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第6部 淫蕩のナルシス
#42 リリーの正体
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「え? どういうこと?」
ヤチカが振り向いた。
「そんな、まさか、ばあさまが…?」
「リリーの声は、実際とは少し変えてあるけど、イントネーションや声の質でわかりませんか?」
「うーん、そう言われてみると、そんな気が…。ばあさまとはあまりお話したことがないから、全然気づかなかったけど」
そこへ、また老婆の声が飛んできた。
「何をごちゃごちゃ揉めておる。いかにもリリーは私の分身だ。たまにヤチカに話しかけるのは、人形生命体なんかじゃない。紛れもなくこの私だよ。わかったら、さっさと中へ入っておいで」
木製の戸を開け、ヤチカに続いて中に一歩足を踏み入れると、壁一面のモニター画面と、その前の大きな椅子の背もたれが目に飛び込んできた。
「これは…?」
何十と壁に埋め込まれた画面を眺めながら、ヤチカがひとりごちた。
モニターに映っているのは、街並みの一部や、さまざまな部屋の中。
学校の職員室や、ホテルのロビー、病院の待合室らしき画像もある。
まるで監視カメラから見た映像だ。
「うちの工房で作ったお人形は、ぜーんぶ私の眼であり、耳なのさ。おまえさんのところのリリーも含めてね」
背もたれの向こうから、老婆の声が言った。
「おばあさまは、私を、監視してたんですか? それも、ずっと前から…」
ヤチカは相当ショックを受けているようだった。
珍しく声が上ずっているのがわかる。
「ああ、おまえさんの爺様に頼まれたからね。うちの孫娘は、普通と違う。だから、よく見守ってやってくれと」
「ふつうと、違う…?」
「あの、もしかして、知ってるんですか?」
気づくと杏里は横から口を挟んでいた。
「その…ヤチカさんが、何かってことも」
もし、リリーが拾った画像や音声が全部ここに届いているなら、私達の会話も筒抜けになっているはずだ。
いえ、それだけじゃない。
私たちのあの、恥ずかしい行為もすべて…。
その可能性に思い至ると、杏里は耳の付け根まで赤くなった。
「ああ、知ってるさ。ヤチカが生まれつき、ふたなりの外来種で、笹原杏里、おまえさんが、人間のストレス緩衝装置、タナトスだということもね。この街に住んでる限り、私のネットワークからは、誰も逃がれられないのさ」
ドールズ・ネットワーク。
やはり存在したのだ。
ヤチカの推測は、正しかったのだ。
でも、まさかそこまで、情報が漏れてしまっているなんて…。
「ですが、おばあさま、私の正体については、これまで何も…」
ヤチカが困惑したような口調で言い募った。
「私があの子たちを手にかけるところを、リリーも見てたはずなのに…」
「まあね。だがあれは、どれも事故だったのだろう? おまえさんに殺意があったわけではあるまいに。それに、その後死体をどう処理するかは、私がとやかく口を出すことでもなかったからね」
「すみません…」
うなだれるヤチカ。
ほつれ毛が頬にかかり、なんだかひどく疲れた横顔をしている。
「なにもあやまることはない。私は神でも閻魔大王でもないからね」
クックと老婆が笑った。
「そんなことより、由羅は見つかったんですか? それから、零は?」
憔悴したヤチカを見るのに耐えられなくなって、杏里はとっさに話題を変えた。
「ここまで監視が徹底してるのなら、すぐに見つかるはずですよね?」
「もちろん、見つけたよ」
あっさりと老婆が答えた。
「だけど、その前にね」
その時初めて、椅子が回転した。
こちらを向いた老婆をひと目見るなり、杏里は言葉を失った。
異様に顔が大きいのだ。
老婆は見事なまでの3頭身だった。
身体と顔の長さが同じなのである。
お団子に盛り上げた豊かな銀髪。
電球のように大きいぎょろりとした目。
立派過ぎる鼻は鉤型に曲がり、上唇のあたりにまで、垂れ下がっている。
「それを教える代わりに、ひとつ私にタナトスとやらの力を見せてくれないか。最近、嫌なことが立て続けに起こってるだろ? それで私も、なんだかストレスが溜まっちゃってね」
老婆の威圧的な視線に、杏里はすくみ上った。
「お、おばあさんが、ですか?」
「おや、こんなばあさん、相手にできないとでもいうのかね? タナトスというのは、悩める者には平等に癒しを与えてくれるんじゃなかったのかい?」
「そ、それは、そうですけど…」
「だろ?」
老婆がにやりと笑った。
そして、杏里の全身を舐めるように見つめると、奇妙に艶めいた声でささやいた。
