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第6部 淫蕩のナルシス

#39 倒錯の中で

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 杏里の身体は火薬庫のようなものだ。
 ほんの少しの刺激で、すぐに性感帯に火がついてしまう。
 今がちょうどそうだった。
 カメラのファインダーの前で、人形たち相手にさまざまなポーズをとっているうちに、いつの間にか杏里は、強烈なエクスタシーに我を忘れてしまっていた。
 ヤチカのかける卑猥な言葉の数々も、それに一役買っていた。
「杏里ちゃん、すごいね。見てるだけで乳首が勃ってるのがわかるよ」
「ほら、もう濡れてきてる。そこ、お人形たちに触らせてあげて」
「もっとお尻を高く上げてこっちに向けてごらん。そう、いい感じ。杏里ちゃんのアナルって、本当に奇麗だね。ピンク色で、可愛くって、舐めちゃいたい」
 ヤチカはファインダーを覗いて杏里の動きを追いかけながら、次々にそんな言葉を投げかけてくるのだった。
 一度だけ、例の女子大生のグループが、この”耽美の部屋”に入ってきたことがあった。
 そのとき杏里は、左右の乳房を別々のラブドールに吸われ、開いた股の間にもうひとりのラブドールの頭を迎え入れる、という体勢をとっていた。
「なに、これ? エロ~い!」
 そんな光景をひと目見るなり、女子大生のひとりが叫んだ。
 3人組だった。
 あとの2人は、言葉もなく、食い入るように杏里たちの恥態を凝視している。
「ねね、あの真ん中の子、生きてるんじゃない?」
 ややあって、眼鏡をかけたひとりが気味悪げに囁いた。
「なんだか、呼吸してるように見えるんだけど」
「そんなはず、あるわけないじゃん! ミキったら、ほんと恐がりなんだから」
 ぽっちゃり系の娘が笑う。
「なんなら触ってみる? ミキも一緒に悶えてみたら」
 ストレートヘアの背の高い娘が、ミキと呼ばれた娘に向かって、からかうようにいった。
「い、いやよ。遠慮しておきます」
 ミキがいやいやをするように首を振る。
「よくできてるでしょう」
 カメラのシャッターを切りながら、ヤチカが女子大生たちに声をかけた。
「これはね、ラブドールといって、最新式のダッチワイフなの」
「ダッチワイフ?」
「あ、映画の『空気人形』に出てきたみたいな?」
「やだ、これみんな、エッチのための人形ってわけ?」
 女子大生たちは、目を耀かせてヤチカの話に乗ってくる。
 カメラを構えたヤチカは、その知的な美貌も相まって、さながらプロのカメラマンのように見えるのだ。
「そう。でも、今はもう浮き輪みたいに空気を入れる方式じゃないの。人間の女性を細部までシリコンで再現した、芸術品のようなものなのよ。ちなみにここにあるお人形、一体いくらくらいだと思う?」
「うーん、5万円くらいかな」
「もっとするでしょ。10万は超えると思う」
「えー? こんなものにそんな大金払うかなあ」
 わいわい賑やかな3人に、ヤチカが爆弾でも落とすように言い放った。
「残念でした。いちばん安いのでも、70万円」
「え」
 3人そろって同時に絶句する。
「中古なら、車買えるくらいの値段じゃないですか」
 ややあって、ミキがつぶやいた。
「そうね。だから、この子たち、さびしい男の人たちにとっては、それ以上の価値があるってことじゃないかな」
 したり顔でヤチカがいう。
 そして、杏里のほうを指さすと、
「特にあの真ん中の子は、ロールスロイス並みに高いんじゃないかと思うよ」
 そんなことをいって、ウィンクしてみせた。
 毒気を抜かれたような顔で女子大生の3人組が出て行くと、
「人に勝手に値段つけないでください」
 人形たちに囲まれたままの姿勢で、杏里は抗議した。
「ごめんごめん。つい、調子に乗っちゃった」
 ヤチカが吹き出した。
「じゃ、最後の1枚、いいかな」
 部屋の隅に、上下に折り重なって抱き合っている2体のラブドールがあった。
 ヤチカはそこまで歩いていくと、人形と人形の間に手を突っ込んで、何かをつかみ出した。
「やっぱりね」
 奇妙な物体を手に提げて杏里のほうに歩み寄ると、意味ありげに微笑んだ。
「スケベな正二さんのことだから、きっとあると思ったんだ」
 ヤチカが掲げて見せたのは、きのうのあのバイブレーターに似ていた。
 ただ違うのは、肉棒の両端がどちらも亀頭になっている点である。
