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第8部 妄執のハーデス

#7 怒り 

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 この時杏里が感じたのは、どす黒い怒りだった。

 結局…体が初期化されてしまったのと同様、心もここに戻ってきてしまうのか。



 おまえらは、人間じゃない。

 だから、人権なんて、ない。

 ただひたすら人間に奉仕する道具。

 それがタナトスなのだ。



 そんなこと、言われなくったって、わかってる。

 一度死んで、蘇生させられたモノ。

 杏里たちタナトスには、その負い目がある。

 放っておかれたら、死体のまま朽ち果てるべき運命。

 そんな杏里たちに、第二の人生を与えてくれたのは人間たちなのだ。

 でも。
 
 と、思わずにはいられない。

 だからといって、なぜそこまで差別されなければならないのか。

 私たちだって、元を正せば人間なのに。

 ただ、異質な生命体のミトコンドリアを体内に取り込んで、少し体質が変わっただけなのに。


「何をしている? 早く始めんか」

 興奮に声を震わせながら、大山が杏里の後ろ髪をつかんだ。

 無理やり口の中にペニスを押し込もうというのだろう。

 杏里の喉の奥深くまで猛り立った肉棒を押し込んで、イマラチオと洒落込もうというわけだ。

 そうはさせない。

 杏里は固く唇を結んだ。

 何も口に含まなくとも、射精させてしまえばこちらの勝ちなのだ。

 苦痛を快感に変えるすべは失われても、まだタナトスとしての機能やテクニックは体が覚えている。

 たとえば、これだ。

 杏里は肉棒をつかんだ己の手に目をやった。

 危険を察知したせいで、皮膚からうっすらと透明な体液がにじみ出てきている。

 ローションかオイルのようなその液体は、いわばタナトス固有の防護液である。

 これは、使える。

 右頬にめり込んでくるペニスからなんとか顔を逸らすと、杏里は両手で正面から肉棒を握り直した。

 体格がいいだけあって、大山のペニスは太さ、長さ、形とも、まさに一級品だった。

 包皮は完全に剥け、カリが張り出し、何よりも亀頭自体が大きいのだ。
 
 竿の部分を逆手に持つと、杏里はその赤黒い亀頭の表面を空いたほうの手で撫で回し始めた。

 手首のスナップを活かし、手のひらににじむ防護液を、さまざまな角度から亀頭に摺り込んでいく。

「お、おう、いい。いいぞ」

 大山が息を切らせ始めた。

 杏里は竿を左手で、亀頭を右手で丹念に撫でさすっている。

 その傍ら、色々な角度に引いたり倒したりしながら、ペニス全体にも刺激を与えていく。

「くううっ、たまらん」

 大山が腰を前後に動かし始めたのを潮に、少し責め方を変えてみる。

 竿を握っていた左手を下にスライドさせ、睾丸を手のひらで包み込んだのだ。

 右手で亀頭を握り締め、左手で逆側の睾丸をつかむ。

 ペニスを水平に倒すようにして、両手をそれぞれ逆の向きにひねってやる。

「あぶ、うぐ」
 
 あえぐ大山。

 急ぐ必要があった。

 このタイミングで猶予を与えると、男は必ず挿入を焦ってくる。

 杏里を犬のように這いつくばらせ、バックから乱暴に押し込もうとするに違いない。

 左手の手のひらで睾丸を愛撫しながら、右手でオイル状の防護液でぬるぬるになった肉棒を激しくしごいた。

 手の中で海綿体が膨れ上がるのが分かる。

 赤紫色の亀頭の先から透明な汁がにじみ出てきた。

「く、口を開けろ!」

 大山が杏里の頭を股間に押しつけようとした。

 それより一瞬速く、睾丸を離れた杏里の左手が、大山の股間をくぐり、アナルを探り当てていた。

 ペニスをしごきながら、アナルにずぶりと人差し指を差し入れる。

「ぐはっ」
 
 大山が大きくのけぞるのがわかった。

 鉤型に曲げた指で、杏里が直腸壁の神経叢を直撃したのだ。
 
 とっさに身をねじる。

 両手を離して床に転がった。

 奔流のごとく、精液が飛び散った。

 驚くほどの量の液だった。

 ずるずると壁に背を持たせかけ、崩れる大山。

 立ち上がると、その滑稽な姿を、杏里は冷ややかな眼で見下ろした。

「手だけでいっちゃうなんて…。校長先生も、案外、たいしたことないんですね」
 

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