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第7部 蹂躙のヤヌス
#26 悪夢の始まり
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長い1日だった。
帯電したような皮膚に制服の生地が当たるたびに疼きが走り、まったく授業に集中できなかったのだ。
身じろぎもせず何時間もじっと座っていると、腋の下や胸の谷間に冷や汗が流れてきた。
特に始末が悪いのが、ただでさえ敏感な乳首だった。
セーラー服の上着がぴっちりし過ぎていて、少し身体を動かすだけで乳頭が過敏に反応してしまうのである。
できるなら上着を脱いで上半身裸になりたいところだったが、学校ではさすがにそれは無理だった。
本当に美里の呪縛にかかっているのか、放課や昼休みになっても、杏里に話しかけてきたり、ちょっかいをかけてくる者はいなかった。
みんな、時折杏里のほうをちらちら盗み見たり、小声でささやき合ったりするだけで、面と向かっては何のアクションも仕掛けてこないのである。
だから、6時限目の授業終了を告げるチャイムが鳴った時には、杏里は心底ほっとしたものだった。
こんな針のむしろのような教室で、発作みたいに起こる快感の小爆発に耐えながらまんじりともせずただ座って時を過ごしているより、いっそのこと、潔く美里と対面したほうが幾分でも気がまぎれると思ったからだった。
「せいぜい楽しんできなよ」
教室を出る時、璃子がせせら笑うように声をかけてきたが、杏里は無視して廊下に出た。
狐目の璃子と肉饅頭のふみのふたりは、危険な匂いがした。
できれば今は関わりたくないというのが、本音だったのだ。
午後4時に音楽室。
それが美里に指定された時間と場所だった。
3階に上がると、廊下の突き当りに『音楽室』と書かれたプレートが見えた。
引き戸を開けて中をのぞき込むと、まだ早いせいか、美里の姿はなかった。
部屋の中央には黒光りするグランド・ピアノ。
左手が演奏用の舞台なのか、少し床より高くなっている。
右手にはパイプ椅子がずらりと並んでいて、その奥に衝立で仕切られたスペースがあるようだ。
おそらくそこが面談室なのだろう。
部屋の中を見回しながら手持ち無沙汰に佇んでいると、背後でドアの開く音がした。
びくっとして振り向く杏里。
入り口に美里が立っていた。
後ろ手にドアに鍵をかけると、ゆっくりと近づいてきた。
間近に見る美里は、びっくりするほどスタイルのいい女だった。
杏里のものより更に大きそうな胸。
横に張り出した骨盤。
腰は砂時計のようにくびれ、身体だけを見ればモデル顔負けである。
「そこ」
半眼に開いた冷たい目で杏里を見据え、美里が言った。
「入って」
黙礼して、衝立の裏に回る。
四角いテーブルをはさんで、二脚のソファが向かい合っている。
「座りなさい」
杏里の後から入ってくると、命令口調で美里が言った。
ともすればずり上がそうになるスカートを押さえて、慎重に右手のソファに座った。
なにせ下着を穿いていないのだ。
中が見えてしまっては、何を言われるかわからない。
「え?」
意表を突かれたのは、美里が対面ではなく、隣に腰かけてきたことだった。
ふいにむっちりした身体を左半身に押しつけられ、杏里は狼狽した。
濃厚な匂いが杏里の全身を包み込む。
女性特有の体臭を何十倍にも濃縮したような、雌の匂い。
「笹原杏里」
美里が杏里の手を取った。
「色々、私に言いたいことがあるみたい」
「私…間違ってると思います」
上ずった声で、杏里は言った。
美里に握られた左手が、気になって仕方がない。
美里は杏里の手を左手で握り、右手でその指の間を一本一本丁寧になぞっている。
それが、愛撫されているようで、どうにも落ち着かないのだ。
「間違ってる? 何が?」
美里が杏里の額に自分の額を当て、じいっと目をのぞき込んできた。
眼鏡の奥の切れ長の目は、瞳が底なしに暗く、感情といったものがまったくない。
「先生は、タナトスの力を悪用して、生徒たちを支配しようとしている。そんな気がして、ならないんです」
胸にわだかまっていたことを、杏里は思い切って吐き出した。
そうなのだ。
あのクラスの雰囲気。
あれは、この女がわざとつくり出しているものなのだ。
「どうして?」
杏里の目を見つめたまま、美里が訊き返した。
「何を根拠に、そう思うの?」
「クラスのみんなは、誰ひとりとして浄化されていません。いえ、それどころか、余計に煩悩を抱え込んでしまっているように見えるんです。あれは、あなたが中途半端にタナトスの力を彼らに及ぼした証拠…。そうじゃありませんか? いつか、スーパー銭湯でやったみたいに」
