激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第6部 淫蕩のナルシス

#37 ラブドール杏里

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「え? 恋人って、ヤチカちゃんじゃないの?」
 正二が驚いたように聞き返すと、ヤチカは困ったように眉根を寄せた。
「それがさ、そう簡単にはいかないのよ。三角関係っていうか・・・。強力なライバルがいてさ」
「ヤチカさんったら」
 杏里はヤチカの服の裾を引っ張った。
「その子がどうやら家出しちゃったらしくってね。で、探すのをリリーに頼んだってわけ」
「ま、この街のことなら、ばあさまの情報網でたいていわかるけどね」
「わたしもそう思ってさ」
 深刻そうな口調とは裏腹に、ヤチカはなんだか会話を楽しんでいるようにも見える。
「しっかし、三角関係とはね・・・。見かけによらず、君も大変なんだ」
 しみじみと正二がつぶやく。
「ところで正一くんがつくったっていう杏里ちゃんの人形って、どの種類なの?」
 ヤチカが素早く話題を変えた。
「得意の球体関節人形?」
「ああ、それ。それはね・・・」
 杏里のほうをチラ見して、正二が口ごもる。
「あ、まさか」
 何やらピンと来たらしく、ヤチカがやにわに眉を釣り上げて、
「あれじゃないでしょうね。ラブドール」
 と、きつい声で問い詰めた。
「いや、まさかのそれさ」
 正二が見る間に赤くなる。
「んもう」
 ヤチカが腕組みをして正二を睨んだ、
「あんたたち、兄弟そろって変態なんだから」
「お、おいらまで変態扱いしないでくれよ」
 蝿でも追い払うように、顔の前で手を振る正二。
「だって正二さん、ラブドールでハーレムつくってるってもっぱらの噂だよ」
 ヤチカが意地悪そうな口調で言い放つ。
「そ、そいつは・・・」
 正二の目が泳いだ。
 図星だったのか、落ち着かなげに腰を浮かしかけている。
「あの」
 気になって、つい杏里は口を挟んだ。
「何なんですか? その、『ラブドール』って」
「い、いや、ちょっと君の前では、その」
 正二が慌てふためいて、すがるような目をヤチカに向ける。
「簡単にいうとね」
 ヤチカがあっさりと答えた。
「ダッチワイフのこと」
「ダッチ、ワイフって?」
「男性の性欲処理用の人形よ。少し前まではね、ビニール製のダッコちゃんみたいな粗悪品が主流だったんだけど、今はシリコン製のすごいのが出回ってるの。外見だけじゃなくって、手触りやあそこの締まり具合まで、本物の女性そっくりにできてるのよ」
 ヤチカが実も蓋もない言い方で説明した。
「・・・」
 杏里は言葉を失った。
 思わず両手で頬をはさんだ。
 この顔が、今度は、まさかそんな人形の顔に使われるなんて・・・。
「ラブドールをダッチワイフと一緒にしないでよ」
 正二が真顔で抗弁する。
「彼女たちは、さびしい独身男性の心の友なんだぜ。妻と死に別れたおじいちゃんが購入していくくらいなんだからさ」
「でも、結局は”する”んでしょ」
 ヤチカは手厳しい。
「そりゃ、そっちの機能もついてるからね」
 正二の声が小さくなる。
「杏里ちゃんの顔で、そんな人形つくるなんて」
 ヤチカが憤慨する。
「正一のやつ、今度会ったら・・・」
「だけどさ」
 おそるおそるという感じで、正二が口を出す。
「正直、この子の顔って、ラブドールにぴったりだと思わない? なんか切なげで、もの悲しくって、童顔なんだけど、そこはかとなく強烈なエロスを感じさせるっていうか・・・」
「それは否定しないけど」
 腕組みしたまま、にこりともせずヤチカがいった。
「この杏里ちゃんはね、歳に似合わず、アレだから」
「アレって?」
「アレはアレよ。正二さんなら、わかるでしょう?」
「うーん、なんとなく。でもさ、そもそもその子、いくつなの? 女子大生?」
「14です」
 腹立たしくなってきて、ヤチカの代わりに杏里は答えた。
 まったく、人のこと、何だと思ってるのだろう?
 私の顔って、そんなにもいやらしいのだろうか。
 確かに、タナトスは本質的に”そちら向け”につくられてはいるのだが・・・。
 でも、私だって、普段はふつうの女の子として見られたい。
「え?」
 丸眼鏡の奥で、正二の目が点になる。
「じゅ、14?」
 やがて、口をアワアワさせて、声を絞り出した。
「そ、それって、ヤチカちゃん、やばいんじゃ・・・。ひとつ間違えば、犯罪だよ」
「わたしは相思相愛だから許されるの」
 ヤチカがぐいと杏里の肩を抱き寄せる。
 人差し指で杏里の顎を上向かせると、いきなりキスをした。
 同時に胸をまさぐられ、杏里は小さく声をあげる。
「ほらね」
 正二のほうに向き直り、勝ち誇ったようにヤチカがいう。
「ガチで目の毒なんですけど」
 正二は憮然としている。 
「正一くんにいっといて。今度杏里ちゃんの人形つくるときは、わたしか本人の了承を得るようにって」
「おーけい」
 正二がうなずいた。
「でも、杏里ちゃん、ほんとに人形のモデルにならないかい? 君の顔と身体でシリーズものつくったら、絶対売れると思うんだ」
「ダーメ。私のほうが先」
 ヤチカがかぶりを振る。
「杏里ちゃんには、いつかわたしの絵のモデルになってもらうんだから」