「杏里ちゃん、責める側に回ってみたいでしょ」
「それ・・・どうするんですか」
 杏里はその奇怪な物体から目を離せなくなっていた。
「立って」
 ヤチカが杏里に手を貸した。
「相手はどの子がいい?」
「相手・・・って?」
「あなが犯してみたい相手よ」
「え?」
 息を呑む杏里。
 心臓の鼓動が一気に高まった。
「この子がお似合いかな」
 ヤチカが指さしたのは、最初にキスしたあの銀髪のラブドールだった。
「もう少し濡らすよ」
 杏里の前にひざまずくと、ヤチカはおもむろに杏里の陰部に顔を近づけてきた。
「いや」
 突然、舌先で割れ目をなぞられ、杏里は膝をすぼめた。
 じわりとまた、愛液が滲み出すのがわかった。
 杏里の膝を両手で押し広げ、ヤチカがその露を舌先ですくいとる。
 巧みに舌を使い、愛液を薄く引き延ばすようにして、膣全体に広げてきた。
 陰唇が脹らみ、硬くなった陰核がぶるっと反応する。
 その先端を、ヤチカが軽く前歯で噛んだ。
「あうっ」
 こらえきれず、杏里は息を吐き出した。
 膝ががくがく震えだして止まらない。
 太腿の内側に、熱い汁が滴った。
 ヤチカが人指し指を立て、下から膣に突き入れる。
 襞がぬめり、すっぽりとその指を飲み込んだ。
「どう?」
 かき回された。
「あ、あ、あ」
 ヤチカの指の回転が速くなる。
「あふ」
 杏里が腰砕けに崩れかけたところで、ヤチカは唐突に愛撫をやめた。
「このくらい濡れれば充分ね」
 つぶやいて、杏里の両足を広げにかかる。
 いっぱいに広げたところで、むき出しの膣に肉棒を挿入した。
「あんっ」
 杏里は痺れるような快感と驚きで目を見張った。
 股間からペニスが突き出ている。
 この器具は両側が亀頭になっているので、ちょうど杏里にペニスが生えたように見えるのだ。
「さ、この子にも入れてあげて」
 ヤチカが、ソファの上に銀髪のラブドールを仰向けに寝かせると、その股を開いて、いった。
 私が、犯す?
 杏里はめくるめくような倒錯感で、後頭部がじーんと痺れるのを感じていた。
 人形の太腿の間に、ぎこちなく腰を沈めていく。
 ペニスが届いた。
「そう、そのまま、そっと入れてあげるの」
 ラブドールの膣が唇のように開き、杏里の"ペニス"を咥えこむ。
 貫いた。
 杏里と人形が、人工のペニスを介して繋がったのだった。
「いい感じ。さあ、今度は腰を、ゆっくり前後に動かして」
 杏里はラブドールの小さな乳房を両手でつかんだ。
 腰を動かす度に、こちらの膣の中にも肉棒が押し込まれる。
「い、いい・・・」
 杏里は喘いだ。
 ヤチカがカメラを構えた。
 ぎこちなかった杏里の腰の動きが、次第に速くなっていく。
「そうよ、杏里ちゃん、今のあなた、けだものじみてて、とってもいやらしい」
 突いた。
 突いて突きまくった。
 なんとかして、この子をイカせたい、と思った。
 杏里の張り切った尻が、ラブドールの腹の上で弧を描くようにグラインドする。
 が、ラブドールは何もいわない。
 喘ぎ声ひとつ立てず、じっと杏里を見つめるだけだった。
「お願い! イッて!」
 杏里はむせび泣いた。
 狂ったように、腰を振りたてた。
「でないと、また、わたしだけ、イっちゃう!」
 膣を突き抜け、亀頭は今や子宮の奥の壁に当たっていた。
 極太の肉棒が、隙間なく体の中心に詰まっている。
 いちばん感じる位置を探し、杏里は腰を振った。
 ピストン運動を繰り返し、人形の乳房をもみしだき、唇を吸い立てる。
 波が押し寄せてきた。
 抵抗不能の快楽の波だった。
 杏里は反り返った。
「だめ!」
 海老のようにのけぞり、叫んだ。
「い、いくう!」
 杏里は果てた。
 崩れるように、人形の上に倒れこんだ。
 はぁはぁはぁ。
 息を切らし、薄く目を開いた。
 いつのまにか、ビロードのカーテンが開き、庭が見えている。
 逆光の中に、ヤチカのほっそりしたシルエットが佇んでいる。
 そして、もうひとり。
 その背後に、背の高い男の影。
 逆光で顔の細部まではわからない。
 やせて、髪の長い、見たことのない男だった。
「誰・・・?」
 かすれ切った声で、杏里はつぶやいた。
 その声に、ヤチカが初めて気づいたように後ろを振り返った。
「あ、あなたは・・・」
 ヤチカがいった。
「正一くん・・・沼正一くんじゃないの」
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