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第7部 蹂躙のヤヌス
#12 再会
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市立曙中学は、町の合併によってつくられた、比較的新しい中学校だった。
だから、靴箱の並ぶロビーも、磨かれたように綺麗な壁と床のせいで、明るく輝いていた。
とりあえず来客用のスリッパを借りることにして、杏里は靴箱の隅にかがみこんだ。
その間にも、挨拶の声をかけ合いながら、生徒たちが次から次へと入ってくる。
だが、誰も杏里に注意を向けようとしなかった。
杏里のスカートは、かがむと下着が見えてしまうほど、短い。
だからふつうならそれだけで注目の的になる。
体つきが中学生離れしているだけに、尚更だ。
が、不思議なことに、ここではそのフェロモンが効力を失くしてしまっていた。
なんだろう? この違和感。
杏里は戸惑いを覚えずにはいられなかった。
どうしてだれも、私に気づかない?
仕方なく、腰を上げ、向かい側の事務所に顔を出した。
「転校生の、笹原です」
ガラス窓を開けて顔をのぞかせた女性事務員に、そう告げる。
「おお、君が笹原君か。入りたまえ」
事務員が来客を告げる前に、奥から姿を現した貧相な小男が声をかけてきた。
「教頭の前原だ。校長は今、出張中でね。あ、君のことは聞いているよ」
聞いている、というのは、おそらく、委員会から報告が来ている、ということだろう。
この男、杏里の正体を知っているのだ。
「担任の丸尾先生を呼んである。それまで、こっちで待つといい」
杏里が導き入れられたのは、奥の応接室だった。
ソファに腰かけると、角度が深すぎて両足が上がり気味になってしまった。
当然のことながら、スカートがずれ上がり、下着が覗いてしまう体勢だ。
「いずれわかると思うが、どうも最近学内の様子がおかしくてね。笹原君、君の活躍を期待しているよ」
杏里の下着を食い入るように凝視して、教頭が言った。
ここへ来てから初めての、人間らしい反応である。
おかしいって、どういうことだろう。
教頭が出て行くと、膝の上に両手を置き、背筋を伸ばして杏里は考えた。
パトスが殺された後、まだ何か起こっているのだろうか。
そしてそれは、生徒たちの無関心な態度に、何か関係が…?
5分ほど待っただろうか。
「お待たせ」
声がして、はっと顔を上げると、ドアが開き、グレーのスーツ姿の女性が中に入ってきた。
「あ」
杏里は喉の奥で小さく声を上げた。
背の高い、豊満な体つきをした女性である。
今にもスーツとタイトスカートががはちきれそうなくらい、スタイルがいい。
首までボタンをきっちり締めたブラウス。
膝まである長いスカート。
露出を極度に控えたファッションなのに、この猥褻さはどうだろう。
ムチムチ感が半端ないだけに、むしろ逆効果なのだ。
なんだか、この人、いやらしい。
自分のことを棚に上げて、杏里は思った。
女性が入ってきた途端、部屋の中の空気が一変したのだ。
むせかえるような女の匂い。
発情したメスの発散するジャコウの香りに似た臭気が、物理的な圧力となって顔に吹きつけてくる。
ひっつめ髪に、フレームが銀色の眼鏡。
能面みたいに無表情な瓜実顔。
間違いなく、あの女だ。
きのう、銭湯の入口ですれ違った、あの女…。
タナトス、丸尾美里。
この濃厚なフェロモン、見るからに猥褻な身体つきは、タナトスならではのもの。
「2年E組の担任、丸尾です」
女性が手を差し出した。
握手を求められていると分かり、杏里は慌てて左手を差し出した。
手を握られると同時に、ぞわりとする快感にうなじの産毛がざわめいた。
女が杏里の指を、一本一本撫でさする。
指の間を愛撫され、
あう。
心の中で杏里はうめいた。
「感じやすいのね」
ぼそりと女が言った。
とても教師が生徒に言う台詞とは思えない。
「でもね。残念だけど、今は時間がないの」
眼鏡の奥から杏里の目をじいっとのぞき込む。
「立って」
女が杏里の手を引いた。
身体を引き寄せられ、軽く抱きしめられた。
女の指が、杏里の唇に触れる。
いやらしくうごめきながら、口の中に入ってきた。
舌を触られ、杏里は硬直した。
「ふふ」
女が笑った。
そして、言った。
「タナトス同士、楽しめそうね」
どこか舌なめずりするような、粘つく声だった。
だから、靴箱の並ぶロビーも、磨かれたように綺麗な壁と床のせいで、明るく輝いていた。
とりあえず来客用のスリッパを借りることにして、杏里は靴箱の隅にかがみこんだ。
その間にも、挨拶の声をかけ合いながら、生徒たちが次から次へと入ってくる。
だが、誰も杏里に注意を向けようとしなかった。
杏里のスカートは、かがむと下着が見えてしまうほど、短い。
だからふつうならそれだけで注目の的になる。
体つきが中学生離れしているだけに、尚更だ。
が、不思議なことに、ここではそのフェロモンが効力を失くしてしまっていた。
なんだろう? この違和感。
杏里は戸惑いを覚えずにはいられなかった。
どうしてだれも、私に気づかない?