「よくわかってるじゃない」
杏里が言い終えると、美里がうっすらと微笑んだ。
が、少し口角を吊り上げただけで、目はまったく笑っていなかった。
「同類のあなただから白状するけれど」
話し始める美里。
「正直、他人のために身を削るのが、バカバカしくなっただけ。だって、あなたもそうでしょう? タナトスは、人間たちのストレスを解消するために、ただひたすら無抵抗に蹂躙され続ける。そこには人権もなく、いくらストレスから救ってやっても、人間たちからは感謝されることもない。私たちだって、生きてるのに。人間と変わるところなんて、ほとんどないのに。こんな馬鹿げた話って、あるかしら?」
「そ、それは…」
杏里は絶句した。
その気持ちは、痛いほどわかる。
いつかいずなも言っていたように、タナトスとして生まれ変わった者にとって、それは究極の問いだからだ。
「私たちは、そのためにつくり出されたのだから。仕方がない。あなたもそう言いたいんでしょう?」
美里がどこか投げやりな口調で続けた。
「でも、悪いけど、私は私のやり方でやらせてもらう。ただそれだけ」
そのひと言に、ピンと来た。
杏里は強い語調で言った。
「わかったわ。だからあなたはパートナーのパトスと、トレーナーの老人を殺した。邪魔をさせないためにね」
ふふっと美里が声に出して笑った。
「どうやって? あなたも知ってるでしょう。タナトスに戦闘能力はないのよ。どうすればあの生体兵器みたいなパトスを、無力な私に殺せるの? 彼女、武藤類は、身体をバラバラにされ、頭を体育館の天井にめり込ませて死んでいた。そんな殺し方、私にできるわけがない。馬鹿も休み休み言いなさい」
「でも…」
杏里は口をつぐんだ。
確かに美里のいう通りなのだ。
美里には、動機はある。
しかし、手段がない。
「とにかく、あなた、少し生意気よね」
いきなり美里が話題を変えたので、杏里はびくんとなった。
「言うことを聞くようにしてあげないと、クラス運営に支障が出るわ」
突然美里の赤い唇が開き、杏里の指をくわえ込んだ。
指先を舌で舐められ、危うく叫びそうになる。
「生意気な口をきいた、お仕置きよ」
ちゅうちゅうと音を立てて、杏里の指を吸い始める美里。
「せ、先生…」
杏里は小刻みに震え始めた。
その瞬間、激しく感じ始めたからだった。
帯電したような皮膚に制服の生地が当たるたびに疼きが走り、まったく授業に集中できなかったのだ。
身じろぎもせず何時間もじっと座っていると、腋の下や胸の谷間に冷や汗が流れてきた。
特に始末が悪いのが、ただでさえ敏感な乳首だった。
セーラー服の上着がぴっちりし過ぎていて、少し身体を動かすだけで乳頭が過敏に反応してしまうのである。
できるなら上着を脱いで上半身裸になりたいところだったが、学校ではさすがにそれは無理だった。
本当に美里の呪縛にかかっているのか、放課や昼休みになっても、杏里に話しかけてきたり、ちょっかいをかけてくる者はいなかった。
みんな、時折杏里のほうをちらちら盗み見たり、小声でささやき合ったりするだけで、面と向かっては何のアクションも仕掛けてこないのである。
だから、6時限目の授業終了を告げるチャイムが鳴った時には、杏里は心底ほっとしたものだった。
こんな針のむしろのような教室で、発作みたいに起こる快感の小爆発に耐えながらまんじりともせずただ座って時を過ごしているより、いっそのこと、潔く美里と対面したほうが幾分でも気がまぎれると思ったからだった。
「せいぜい楽しんできなよ」
教室を出る時、璃子がせせら笑うように声をかけてきたが、杏里は無視して廊下に出た。
狐目の璃子と肉饅頭のふみのふたりは、危険な匂いがした。
できれば今は関わりたくないというのが、本音だったのだ。
午後4時に音楽室。
それが美里に指定された時間と場所だった。
3階に上がると、廊下の突き当りに『音楽室』と書かれたプレートが見えた。
引き戸を開けて中をのぞき込むと、まだ早いせいか、美里の姿はなかった。
部屋の中央には黒光りするグランド・ピアノ。
左手が演奏用の舞台なのか、少し床より高くなっている。
右手にはパイプ椅子がずらりと並んでいて、その奥に衝立で仕切られたスペースがあるようだ。
おそらくそこが面談室なのだろう。
部屋の中を見回しながら手持ち無沙汰に佇んでいると、背後でドアの開く音がした。
びくっとして振り向く杏里。
入り口に美里が立っていた。
後ろ手にドアに鍵をかけると、ゆっくりと近づいてきた。