 正二と別れると、杏里はヤチカに腕を取られるまま、展示室の並んだ回廊に足を踏み入れた。
「わあ、きれい」
 最初の展示は、西欧のお城風だった。
 おとぎ話に出てくるきらびやかな王宮の一室に、ドレスで着飾った人形たちが何体も配置されている。
 値札こそついていないが、どれも愛くるしくて、相当に高価そうだ。
 女子大生らしきグループが、歓声を上げながら、しきりにスマホで写真を撮っている。
 同じような部屋がいくつも続いた。
 杏里はなんとなく楽しくなってきた。
 これだけ精巧な人形なら、一体くらい部屋にあってもいいかな、と思った。
 話相手になってくれるかも。
 杏里には兄弟がいない。
 さびしくてたまらないとき、そばにこんな可愛い妹がいてくれたら・・・。
 ふと、そんなことを考えたりもした。
 
「正二さんのいってたのは、このへんかな」
 回廊が直角に曲がるあたりまで来たところで、ヤチカがいった。
 分厚いカーテンの下りた部屋の前だった。
 中に入るなり、杏里は小さく悲鳴を上げた。
 オレンジ色の照明に照らされ、大きなソファに裸の少女たちが何人も寝そべっている。
 ぷっくりと盛り上がった乳房。
 杏の実のような赤い乳頭。
 無毛の股間には、生々しい割れ目まで見えている。
 ぱっちりと見開いた少女たちの目に宿る退廃の翳に、杏里は背筋がぞくぞくするのを感じないではいられなかった。
 人形だとはわかっている。
 が、杏里には一瞬、彼女たちが自分の同類に見えたのだった。
「ここが”耽美の部屋”」
 ヤチカがつぶやいた。
「あなたのお人形は、ここに飾られてたんだわ」
 ごく一部のマニアしか訪れないのだろう。
 さすがに客の姿はなかった。
「あそこに坐ってみて」
 人形と人形の間が、ちょうど人ひとり分空いている。
 そこを指さして、ヤチカがいった。
「え?」
 杏里は顔を上げて、ヤチカを見た。
「いいから」
 ヤチカが杏里の肩を押した。
「あ」
 バランスを崩し、ソファに倒れこむ杏里。
 短いスカートがめくれ、シースルー生地のパンティが丸見えになる。
「いい眺め」
 ヤチカがいう。
「似合ってるわ」
「ヤチカさん・・・」
「そのまま、服を脱いで。裸になって」
「そ、そんな・・・」
 杏里の抗議をよそに、ヤチカがバッグから取り出したのは、小型のデジタルカメラだった。
「写真、撮らせてよ。こんな素敵な構図、滅多にないんだもの」
 


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