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第6部 淫蕩のナルシス
#24 ヤチカの正体
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「気がついた?」
ヤチカがいった。
杏里から身を離すと、ワンピースの残りのボタンをはずし、するりと足元に脱ぎ捨てた。
その下半身に視線をやって、杏里はまじまじと目を見開いた。
信じがたいものがそこにあった。
ヤチカは細い紐状の下着を身につけていた。
その脇から、長く扁平な物体が、水平に近い状態で半ば鎌首を持ち上げている。
途中からふたつに分かれたそれは、細かい体節からできていた。
不気味な体節の一つ一つから小さな棘が生えたそのさまは、杏里の苦手なあの百足にそっくりだった。
体長50センチ近くもある、紫色の大百足である。
「ずるいよ。杏里ちゃん、君があんまりうまいものだから、つい勃ってきちゃったんだ」
ヤチカの口調に微妙な変化が起きていた。
顔からも女らしさが消え、どことなく少年っぽい雰囲気に変わってきているのだ。
ほんのわずかな間に、性別が変わってしまったかのようだった。
「両性具有・・・?」
杏里はつぶやいた。
そうした人々が存在することは、知識としては知っている。
しかし、実際に目の当たりにするのはもちろんこれが初めてだった。
「そう、わたしは男でもあるの」
ヤチカがいった。
「いえ、むしろ、本質は男のほうかな」
くすくす笑う。
「だから、『ぼく』って呼び方に変えてもいいかな。夜になると、『わたし』は『ぼく』になる。それが日課みたいなものだからね」
小さく盛りあがった胸。
くびれた折れそうに細い腰。
その下から屹立する異形の生殖器。
ヤチカの裸身は、中世の魔術書に描かれている悪魔そのものだった。
「どうだい? このぼくの体、気持ち悪いかい?」
ヤチカがたずねる。
瞳にいたずらっぽい光が宿っている。
やにわに頭に手をやると、しなやかな長い髪をむしりとった。
少し長めの中性的な髪形がその下から現れた。
鬘(かつら)だったのだ。
「和服にこの頭は合わなくってね」
小テーブルに鬘を置くと、ヤチカがいった。
杏里は思わず後退しようとした。
が、できなかった。
両手首がロープで引っ張られる。
「両性具有が、問題なんじゃない」
杏里は答えた。
「あなた、外来種だったのね」
そう。
あんな、ペニス、断じて人間のものではありえない。
それは以前杏里が遭遇した外来種、山口翔太と呉秀樹のものとも形状が微妙に異なっていたが、その異質な印象は、明らかにあのふたりのそれに共通したものだった。
よりによって、ヤチカさんが外来種だったなんて。
どうしよう?
由羅もいないのに・・・。
「外来種?」
ヤチカが眉をひそめて杏里を見つめ返した。
「それ、何のこと?」
「とぼけないで」
杏里は語気を強めた。
「やっぱり、あなたが、殺していたんですね」
ロープに自由を奪われたまま、杏里はいい募った。
「あの画集の女の子たち。あの絵は、本当にあったことを描いたものだったんだ」
「殺したなんて、人聞きの悪い」
ヤチカが目にかかった髪をうるさげにかきあげた。
「ぼくはただ、彼女たちにぼくの伴侶になって、子どもを産んでほしかっただけなんだ。だから、レイプしたわけでもない。みんな、合意の上での行為だったからね。ただ、悲しいかな、彼女らの体はあまりにもやわすぎた。行為の途中で誰もが子宮を損傷し、勝手に死んでしまったんだよ」
雄外来種の目的は、人間の女を孕ませて子孫を増やすこと。
レクチャーで教えられた通りだった。
だが、その性器の形状の特異さゆえ、大半の女性が耐え切れずに命を落としてしまう・・・。
杏里が知っているなかで、外来種と性行為して子を孕んだのは、かつてのクラスメート、高橋楓ただひとりだった。
その意味では、楓は外来種の性器に耐えるだけの強靭な子宮を持つ、数少ない人間の女のひとりだったのだろう。
「そもそも、その”外来種”ってのは、何なのかな? ぼくみたいな両性具有のことを、最近ではそう呼ぶのかい?」
ヤチカが首をかしげながらたずねる。
とぼけている風ではなく、心底不思議そうな表情をしていた。
「知らないの? あなた、自分の正体を」
杏里は逆に聞き返した。
そんなことがあるのだろうか。
自分が外来種であることを知らずに、生きているなんて。
でも、と思う。
考えてみれば、呉秀樹もそうだった。