間近に見る美里は、びっくりするほどスタイルのいい女だった。
杏里のものより更に大きそうな胸。
横に張り出した骨盤。
腰は砂時計のようにくびれ、身体だけを見ればモデル顔負けである。
「そこ」
半眼に開いた冷たい目で杏里を見据え、美里が言った。
「入って」
黙礼して、衝立の裏に回る。
四角いテーブルをはさんで、二脚のソファが向かい合っている。
「座りなさい」
杏里の後から入ってくると、命令口調で美里が言った。
ともすればずり上がそうになるスカートを押さえて、慎重に右手のソファに座った。
なにせ下着を穿いていないのだ。
中が見えてしまっては、何を言われるかわからない。
「え?」
意表を突かれたのは、美里が対面ではなく、隣に腰かけてきたことだった。
ふいにむっちりした身体を左半身に押しつけられ、杏里は狼狽した。
濃厚な匂いが杏里の全身を包み込む。
女性特有の体臭を何十倍にも濃縮したような、雌の匂い。
「笹原杏里」
美里が杏里の手を取った。
「色々、私に言いたいことがあるみたい」
「私…間違ってると思います」
上ずった声で、杏里は言った。
美里に握られた左手が、気になって仕方がない。
美里は杏里の手を左手で握り、右手でその指の間を一本一本丁寧になぞっている。
それが、愛撫されているようで、どうにも落ち着かないのだ。
「間違ってる? 何が?」
美里が杏里の額に自分の額を当て、じいっと目をのぞき込んできた。
眼鏡の奥の切れ長の目は、瞳が底なしに暗く、感情といったものがまったくない。
「先生は、タナトスの力を悪用して、生徒たちを支配しようとしている。そんな気がして、ならないんです」
胸にわだかまっていたことを、杏里は思い切って吐き出した。
そうなのだ。
あのクラスの雰囲気。
あれは、この女がわざとつくり出しているものなのだ。
「どうして?」
杏里の目を見つめたまま、美里が訊き返した。
「何を根拠に、そう思うの?」
「クラスのみんなは、誰ひとりとして浄化されていません。いえ、それどころか、余計に煩悩を抱え込んでしまっているように見えるんです。あれは、あなたが中途半端にタナトスの力を彼らに及ぼした証拠…。そうじゃありませんか? いつか、スーパー銭湯でやったみたいに」
「よくわかってるじゃない」
杏里が言い終えると、美里がうっすらと微笑んだ。
が、少し口角を吊り上げただけで、目はまったく笑っていなかった。
「同類のあなただから白状するけれど」
話し始める美里。
「正直、他人のために身を削るのが、バカバカしくなっただけ。だって、あなたもそうでしょう? タナトスは、人間たちのストレスを解消するために、ただひたすら無抵抗に蹂躙され続ける。そこには人権もなく、いくらストレスから救ってやっても、人間たちからは感謝されることもない。私たちだって、生きてるのに。人間と変わるところなんて、ほとんどないのに。こんな馬鹿げた話って、あるかしら?」
「そ、それは…」
杏里は絶句した。
その気持ちは、痛いほどわかる。
いつかいずなも言っていたように、タナトスとして生まれ変わった者にとって、それは究極の問いだからだ。
「私たちは、そのためにつくり出されたのだから。仕方がない。あなたもそう言いたいんでしょう?」
美里がどこか投げやりな口調で続けた。
「でも、悪いけど、私は私のやり方でやらせてもらう。ただそれだけ」
そのひと言に、ピンと来た。
杏里は強い語調で言った。
「わかったわ。だからあなたはパートナーのパトスと、トレーナーの老人を殺した。邪魔をさせないためにね」
ふふっと美里が声に出して笑った。
「どうやって? あなたも知ってるでしょう。タナトスに戦闘能力はないのよ。どうすればあの生体兵器みたいなパトスを、無力な私に殺せるの? 彼女、武藤類は、身体をバラバラにされ、頭を体育館の天井にめり込ませて死んでいた。そんな殺し方、私にできるわけがない。馬鹿も休み休み言いなさい」
「でも…」
杏里は口をつぐんだ。
確かに美里のいう通りなのだ。
美里には、動機はある。
しかし、手段がない。
「とにかく、あなた、少し生意気よね」
いきなり美里が話題を変えたので、杏里はびくんとなった。
「言うことを聞くようにしてあげないと、クラス運営に支障が出るわ」
突然美里の赤い唇が開き、杏里の指をくわえ込んだ。
指先を舌で舐められ、危うく叫びそうになる。
「生意気な口をきいた、お仕置きよ」
ちゅうちゅうと音を立てて、杏里の指を吸い始める美里。
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