「なら、おいで。私の目の前で、服を脱いで、裸を見せてごらん。おまえの綺麗な肌を、この目で見たいんだよ。カメラを通してじゃなく、肉眼で、じかにね」
ヤチカが振り向いた。
「そんな、まさか、ばあさまが…?」
「リリーの声は、実際とは少し変えてあるけど、イントネーションや声の質でわかりませんか?」
「うーん、そう言われてみると、そんな気が…。ばあさまとはあまりお話したことがないから、全然気づかなかったけど」
そこへ、また老婆の声が飛んできた。
「何をごちゃごちゃ揉めておる。いかにもリリーは私の分身だ。たまにヤチカに話しかけるのは、人形生命体なんかじゃない。紛れもなくこの私だよ。わかったら、さっさと中へ入っておいで」
木製の戸を開け、ヤチカに続いて中に一歩足を踏み入れると、壁一面のモニター画面と、その前の大きな椅子の背もたれが目に飛び込んできた。
「これは…?」
何十と壁に埋め込まれた画面を眺めながら、ヤチカがひとりごちた。
モニターに映っているのは、街並みの一部や、さまざまな部屋の中。
学校の職員室や、ホテルのロビー、病院の待合室らしき画像もある。
まるで監視カメラから見た映像だ。
「うちの工房で作ったお人形は、ぜーんぶ私の眼であり、耳なのさ。おまえさんのところのリリーも含めてね」
背もたれの向こうから、老婆の声が言った。
「おばあさまは、私を、監視してたんですか? それも、ずっと前から…」
ヤチカは相当ショックを受けているようだった。
珍しく声が上ずっているのがわかる。
「ああ、おまえさんの爺様に頼まれたからね。うちの孫娘は、普通と違う。だから、よく見守ってやってくれと」
「ふつうと、違う…?」
「あの、もしかして、知ってるんですか?」
気づくと杏里は横から口を挟んでいた。
「その…ヤチカさんが、何かってことも」
もし、リリーが拾った画像や音声が全部ここに届いているなら、私達の会話も筒抜けになっているはずだ。
いえ、それだけじゃない。
私たちのあの、恥ずかしい行為もすべて…。
その可能性に思い至ると、杏里は耳の付け根まで赤くなった。
「ああ、知ってるさ。ヤチカが生まれつき、ふたなりの外来種で、笹原杏里、おまえさんが、人間のストレス緩衝装置、タナトスだということもね。この街に住んでる限り、私のネットワークからは、誰も逃がれられないのさ」
ドールズ・ネットワーク。
やはり存在したのだ。
ヤチカの推測は、正しかったのだ。
でも、まさかそこまで、情報が漏れてしまっているなんて…。
「ですが、おばあさま、私の正体については、これまで何も…」
ヤチカが困惑したような口調で言い募った。
「私があの子たちを手にかけるところを、リリーも見てたはずなのに…」
「まあね。だがあれは、どれも事故だったのだろう? おまえさんに殺意があったわけではあるまいに。それに、その後死体をどう処理するかは、私がとやかく口を出すことでもなかったからね」
「すみません…」
うなだれるヤチカ。
ほつれ毛が頬にかかり、なんだかひどく疲れた横顔をしている。
「なにもあやまることはない。私は神でも閻魔大王でもないからね」
クックと老婆が笑った。
「そんなことより、由羅は見つかったんですか? それから、零は?」
憔悴したヤチカを見るのに耐えられなくなって、杏里はとっさに話題を変えた。
「ここまで監視が徹底してるのなら、すぐに見つかるはずですよね?」
「もちろん、見つけたよ」
あっさりと老婆が答えた。
「だけど、その前にね」
その時初めて、椅子が回転した。
こちらを向いた老婆をひと目見るなり、杏里は言葉を失った。
異様に顔が大きいのだ。
老婆は見事なまでの3頭身だった。
身体と顔の長さが同じなのである。
お団子に盛り上げた豊かな銀髪。
電球のように大きいぎょろりとした目。
立派過ぎる鼻は鉤型に曲がり、上唇のあたりにまで、垂れ下がっている。
「それを教える代わりに、ひとつ私にタナトスとやらの力を見せてくれないか。最近、嫌なことが立て続けに起こってるだろ? それで私も、なんだかストレスが溜まっちゃってね」
老婆の威圧的な視線に、杏里はすくみ上った。
「お、おばあさんが、ですか?」
「おや、こんなばあさん、相手にできないとでもいうのかね? タナトスというのは、悩める者には平等に癒しを与えてくれるんじゃなかったのかい?」
「そ、それは、そうですけど…」
「だろ?」
老婆がにやりと笑った。
そして、杏里の全身を舐めるように見つめると、奇妙に艶めいた声でささやいた。
「なら、おいで。私の目の前で、服を脱いで、裸を見せてごらん。おまえの綺麗な肌を、この目で見たいんだよ。カメラを通してじゃなく、肉眼で、じかにね」
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