものの、宿泊客が激減してしまったと、そういうことでしょ?」
「はあ、それもありやす」
女将さんが阿修羅の真剣なまなざしを、正面から受け止めた。
「でも、それだけやおへんのや」
「餓鬼のせいだけじゃないと?」
「はい。色々とありまして…」
「色々?」
阿修羅がなおも食い下がろうとした時だった。
突然、外の廊下のほうから悲鳴が上がった。
「女将さん! 大変です! 大浴場が、た、大変なことに!」
窓に面した、すぐにベランダに出られる辺りに阿修羅と玉、違い棚の前が僕、押し入れの下段が一ノ瀬である。
一ノ瀬が押し入れに封印されたのは、着替えを始めた阿修羅を見るなり、いつものように鼻血を出したからだ。
まったく、これだけ学習しないやつも珍しい。
「さあ、お風呂に行きましょうか」
タンクトップとショートパンツに着替えた阿修羅が、着替えとタオルを入れた袋を手に立ち上がった。
「いいですねえ。魔界まで来て草津の湯に入れるなんて、すっごく楽しみですう」
後に続こうとする玉は、なぜかまだ背中に楽器ケースを背負っている。
「あ、俺も」
鼻の穴にティッシュを詰め込んだ一ノ瀬が押し入れから這い出てきて、僕らはそろって大浴場に向かうことになった。
表示に従って、階段を地下1階まで下りた時である。
「あ、お客様、まことに申し訳ございません」
赤い着物にエプロンをした娘がやってきて、僕らの前でぴょこんと頭を下げた。
けも耳に二股に分かれたしっぽを持つ、可愛らしい猫娘である。
どうやらこの旅館の従業員のひとりらしい。
「ちょっと、今、大浴場が使用不能になってまして」
済まなさそうな声で、もう一度深々と頭を下げた。
「おかみさんが、できればお夕食を先に召しあがってくださらないかと」
なるほど、言われてみれば、廊下の奥のほうからなにやら騒がしい声が聞こえてくる。
「使用不能? 何かあったの?」
ガングロギャル然とした阿修羅が、鋭い口調で問いかける。
肩の露出した小麦色の肌に、水着の紐の跡がくっきりと白く浮き上がっていて、なんだか妙に悩ましい。
「ええ、ちょっと…」
猫娘の返事は歯切れが悪い。
「でも、お夕食がお済の頃には、なんとかなると思いますので、今しばらくお待ちください」
「いいですよぉ、玉はおなかもぺこぺこですから」
玉が嬉しそうに言い、僕らは1階に戻ることになった。
食堂は、いくつかの和室をぶち抜いたような大広間で、その中央に和風の長テーブルが並び、周りに座布団が敷き詰められていた。
だだっ広い広間にどうやら客は僕らだけのようで、閑散としていることおびただしい。
料理を運んでいるのは、着物姿のキツネたちである。
厨房をのぞくと、中で働いているのは後頭部にも口のあるふた口女たちだった。
料理を器によそいながら、ときたま触手のような髪の毛で具材をつまみ、後ろの口に放り込んでいる。
つまみ食い?
いや。
ひょっとしたら、味見のつもりなのかもしれなかった。
「魔界料理っていうからびくびくしてたけど、けっこうまともそうじゃん」
テーブルに並んだ和食の数々を眺めて、感心したように一ノ瀬がつぶやいた。
「うちは、あくまでも純日本風を追求してますさかい。そこらの安宿とは格がちがいますのん」
上品な身のこなしで僕らの前に座ったのは、あのろくろ首の女将さんである。
「ですよねえ。従業員さんも、みなさん、日本の妖怪っぽいですもんねえ」
ちょこまか走り回るきつねの女中たちを目で追いながら、玉が言った。
「でも、それにしても、客がわたしたちだけってのは、どういうこと?」
いぶかしげに眉をひそめて、阿修羅が訊いた。
さきほどの風呂場の様子から何か察しているのか、いつになく口調が鋭い。
「そのとおりどす」
はああ、と女将さんがため息をついた。
「今年に入ってから、とんと客足が途絶えてしもうて…。まあそれは、うちだけのことやないんですけどね」
「餓鬼のせいだね?」
料理を口に運びながら、阿修羅が短く言う。
「このへんは夜ぶっそうだから、日帰り客はいるものの、宿泊客が激減してしまったと、そういうことでしょ?」
「はあ、それもありやす」
女将さんが阿修羅の真剣なまなざしを、正面から受け止めた。
「でも、それだけやおへんのや」
「餓鬼のせいだけじゃないと?」
「はい。色々とありまして…」
「色々?」
阿修羅がなおも食い下がろうとした時だった。
突然、外の廊下のほうから悲鳴が上がった。
「女将さん! 大変です! 大浴場が、た、大変なことに!」
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