自分が何者かも知らず、ただ醜く変異して、死んでいったのだ。
ひょっとして、外来種とはそういうものなのか。
仲間に会わないまま生活していると、自分の正体に気づかない。
自分を、少し変わった人間くらいにしか、考えていない。
山口翔太には、近くに黒野零がいた。
だから、彼は自分が何者であるかを、知っていたのかもしれない・・・。
「そりゃ、確かに普通とはちょっと違ってるという認識はある。でも、このペニスだって、よほど興奮しなければ、普段は膣の中に畳まれたままなんでね。女性として生きるのに、そんなに大きな支障にはならないんだよ」
いいながら、ヤチカが近づいてくる。
照明の加減で、その顔に翳ができ、ますます悪魔めいて見える。
「私を。どうする気?」
杏里は身をよじらせた。
「恐がらないで」
ヤチカがなだめるような口調でいった。
「君なら大丈夫だ。これまでの反応でよくわかったよ。今まで相手した女の子たちとは、ある意味”格”が違う。君は天性の娼婦だ。リリーも太鼓判を押してる」
「リリー?」
杏里は首をかしげた。
リリーって、人形の名前じゃ・・・。
この人、いったい何をいってるのだろう?
ちらっと壁際の人形に目をやった。
当然のことだが、家具の上に置かれた西洋人形は先ほどと同じ姿勢のままで、 特に動いた形跡もない。
ただ、相変わらずガラス玉のような青い眼で杏里とヤチカを無表情に眺めているだけだった。
でも、とにかく。
と、杏里は思った。
自分の正体を知らないということは・・・。
この人、私の正体も知らないんだ。
私が、タナトスであることを。
これは、チャンスかもしれない。
パトスの由羅はいないけど、もしかしたら、私ひとりでなんとかできるかも。
そのときになって、初めて杏里は気づいていた。
うかつとしかいいようがなかった。
快楽に眼がくらんで、見えていなかったのだ。
杏里の鎖骨と鎖骨の間に、うっすらとあの痣が浮かび始めている。
それは、タナトスが外来種と性行為を持つと現れる、あの刻印(スティグマ)なのだった。
ヤチカがいった。
杏里から身を離すと、ワンピースの残りのボタンをはずし、するりと足元に脱ぎ捨てた。
その下半身に視線をやって、杏里はまじまじと目を見開いた。
信じがたいものがそこにあった。
ヤチカは細い紐状の下着を身につけていた。
その脇から、長く扁平な物体が、水平に近い状態で半ば鎌首を持ち上げている。
途中からふたつに分かれたそれは、細かい体節からできていた。
不気味な体節の一つ一つから小さな棘が生えたそのさまは、杏里の苦手なあの百足にそっくりだった。
体長50センチ近くもある、紫色の大百足である。
「ずるいよ。杏里ちゃん、君があんまりうまいものだから、つい勃ってきちゃったんだ」
ヤチカの口調に微妙な変化が起きていた。
顔からも女らしさが消え、どことなく少年っぽい雰囲気に変わってきているのだ。
ほんのわずかな間に、性別が変わってしまったかのようだった。
「両性具有・・・?」
杏里はつぶやいた。
そうした人々が存在することは、知識としては知っている。
しかし、実際に目の当たりにするのはもちろんこれが初めてだった。
「そう、わたしは男でもあるの」
ヤチカがいった。
「いえ、むしろ、本質は男のほうかな」
くすくす笑う。
「だから、『ぼく』って呼び方に変えてもいいかな。夜になると、『わたし』は『ぼく』になる。それが日課みたいなものだからね」
小さく盛りあがった胸。
くびれた折れそうに細い腰。
その下から屹立する異形の生殖器。
ヤチカの裸身は、中世の魔術書に描かれている悪魔そのものだった。
「どうだい? このぼくの体、気持ち悪いかい?」
ヤチカがたずねる。
瞳にいたずらっぽい光が宿っている。
やにわに頭に手をやると、しなやかな長い髪をむしりとった。
少し長めの中性的な髪形がその下から現れた。
鬘(かつら)だったのだ。
「和服にこの頭は合わなくってね」
小テーブルに鬘を置くと、ヤチカがいった。
杏里は思わず後退しようとした。
が、できなかった。
両手首がロープで引っ張られる。
「両性具有が、問題なんじゃない」
杏里は答えた。
「あなた、外来種だったのね」
そう。
あんな、ペニス、断じて人間のものではありえない。
それは以前杏里が遭遇した外来種、山口翔太と呉秀樹のものとも形状が微妙に異なっていたが、その異質な印象は、明らかにあのふたりのそれに共通したものだった。
よりによって、ヤチカさんが外来種だったなんて。
どうしよう?
