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第7部 蹂躙のヤヌス

#37 敗戦処理

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 乳首のしびれは、どんどんひどくなっていく。
 美里の唾液は明らかに媚薬効果を秘めているようだ。
 疵口から沁み込んだ唾液が血液に混じり、血管に入り込んで全身に送られていく。
 美里が出て行くと、バレリーナの如く上げたままだった右足を壁から離し、杏里は床に崩れるように転がった。
 丸い尻がひくひく痙攣している。
 太腿の内側からは未だに熱い液が漏れ、いっこうに止まる気配がない。
 両腕で乳房を覆って、胎児のように丸くなった。
 息が荒い。
 唾液が溢れすぎて、口を閉じることすらままならない。
 しばらく我慢していたが、すぐに欲情を抑えきれなくなり、片手で胸を揉み、もう一方の手で膣を弄り始めた。
 リングに絞り上げられたクリトリスをつまみ、強く圧迫していると、子宮の中心で火花が散った。
「はんっ」
 連続する小爆発に耐えきれず、無意識のうちにあえいでしまう。
 そこに美里が戻ってきた。
 バケツの傍らにしゃがみ込んで、パックの牛乳の口を開け、中身をどぼどぼと底に注ぎ込む。
「さあ、できたわ。こっちにおいで。這ったままお飲みなさい。そう、ワンちゃんみたいにね」
「はい…」
 杏里は肘と膝を床について四つん這いの姿勢を取った。
 ハイハイを始めた幼児よろしくよちよちとバケツに近づくと、いきなり美里に髪の毛をつかまれた。
 そのまま頭を引き上げられたかと思ったら、ざぶりとバケツの中の液体に顔を推しつけられた。
 生臭い液体が鼻と口に入ってきて、杏里はむせた。
 それでも美里は力を緩めようとしない。
 液体はバケツの底に10センチほどの深さで溜まっている。
 杏里の体液と牛乳が混じった、白濁した液である。
 息ができなかった。
 あふ。
 またしても大量の液体を呑み込んだ時、それが始まった。
 膣とアナルに何かが侵入してくるあの感触。
 苦しさと快感で硬直する杏里。
 体内に奥深く入り込んだ”それ”は、内側の壁に貼りつき、杏里のエネルギーを吸収するかのようだ。
 急速に意識が遠くなり、目の前が真っ暗になっていく。
 バケツごと横倒しになった杏里の下腹をつま先で蹴りつけて、美里が言った。
「あら、もうおしまい? なんてみじめな子なんだろう」


 遠くで誰かが名前を呼んでいた。
 その呼び声に、杏里は目覚めた。
 水面に浮かび上がるように意識が戻ってきて、杏里は薄く目を開いた。
 まず、転がったバケツと、床にこぼれた白い液体の海が視界に入ってきた。
 それから、二組の足。
 ひと組は黒いズボンの男子生徒のもの。
 もうひと組は男物のブルージーンズを穿いている。
「あーあ、いわんこっちゃない」
 変声期前の、少年の声が言った。
「ひどいありさまだな」
 大人の男の声が、それに唱和する。
「勇次…それに、重人も…」
 のろのろと首をもたげ、杏里は言った。
 音楽室の入口に立っているのは、小田切勇次と栗栖重人である。
「最近様子がおかしいんで見に来たら、このざまだ」
 小田切が苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「こりゃ、重症だね」
 呆れたようにうなずく重人。
「僕らの杏里がこんなになるなんて…。丸尾美里は相当の手練れのようだね」
「まるで廃人だ。とても見ちゃいられない」
 小田切が歩み寄り、杏里の傍らに膝をつく。
「立てるか、杏里。きょうはもう帰るんだ」
「根本的な治療が必要だなあ、少なくとも、その美里とかいうタナトスからしばらく引き離さないと…。このままだと、杏里、ダメになりそうな気がする。かなりまずい事態だと思うよ」
 重人は腕組みして、裸で寝そべる杏里をしげしげと見つめている。
「同感だな。しばらく家から出さないようにしよう。パトス殺害事件の調査は、重人、おまえが引き継いでやってくれないか。今頃冬美が転校の手続きを取っているはずだ」
「お安いご用だね。いずなちゃんも立派に独り立ちできたし、後は万一のために由羅をつけておけばいい」
 小田切に引き起こされ、杏里はよろよろと立ち上がった。
「ふたりとも、何の話を、してるの?」
 床に落ちた制服とスカートを拾い上げ、物憂げな動作で身につけながら、回らぬ舌で訊く。
「私なら、大丈夫だよ。そんな、家にとじこめるだなんて…。第一、美里先生から引き離すって、それ、どういうこと? そんなの、ダメだよ…。私、先生がいないと、もう、やっていけないよ…」
 わけもなく、涙が頬を伝った。
「今のおまえはジャンキーみたいなものだ」
 よろめく杏里に肩を貸しながら、小田切が鋭い口調で言った。
「セックス中毒のジャンキーには、監禁治療しか、治す方法はないんだよ」

 
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