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「私が呼ばれた時には、すでに犠牲者が出た後だった」
淡々とした口調で、虎一郎氏が話し始めた。
「あれは元はと言えば、リニア新幹線を通すためのトンネル工事の一環だったのだが、掘り始めたとたん、地中に埋まっていた古墳にぶち当たったらしくてね。それで、いちばん近くの大学の考古学者ということで、私にお呼びがかかったというわけだ」
「リニア新幹線_」
素っ頓狂な声を上げたのは、翔ちゃんだ。
「私はただ、リゾート地の開発だとばっかり」
「まあ、このあたりは素通りだからな。そんなに話題にもなっていないんだ」
虎一郎氏が、ぼそりと言った。
「でも、犠牲者って、どういうこと?」
実の娘だけあって、翔ちゃんは遠慮なく突っ込んでいく。
「くわしいことはよくわからん。なんでも、玄室から更に地下に隧道が伸びていて、そこに入った作業員ふたりが、意識不明の重体で運び出されたという話だった。地下にたまったガスのせいかと思われたが、どうやらそうでもないらしい。事実、私がその第2の玄室に下りた時には、危険なガスの発生はなかったし、ただ…」
「ただ、何なの?」
「おびただしい甕の破片がそこらじゅうに散らばっていて、床が水みたいな液体でぐっしょり濡れているだけだった」
「カメ? 甕って、あの、水を入れたりする花瓶のでっかいの?」
「ああ、そうだ」
娘の追及に虎一郎氏がうなずくと、
「なるほど。これは、ひょっとすると、ひょっとするかもですねえ」
横から流伽が口を挟んだ。
例によって意味ありげな口調である。
「何がひょっとするんだよ?」
ひとりほくそ笑む流伽に向かって、いらいらと由羅がつっかかる。
「おそらくその甕に、新種ロイコが閉じ込められていたんだと思います。それを誤って作業員たちが割ってしまった。一部のロイコは作業員に寄生し、ほかのものは地面に吸い込まれて地下水に混じり、湿地帯まで運ばれてそこで蛞蝓という新たな宿主を見つけて繁殖した。つまり、その古墳は3世紀、時の豪族が疫病の種を封印した忌み地だったというわけです。それが、リニア新幹線開発事業のおかげで、現在に蘇ってしまった。まったく、やれやれですね」
困り果てているというより、流伽はなんだか楽しそうである。
たぶん教室ではほとんど友人のいない陰キャなのだろうけど、こういうサブカル系の話題には眼がないに違いない。
「君のいうことが当たっているとするとだ。運び出されたふたりの作業員は、今頃ゾンビ化しているということになってしまうが…」
憮然とした表情で、虎一郎氏が流伽を見た。
「そうです。まさにその通り。だから市も政府も報道管制を敷いて、古墳の存在はおろか、事件のことを外に漏れないようにしたのです。その証拠が、私たちの目撃したSATの隊員たちでしょう。あれは、上のほうの人たちが、パラサイト生物の正体に気づいてる証拠だと思います」
「うーん、私はただ、リニア新幹線開通という大事業を守るための報道管制だと思っていたんだが…」
何年に開通予定か忘れたけど、そう、お隣の名古屋市と東京都をつなぐリニア新幹線は、景気低迷のカンフル剤として期待される、いわばこの地方の悲願である。
謎の遺跡だの事故だので工事が中断されてしまうのを、為政者たちが嫌うというのは十分にありえる話だろう。
「まずいことになってきたなあ」
翔ちゃんが、両手で長い髪をかき上げ、くしゃくしゃにした。
「これは早いとこ、何か手を打たないと。夏が終わる頃には、ゾンビ映画が現実になっちゃうよ。うーん、どうしたもんかなあ」
「別に翔子が悩むこと、ないだろう。そういうのは、政府の専門機関がなんとかしてくれる。現に、その後、工事は中断されたままだしな」
「専門機関ってって、日本にゾンビ退治専門の省庁なんてあるわけないじゃない。こんな事件、いったいどこが担当すると思うの? 厚生労働省? 農林水産省? それとも国土交通省?」
「古墳なら、内閣府の宮内庁もありですね。でも、最後は自衛隊頼みってことで、やっぱり防衛省かなあ」
ヒートアップする翔ちゃんと、それをあおる流伽の図、である。
ともあれ、翔ちゃんじゃないけど、やっかいなことになってきた。
破滅の足音が聞こえるって、こういう状態を言うんだ。
さあ、どうしよう。
「とにかく、まずドルメン探検が優先だね」
やがて、翔ちゃんがしかつめらしい顔で宣言した。
「明日の午前中、出発ってことでどう? ひまそうだから、道案内に父さんも雇ってあげるよ」
