激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第8部 妄執のハーデス

#18 発芽

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 ふみの口臭にむせ返りそうになりながら、杏里は懸命に身をひねろうとした。

 璃子のナイフから腹部を守るためである。

 が、ふみの怪力はそれを許さない。

 杏里の乳房の下で腕を組み、あばらが軋むほどの圧力を加えてくるのだ。

 汗と防護液で濡れて光る杏里の肌に、璃子がナイフの刃を当てた。

 ちょうど、へその真下あたりである。

 薄い皮膚の下で、腹筋がうねるように動いた。 

 注射針で刺されたような痛みとともに、きめの細かい肌の表面にぷくりと赤い球が盛り上がる。

 なめらかな曲線に沿って、璃子がナイフを動かしていく。

 たちまち杏里の下腹に、赤い筋が浮かび上がった。

 へそと会陰部を結ぶ、死の”切り取り線”である。

「いや」

 杏里は顔を背けた。

 とても見ていられなかった。

 まだ痛みは大したことはない。

 が、この後起こるだろうことを想像すると、恐怖で吐きそうな気分だった。

 腹を立ち割られ、内臓を引きずり出された挙句、それをふみに弄ばれる…。

 これ以上ないと思われるほどの、最悪の事態だ。

 なんとかしなければ。

 なんとか…。

 ふと、美里ならどうするだろう、と思った。

 なぜこの期に及んで、死んだ美里のことが脳裏に閃いたのか、それはわからない。

 が、それがきっかけになった。

 美里なら、たぶん…。

 杏里の体内で、何かが蠢き始めたようだった。

 背けた顔を戻して、杏里は乳房に視線を落とした。

 ふみに乳首を食いちぎられた右の乳房である。

 幸い、タナトスの回復機能は健在だったようだ。

 血は止まり、傷口には早くもピンク色の新しい皮膚が盛り上がってきている。

 だが、変化はそれだけにとどまらなかった。

 その生々しい傷口から、何か半透明のものが伸び始めているのだ。

 寒天にそっくりのその”物体”には、見覚えがあった。

 美里の醜い身体から無数に生えていた、あの”触手”である。

 エクトプラズムみたいに形を持たないが、獲物に触れると実体化するタナトス試作機の武器…。

 美里は杏里の体内で頭部を潰されて死んだ。

 あの時、美里の大量の血と脳漿が杏里の膣内に溢れ、子宮に注ぎ込まれたのだ。

 もしタナトスに、獲物のエキスを取り込んで己のエネルギーに変える機能が潜んでいるのならば…。

 杏里が美里の体液を吸収し、その形質を”学習”するということも、十分に起こり得ると言えるだろう。

「さあ、次は本番だ。このラインに沿って、おまえを帝王切開してやろう」

 璃子にはまだ触手が見えていないようだ。

 余裕の口ぶりでそう言うと、杏里のへその下にずぶりとナイフの刃を突き立てた。

 ぐぐっとそのまま刃を下ろし、傷口を広げにかかる。

 プチプチと音を立てて脂肪が弾けた。

 どろりとした血が噴き出すのを確かめると、璃子がナイフをえぐるように動かして傷口を左右に押し開く。

「くっ」

 とてつもない激痛に、杏里は全身を瘧にかかったように震わせた。

 でも。

 と心の中で強く念じた。

 私は、こんなところで、負けるわけには、いかないの…。

 と、その瞬間だった。

 下腹の傷口から、もう一本、あの透明な触手が現れた。

 発芽する隠花植物を高速撮影した映像のようだった。

 急速に伸び上がると、いきなり璃子の首に巻きついた。

「うっ! なんだ、これは?」

 痩せた璃子の身体が宙に持ちあがる。

 そこに乳房の先端から伸びたもう一本が、うなりを上げて襲いかかっていく。

 空中で璃子がナイフを振り回した。

 ナイフの刃が首に巻きついた触手を断ち切った。

 が、いったん寸断された触手はすぐにくっついて元に戻ると、何事もなかったように再び璃子を締め上げる。

「くそ、放せ! 放しやがれ!」

 苦し紛れに脚をばたつかせる璃子。

 スカートがめくれ上がり、細い太腿と白いシンプルな下着がむき出しになる。

 その股間に向かって、触手が突っ込んだ。

 下着をつき破り、璃子の”中心”にぐさりと突き刺さる。

「あふっ」
 
 宙で海老のように璃子がのけぞった。

 首に巻きついた触手がずるずると動き、ブラウスの襟元から璃子の薄い胸の奥へと入りこんでいく。

「璃子、どうしたの?」

 ふみの力が緩んだ。

 杏里はその隙を見逃さなかった。

 肘でふみの脇腹を力任せに突き、同時に足の甲を踵で思いきり踏みつけた。

「いったああい!」

 ふみがひるんだ瞬間、前方に身を投げた。

 床を転がって、ふたりから距離を取る。

 不可視の触手は、杏里の体勢に関係なく、相変らず璃子を吊り上げたままだ。

 釣り上げたまま、乳房と陰部に実体化したその先端で愛撫を加えている。

「あ、あれ、なに? 杏里ちゃん、あんた、璃子に何を?」

 信じられないといったふうに、ふみが小さな目をせいいっぱい見開いた。

 杏里はその肉達磨のような大女を、冷ややかなまなざしで見つめ返した。

「わかった? これが、美里先生の力。私が先生から受け継いだ、悪魔の武器。さあ、ふみ、今度はあんたの番だよ。あんた、さっき、私の血をたくさん飲んだよね? 媚薬まみれの私の血を」

「び、媚薬…?」

 おびえるふみに、杏里はにっと笑いかけた。

「そう、媚薬。私の血は、普通の血じゃないの。でね、そろそろその効き目が、表れる頃だと思うわけ」

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