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第8部 妄執のハーデス
#45 SとM③
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杏里の怒りを忠実にトレースするかのように、だしぬけに触手が膨張した。
由羅の中でそれがいっぱいに膨らんだのを見て取ると、杏里は思いきり触手を引き抜いた。
「あああああっ!」
由羅が咆哮し、鎖を引きちぎって下半身を跳ね上げた。
その瞬間、杏里は見た。
由羅の股間に開いた、真っ赤な穴を。
その穴から、奔流のように潮が飛び散った。
両手両足に鎖を巻きつけたまま、由羅が前のめりに落ちてきた。
床に肩を打ちつけると、ひと際大きくバウンドし、杏里の足元まで滑ってくる。
両手を伸ばし、陸に打ち上げられたイルカのように動かなくなった由羅を、杏里はきつい目で見下ろした。
触手はすでに消えていた。
元に戻った乳房の間から、汗に濡れた由羅の髪が見える。
ふう。
杏里はため息をついた。
自分でも、爆発的な怒りの原因はよくわからない。
好きと言われた瞬間、熱いマグマがこみあげてきて、抑えようがなくなってしまったのだ。
快感が嘘のように引いていき、徒労感だけが残っていた。
筋肉を酷使したわけではないから、体は疲れてはいない。
が、触手の操作は、予想以上に精神に負荷がかかるらしかった。
外に出しておく時間が長くなればなるほど、心が疲弊してくるのだ。
それが瞬発的な怒りに結びついたのかもしれない、とも思う。
ただ肩で息をしているだけの由羅に、杏里は話しかけた。
「わかった? 私はもう、以前の私じゃない。これでもあなた、まだ私のこと、守ってくれるのかしら?」
由羅は答えなかった。
離れを出、帰りかけたところで、ふと足を止めた。
重人の様子を見ておこう。
そう思いついたのだ。
重人には聞きたいこともある。
本当に精神が不安定になっているのかどうか、確かめる必要もあった。
玄関ではなく、開け放しの縁側から母屋に上がり込んだ。
冬美の家は典型的な日本家屋だ。
平面上に、ふすまで仕切られた部屋がそこだけ板の間の廊下をはさんで、等間隔に左右に並んでいる。
重人の部屋はすぐわかった。
そこだけふすまが少し開いていて、人の気配がしたからである。
のぞくと、布団の間から赤い顔を突き出した重人が、眼を皿のように見開いて、杏里のほうを見ていた。
「やあ、杏里、来てると思った。感じたもの」
額に熱さましのシートを貼りつけ、眼鏡もかけていない重人は、いつにも増して幼く見える。
成り行きだったとは言え、こんな子供を性の道具として弄んだかと思うと、胸の奥ににチクリと痛みが走った。
「由羅と会ってたんだね? 隠さなくてもいいよ。そのくらい、心を読まなくてもわかるから」
中に入ると、弾んだ声で、重人が言った。
「まあね。あなたのお見舞いに来たわけじゃないことは、確かよね」
傍らに座ると、そっけなく杏里は答えた。
「相変らず、冷たいなあ。もう少し、優しくしてくれてもいいのに」
「だって、優しくする理由がないもの」
「やさしさに、理由なんて要らないと思うけど…」
しょんぼりする重人。
風邪というのは嘘ではないらしい。
頬が赤いし、眼も熱っぽい。
「重人でも、風邪、引くんだ」
試しに、からかってやることにした。
「由羅や君と違って、根がデリケートにできてるんでね」
憮然として、重人が言い返す。
減らず口が叩けるということは、まだ重人らしさが残っているということだ。
そう思って、杏里は少し安心した。
「あんたこそ、相変らずね。童貞のくせに、口が悪すぎるよ」
「あ、治ったら、またしてくれる?」
重人の眼が輝いた。
「口か、手でいいからさ」
「気が進まない」
「そんなこと、言わないで…。それじゃ、まるで」
「蛇の生殺し?」
「そ、そうだよ。あれから僕はいつも、杏里、君を…」
言いかけて、後ろめたそうに視線を逸らす重人。
「そんなんだから、メンテ受けなきゃいけなくなったんでしょ」
「由羅に聞いたんだね? でも、それも元はと言えば」
「私のせい?」
「う、うん」
「そんなことよりさ」
いい加減うんざりしてきて、杏里は布団の上に身を乗り出した。
「ひとつ、訊きたいことがあるの」
「訊きたいこと? 僕に?」
重人が期待のまなざしで杏里を見た。
珍しく関心を寄せられて、喜んでいるのだ。
「あなたのほかにテレパスって、いる? それも、相当強力な」
単刀直入に、杏里はたずねた。
「テレパス?」
「私に話しかけてきた。全然知らない”声”。女だった気がする」
「女…?」
重人が宙の一点に眼を据える。
何かを思い出しているようだ。
「いないことは、ないけど…まさかね」
そのあどけない顔に、ふいに怯えたような色が浮かんだ。
「心当たり、あるんだね?」
杏里は顔をぐっと重人に近づけた。
重人の眼が泳ぐ。
「うん。でも、もしそうだとすると、かなりまずいかも」
嫌なことでも思い出したのか、眉間にしわを寄せていた。
「みんなは彼女を、こう呼んでいた。古いマンガのキャラの名をつけて…。サイコジェニー。本名は知らない」