由羅もいないのに・・・。
「外来種?」
ヤチカが眉をひそめて杏里を見つめ返した。
「それ、何のこと?」
「とぼけないで」
杏里は語気を強めた。
「やっぱり、あなたが、殺していたんですね」
ロープに自由を奪われたまま、杏里はいい募った。
「あの画集の女の子たち。あの絵は、本当にあったことを描いたものだったんだ」
「殺したなんて、人聞きの悪い」
ヤチカが目にかかった髪をうるさげにかきあげた。
「ぼくはただ、彼女たちにぼくの伴侶になって、子どもを産んでほしかっただけなんだ。だから、レイプしたわけでもない。みんな、合意の上での行為だったからね。ただ、悲しいかな、彼女らの体はあまりにもやわすぎた。行為の途中で誰もが子宮を損傷し、勝手に死んでしまったんだよ」
雄外来種の目的は、人間の女を孕ませて子孫を増やすこと。
レクチャーで教えられた通りだった。
だが、その性器の形状の特異さゆえ、大半の女性が耐え切れずに命を落としてしまう・・・。
杏里が知っているなかで、外来種と性行為して子を孕んだのは、かつてのクラスメート、高橋楓ただひとりだった。
その意味では、楓は外来種の性器に耐えるだけの強靭な子宮を持つ、数少ない人間の女のひとりだったのだろう。
「そもそも、その”外来種”ってのは、何なのかな? ぼくみたいな両性具有のことを、最近ではそう呼ぶのかい?」
ヤチカが首をかしげながらたずねる。
とぼけている風ではなく、心底不思議そうな表情をしていた。
「知らないの? あなた、自分の正体を」
杏里は逆に聞き返した。
そんなことがあるのだろうか。
自分が外来種であることを知らずに、生きているなんて。
でも、と思う。
考えてみれば、呉秀樹もそうだった。
自分が何者かも知らず、ただ醜く変異して、死んでいったのだ。
ひょっとして、外来種とはそういうものなのか。
仲間に会わないまま生活していると、自分の正体に気づかない。
自分を、少し変わった人間くらいにしか、考えていない。
山口翔太には、近くに黒野零がいた。
だから、彼は自分が何者であるかを、知っていたのかもしれない・・・。
「そりゃ、確かに普通とはちょっと違ってるという認識はある。でも、このペニスだって、よほど興奮しなければ、普段は膣の中に畳まれたままなんでね。女性として生きるのに、そんなに大きな支障にはならないんだよ」
いいながら、ヤチカが近づいてくる。
照明の加減で、その顔に翳ができ、ますます悪魔めいて見える。
「私を。どうする気?」
杏里は身をよじらせた。
「恐がらないで」
ヤチカがなだめるような口調でいった。
「君なら大丈夫だ。これまでの反応でよくわかったよ。今まで相手した女の子たちとは、ある意味”格”が違う。君は天性の娼婦だ。リリーも太鼓判を押してる」
「リリー?」
杏里は首をかしげた。
リリーって、人形の名前じゃ・・・。
この人、いったい何をいってるのだろう?
ちらっと壁際の人形に目をやった。
当然のことだが、家具の上に置かれた西洋人形は先ほどと同じ姿勢のままで、 特に動いた形跡もない。
ただ、相変わらずガラス玉のような青い眼で杏里とヤチカを無表情に眺めているだけだった。
でも、とにかく。
と、杏里は思った。
自分の正体を知らないということは・・・。
この人、私の正体も知らないんだ。
私が、タナトスであることを。
これは、チャンスかもしれない。
パトスの由羅はいないけど、もしかしたら、私ひとりでなんとかできるかも。
そのときになって、初めて杏里は気づいていた。
うかつとしかいいようがなかった。
快楽に眼がくらんで、見えていなかったのだ。
杏里の鎖骨と鎖骨の間に、うっすらとあの痣が浮かび始めている。
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