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第6部 淫蕩のナルシス

#64 囚われの由羅

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 正一が採った方法は、ある意味、ひどく原始的なものだった。
 それぞれの監視カメラの死角の位置まで近寄ると、ひょいと何かを投げたのである。
 次にやったのは、指笛を吹くことだった。
 鋭い指笛の音が響いたかと思うと、2頭の番犬が跳躍した。
 監視カメラに引っ掛かった何かめがけて、すばらしいジャンプを敢行してみせたのだ。
 巨犬の体当たりを食らって、カメラがねじ曲がる。
 事を済ませた2頭の犬が、尻尾を振って正一のもとに駆け寄ってきた。
 口にくわえているのは、どうやらハムの切れ端らしい。
「ナイス、正一。まさにグッジョブだよ。自分ところの犬が壊したんだから、主人も文句言えないだろうしね」
 拍手するヤチカ。
「じゃ、入るとしますか」
 重人が鍵束をジャラつかせて、両開きの樫の扉に歩み寄る。
 いくつか試すうちに、やがてカチャリという音がした。
 杏里は一瞬身構えた。
 だが、防犯ブザーの鳴る気配はない。
 中に足を踏み入れると、そこは広いロビーだった。
 正面に吹き抜けの2階から降りてくる階段。
 その左右にはいくつものドア。
 幸い、人の気配はない。
「由羅、どこにいるの? 地下室って、どうやって行くの? あんなにドアが多くちゃ、何が何だかわかんないよね」
 不安に駆られてつぶやくと、
「よく見てよ。あの階段、そのまま下にも続いてるみたいだろ」
 と、正面階段を顎で示して、重人が言った。
 なるほど、言われてみるとその通りだ。
 この屋敷の主は、取り立てて地下室の存在を隠す気はないらしい。
 装飾過多の階段の手すりは、そのままフロアの下にまで続いているようなのだ。
「零に見つかる前に、急ごう」
 ヤチカが言った。
 足音を忍ばせて階段を降りると、ホテルの廊下みたいな綺麗なスペースに出た。
 真紅のカーペットが左右にずっと続いていて、突き当りにドアがひとつずつ。
「どっちかしら?」
 杏里が言いかけた時、
「しーっ!」
 ヤチカが唇の前に人差し指を立てた。
 耳を澄ますと、聞こえてきた。
 ブーンというかすかな振動音。
 そして、時折そこに混じるのは、切なげな少女のうめき声。
 あのハスキーボイス。
 間違いない。
 由羅のものだ。
 声が聞こえてくるのは、左手の奥からだった。
 腰をかがめてヤチカがそろそろと動き出す。
 杏里、重人、正一、犬2頭の順で後を追う。
 突き当りまで行くと、ドアが5センチほど開いていた。
 罠?
 嫌な予感が頭の隅をよぎった。
 が、由羅の声に引かれて、身体が先に動いていた。
 ヤチカを押しのけ、中に飛び込んだ杏里は、見た。
 真紅のビロードで四方を覆われた部屋の真ん中に、奇妙な器具が設えられている。
 スポーツジムで見かける鉄棒のようなもの。
 その中央に、全裸の由羅が張りつけになっていた。
 沼真布の部屋で見せられた光景そのままだった。
 水平に伸ばした両腕が手錠で鉄棒に固定されている。
 その両側から先端にバイブを装着した2本の金属の竿が伸び、由羅の小ぶりな乳房に食い込んでいる。
 股の間には、床から突き出したポールが刺さっていた。
 おそらくポールの先にも極太のバイブが取りつけてあるのだろう。
 それが真下から由羅の陰部を貫き、体の中に根元までめり込んでいるのだ。
 由羅は汗だくだった。
 3本のバイブの振動で、身体中がびくびく痙攣を繰り返していた。
 腹に巻いた包帯から血がにじんでいる。
 振動で傷口が開いてしまっているのだ。
「由羅! しっかりして!」
 杏里はまず左右から伸びる乳房責めの竿を押しのけた。
 それと同時に正一が後ろから由羅の身体を抱え上げ、股間に刺さるバイブから抜き取った。
「あうっ」
 衝撃にうめく由羅。
 股間から現れたバイブは愛液で濡れそぼり、てらてらと光っている。
「手錠の鍵は、と。あった、たぶんこれだ」
 鍵束から取り出した小さな鍵で、重人が由羅の両手を自由にした。
 杏里の胸の中に倒れこむ由羅。
「由羅、よくがんばったね」
 杏里はその熱い体をしっかりと抱きしめた。
 とたんに切なさがこみあげてきた。
 何があろうと、由羅は数少ない杏里の同族なのだ。
 その絆は肉親のものより強い。
 離れてみて、それが痛いほどわかった。
 やっぱり、私はこの子から離れられない。
 胸を絞られるような感覚とともに、そう思った。
「杏里…? 杏里、なのか?」
 由羅が薄目を開いた。
 覗き込んでいる杏里に気づくと、大きく目を見開いた。
「あのメール、由羅が打ったんじゃないんだよね」
 せき込むように杏里は訊いた。
 この際どうでもいいような質問だったが、杏里にとっては大問題なのだ。
 -おまえとは、もうやっていけないー
 そもそもあのひどいメールが、杏里の心をヤチカのほうへ押しやったのだから。
「メール…?」
 由羅が眉をひそめた。
「ほら、画廊に一緒に行くって約束した時、由羅ったらちっとも来なくて」
「メール、なんて、知らない。そんときは、うち、もう、あいつに…」
 そこまで言った時だった。
 ふいに杏里の背後で、風が起こった。
「杏里、やばいよ…」
 重人の声。
 珍しく震えている。
「あなたが…?」
 入ってきた誰かに、ヤチカが訊いている。
 低く、犬たちがうなり出した。
 杏里は振り向きたくなかった。
 天敵がそこにいる。
 それがわかったからだ。
 やはり、罠だった。
 見つかってしまったのだ。
 今一番会いたくない相手。
 そう。
 黒野零に。

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