「サイコジェニー?」
「そう。彼女なら、どんなに遠くからでも君に話しかけられると思う。サイコジェニーは、委員会最強のテレパスだから」
由羅の中でそれがいっぱいに膨らんだのを見て取ると、杏里は思いきり触手を引き抜いた。
「あああああっ!」
由羅が咆哮し、鎖を引きちぎって下半身を跳ね上げた。
その瞬間、杏里は見た。
由羅の股間に開いた、真っ赤な穴を。
その穴から、奔流のように潮が飛び散った。
両手両足に鎖を巻きつけたまま、由羅が前のめりに落ちてきた。
床に肩を打ちつけると、ひと際大きくバウンドし、杏里の足元まで滑ってくる。
両手を伸ばし、陸に打ち上げられたイルカのように動かなくなった由羅を、杏里はきつい目で見下ろした。
触手はすでに消えていた。
元に戻った乳房の間から、汗に濡れた由羅の髪が見える。
ふう。
杏里はため息をついた。
自分でも、爆発的な怒りの原因はよくわからない。
好きと言われた瞬間、熱いマグマがこみあげてきて、抑えようがなくなってしまったのだ。
快感が嘘のように引いていき、徒労感だけが残っていた。
筋肉を酷使したわけではないから、体は疲れてはいない。
が、触手の操作は、予想以上に精神に負荷がかかるらしかった。
外に出しておく時間が長くなればなるほど、心が疲弊してくるのだ。
それが瞬発的な怒りに結びついたのかもしれない、とも思う。
ただ肩で息をしているだけの由羅に、杏里は話しかけた。
「わかった? 私はもう、以前の私じゃない。これでもあなた、まだ私のこと、守ってくれるのかしら?」
由羅は答えなかった。
離れを出、帰りかけたところで、ふと足を止めた。
重人の様子を見ておこう。
そう思いついたのだ。
重人には聞きたいこともある。
本当に精神が不安定になっているのかどうか、確かめる必要もあった。
玄関ではなく、開け放しの縁側から母屋に上がり込んだ。
冬美の家は典型的な日本家屋だ。
平面上に、ふすまで仕切られた部屋がそこだけ板の間の廊下をはさんで、等間隔に左右に並んでいる。
重人の部屋はすぐわかった。
そこだけふすまが少し開いていて、人の気配がしたからである。
のぞくと、布団の間から赤い顔を突き出した重人が、眼を皿のように見開いて、杏里のほうを見ていた。
「やあ、杏里、来てると思った。感じたもの」
額に熱さましのシートを貼りつけ、眼鏡もかけていない重人は、いつにも増して幼く見える。
成り行きだったとは言え、こんな子供を性の道具として弄んだかと思うと、胸の奥ににチクリと痛みが走った。
「由羅と会ってたんだね? 隠さなくてもいいよ。そのくらい、心を読まなくてもわかるから」
中に入ると、弾んだ声で、重人が言った。
「まあね。あなたのお見舞いに来たわけじゃないことは、確かよね」
傍らに座ると、そっけなく杏里は答えた。
「相変らず、冷たいなあ。もう少し、優しくしてくれてもいいのに」
「だって、優しくする理由がないもの」
「やさしさに、理由なんて要らないと思うけど…」
しょんぼりする重人。
風邪というのは嘘ではないらしい。
頬が赤いし、眼も熱っぽい。
「重人でも、風邪、引くんだ」
試しに、からかってやることにした。
「由羅や君と違って、根がデリケートにできてるんでね」
憮然として、重人が言い返す。
減らず口が叩けるということは、まだ重人らしさが残っているということだ。
そう思って、杏里は少し安心した。
「あんたこそ、相変らずね。童貞のくせに、口が悪すぎるよ」
「あ、治ったら、またしてくれる?」
重人の眼が輝いた。
「口か、手でいいからさ」
「気が進まない」
「そんなこと、言わないで…。それじゃ、まるで」
「蛇の生殺し?」
「そ、そうだよ。あれから僕はいつも、杏里、君を…」
言いかけて、後ろめたそうに視線を逸らす重人。
「そんなんだから、メンテ受けなきゃいけなくなったんでしょ」
「由羅に聞いたんだね? でも、それも元はと言えば」
「私のせい?」
「う、うん」
「そんなことよりさ」
いい加減うんざりしてきて、杏里は布団の上に身を乗り出した。
「ひとつ、訊きたいことがあるの」
「訊きたいこと? 僕に?」
重人が期待のまなざしで杏里を見た。
珍しく関心を寄せられて、喜んでいるのだ。
「あなたのほかにテレパスって、いる? それも、相当強力な」
単刀直入に、杏里はたずねた。
「テレパス?」
「私に話しかけてきた。全然知らない”声”。女だった気がする」
「女…?」
重人が宙の一点に眼を据える。
何かを思い出しているようだ。
「いないことは、ないけど…まさかね」
そのあどけない顔に、ふいに怯えたような色が浮かんだ。
「心当たり、あるんだね?」
杏里は顔をぐっと重人に近づけた。
重人の眼が泳ぐ。
「うん。でも、もしそうだとすると、かなりまずいかも」
嫌なことでも思い出したのか、眉間にしわを寄せていた。
「みんなは彼女を、こう呼んでいた。古いマンガのキャラの名をつけて…。サイコジェニー。本名は知らない」
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