仕方なく、腰を上げ、向かい側の事務所に顔を出した。
「転校生の、笹原です」
ガラス窓を開けて顔をのぞかせた女性事務員に、そう告げる。
「おお、君が笹原君か。入りたまえ」
事務員が来客を告げる前に、奥から姿を現した貧相な小男が声をかけてきた。
「教頭の前原だ。校長は今、出張中でね。あ、君のことは聞いているよ」
聞いている、というのは、おそらく、委員会から報告が来ている、ということだろう。
この男、杏里の正体を知っているのだ。
「担任の丸尾先生を呼んである。それまで、こっちで待つといい」
杏里が導き入れられたのは、奥の応接室だった。
ソファに腰かけると、角度が深すぎて両足が上がり気味になってしまった。
当然のことながら、スカートがずれ上がり、下着が覗いてしまう体勢だ。
「いずれわかると思うが、どうも最近学内の様子がおかしくてね。笹原君、君の活躍を期待しているよ」
杏里の下着を食い入るように凝視して、教頭が言った。
ここへ来てから初めての、人間らしい反応である。
おかしいって、どういうことだろう。
教頭が出て行くと、膝の上に両手を置き、背筋を伸ばして杏里は考えた。
パトスが殺された後、まだ何か起こっているのだろうか。
そしてそれは、生徒たちの無関心な態度に、何か関係が…?
5分ほど待っただろうか。
「お待たせ」
声がして、はっと顔を上げると、ドアが開き、グレーのスーツ姿の女性が中に入ってきた。
「あ」
杏里は喉の奥で小さく声を上げた。
背の高い、豊満な体つきをした女性である。
今にもスーツとタイトスカートががはちきれそうなくらい、スタイルがいい。
首までボタンをきっちり締めたブラウス。
膝まである長いスカート。
露出を極度に控えたファッションなのに、この猥褻さはどうだろう。
ムチムチ感が半端ないだけに、むしろ逆効果なのだ。
なんだか、この人、いやらしい。
自分のことを棚に上げて、杏里は思った。
女性が入ってきた途端、部屋の中の空気が一変したのだ。
むせかえるような女の匂い。
発情したメスの発散するジャコウの香りに似た臭気が、物理的な圧力となって顔に吹きつけてくる。
ひっつめ髪に、フレームが銀色の眼鏡。
能面みたいに無表情な瓜実顔。
間違いなく、あの女だ。
きのう、銭湯の入口ですれ違った、あの女…。
タナトス、丸尾美里。
この濃厚なフェロモン、見るからに猥褻な身体つきは、タナトスならではのもの。
「2年E組の担任、丸尾です」
女性が手を差し出した。
握手を求められていると分かり、杏里は慌てて左手を差し出した。
手を握られると同時に、ぞわりとする快感にうなじの産毛がざわめいた。
女が杏里の指を、一本一本撫でさする。
指の間を愛撫され、
あう。
心の中で杏里はうめいた。
「感じやすいのね」
ぼそりと女が言った。
とても教師が生徒に言う台詞とは思えない。
「でもね。残念だけど、今は時間がないの」
眼鏡の奥から杏里の目をじいっとのぞき込む。
「立って」
女が杏里の手を引いた。
身体を引き寄せられ、軽く抱きしめられた。
女の指が、杏里の唇に触れる。
いやらしくうごめきながら、口の中に入ってきた。
舌を触られ、杏里は硬直した。
「ふふ」
女が笑った。
そして、言った。
「タナトス同士、楽しめそうね」
どこか舌なめずりするような、粘つく声だった。
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