淡々とした口調で、虎一郎氏が話し始めた。
「あれは元はと言えば、リニア新幹線を通すためのトンネル工事の一環だったのだが、掘り始めたとたん、地中に埋まっていた古墳にぶち当たったらしくてね。それで、いちばん近くの大学の考古学者ということで、私にお呼びがかかったというわけだ」
「リニア新幹線_」
素っ頓狂な声を上げたのは、翔ちゃんだ。
「私はただ、リゾート地の開発だとばっかり」
「まあ、このあたりは素通りだからな。そんなに話題にもなっていないんだ」
虎一郎氏が、ぼそりと言った。
「でも、犠牲者って、どういうこと?」
実の娘だけあって、翔ちゃんは遠慮なく突っ込んでいく。
「くわしいことはよくわからん。なんでも、玄室から更に地下に隧道が伸びていて、そこに入った作業員ふたりが、意識不明の重体で運び出されたという話だった。地下にたまったガスのせいかと思われたが、どうやらそうでもないらしい。事実、私がその第2の玄室に下りた時には、危険なガスの発生はなかったし、ただ…」
「ただ、何なの?」
「おびただしい甕の破片がそこらじゅうに散らばっていて、床が水みたいな液体でぐっしょり濡れているだけだった」
「カメ? 甕って、あの、水を入れたりする花瓶のでっかいの?」
「ああ、そうだ」
娘の追及に虎一郎氏がうなずくと、
「なるほど。これは、ひょっとすると、ひょっとするかもですねえ」
横から流伽が口を挟んだ。
例によって意味ありげな口調である。
「何がひょっとするんだよ?」
ひとりほくそ笑む流伽に向かって、いらいらと由羅がつっかかる。
「おそらくその甕に、新種ロイコが閉じ込められていたんだと思います。それを誤って作業員たちが割ってしまった。一部のロイコは作業員に寄生し、ほかのものは地面に吸い込まれて地下水に混じり、湿地帯まで運ばれてそこで蛞蝓という新たな宿主を見つけて繁殖した。つまり、その古墳は3世紀、時の豪族が疫病の種を封印した忌み地だったというわけです。それが、リニア新幹線開発事業のおかげで、現在に蘇ってしまった。まったく、やれやれですね」
困り果てているというより、流伽はなんだか楽しそうである。
たぶん教室ではほとんど友人のいない陰キャなのだろうけど、こういうサブカル系の話題には眼がないに違いない。
「君のいうことが当たっているとするとだ。運び出されたふたりの作業員は、今頃ゾンビ化しているということになってしまうが…」
憮然とした表情で、虎一郎氏が流伽を見た。
「そうです。まさにその通り。だから市も政府も報道管制を敷いて、古墳の存在はおろか、事件のことを外に漏れないようにしたのです。その証拠が、私たちの目撃したSATの隊員たちでしょう。あれは、上のほうの人たちが、パラサイト生物の正体に気づいてる証拠だと思います」
「うーん、私はただ、リニア新幹線開通という大事業を守るための報道管制だと思っていたんだが…」
何年に開通予定か忘れたけど、そう、お隣の名古屋市と東京都をつなぐリニア新幹線は、景気低迷のカンフル剤として期待される、いわばこの地方の悲願である。
謎の遺跡だの事故だので工事が中断されてしまうのを、為政者たちが嫌うというのは十分にありえる話だろう。
「まずいことになってきたなあ」
翔ちゃんが、両手で長い髪をかき上げ、くしゃくしゃにした。
「これは早いとこ、何か手を打たないと。夏が終わる頃には、ゾンビ映画が現実になっちゃうよ。うーん、どうしたもんかなあ」
「別に翔子が悩むこと、ないだろう。そういうのは、政府の専門機関がなんとかしてくれる。現に、その後、工事は中断されたままだしな」
「専門機関ってって、日本にゾンビ退治専門の省庁なんてあるわけないじゃない。こんな事件、いったいどこが担当すると思うの? 厚生労働省? 農林水産省? それとも国土交通省?」
「古墳なら、内閣府の宮内庁もありですね。でも、最後は自衛隊頼みってことで、やっぱり防衛省かなあ」
ヒートアップする翔ちゃんと、それをあおる流伽の図、である。
ともあれ、翔ちゃんじゃないけど、やっかいなことになってきた。
破滅の足音が聞こえるって、こういう状態を言うんだ。
さあ、どうしよう。
「とにかく、まずドルメン探検が優先だね」
やがて、翔ちゃんがしかつめらしい顔で宣言した。
「明日の午前中、出発ってことでどう? ひまそうだから、道案内に父さんも雇ってあげるよ」
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