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第8部 妄執のハーデス

#46 仲間

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「それで、どこにいるの? その、サイコジェニーって人は?」

 杏里は強い不安に駆られ、無意識に周りを見回していた。

「”委員会”本部だよ。少なくとも、僕が初期研修を受けた時にはそこにいた。ていうか、今もいると思う。もちろん、直接会ったことはないけどね」

 委員会本部といえば、この週末、研修が行われる場所である。

 本部のある東雲市は、ここからかなり離れている。

 そんなところから思念を送ってよこすとは。

 やはり、その人物は、重人の言う通り、よほど強力なテレパスに違いない。

「それにしても、彼女、なんて言ってきたんだい? 特に杏里と接点があるとは思えないんだけど」

「私のやり方は、間違ってるって…。それでは、研修をクリアできないって」

 重人はまだ杏里に新たに備わった能力に気づいていない。

 だから、触手のことは、あえて伏せておくことにした。

「ふーん、どういうことかな。だって杏里は、これまでいくつもの学校を浄化してきた、いわばタナトスのエキスパートじゃないか。褒め称えられることはあっても、そんな警告を受けるなんてね」

 いかにも腑に落ちないといったふうに、重人が首をかしげた。

「先生の一件以来、ちょっと調子が出ないのよ。それは確かなの」

 ため息混じりに、杏里は言った。

「ああ、あれは最悪だったもんね」

 重人が顔をゆがめるのも無理はない。

 杏里が体内に取り込んだ美里の頭部を、上から押し潰したのは重人といずなだったのだ。

 危うくその時の惨状を思い出しかけた時、

「ん? ちょっと待って」

 ふいに何かを思い出したように、重人が上体を起こした。

「杏里も研修に呼ばれてるわけ? 僕はてっきり由羅だけかと思ったよ」

「私もだよ。だって、全国規模の合同研修なんでしょ。さっき会った時、由羅はそう言ってたけど」

「確かに全国規模だけどさ…。ただ、僕が聞いたところによると、集められるのは、問題のある個体だけらしい。少なくとも、小田切さんとの電話で、冬美はそう言ってた。別に盗み聞きする気はなかったんだけどね。つい聞こえちゃったんだ」

 というより、重人は冬美の心を読んだのではないだろうか。

 ちらっとそう思ったが、今はそれは些細なことだ。

「問題のある個体…? でも、どうして由羅が? 由羅は優秀なパトスだよ?」

「由羅って顔にすぐ出るじゃない。委員会や人間に不満たらたらだってこと、とっくの昔に、冬美にばれてるんだよ」

 そうだった。

 杏里はいつかの由羅の言葉を思い出していた。

『何のために外来種と戦うのか』という問いに、由羅はこう答えたのだ。

 人間のためじゃない。

 おまえたち”仲間”を守るために戦うんだ、と。

 杏里はふいに、部屋に由羅を放置してきたことを後悔した。

 もう少し優しく接するべきだった、と思った。

 今思えば、由羅にはそんないいところも、たくさんあったのだ。

「僕は杏里が呼ばれたことのほうが意外だな。美里を殺した件が、向こうにばれたのかもしれないね」

「そうね」

 杏里はうなずいた。

「あれも、規則違反だったもんね」

 いくら化け物じみた姿に変化していたといえ、美里は外来種と認定されたわけではないのだ。

 客観的に見れば、杏里たちは、仲間のタナトスを殺したことになる。

 だからあの女ーサイコジェニーとやらに目をつけられたのか。

「ま、いいか。これで僕たち3人、そろって本部行きってわかったんだからさ」

 嬉しそうに、重人がニコニコして言った。

「なんか3人そろうのって、すごく久しぶりじゃない」

「そうかも」

 杏里は重人の布団から、身を退けた。

 もう話すことはあまりなさそうだ。

「とにかく、あなたが思ったより元気でほっとしたよ。もっと病んでるかと心配してた」

「病んでるのは確かだよ。だって風邪で寝てるんだから」

 重人が口を尖らせる。

「でもね、杏里のことなら、これでもぎりぎり正気を保ってるつもりだよ。僕が君に恋い焦がれるのは、恋というより、もっと生臭い、動物的なものだと思う。だから、いつかまた君がその気になって、一度でも僕の相手をしてくれる日が来ればそれでいい。別に君を束縛するつもりもないしね。なんて言いながら、実は今も、あそこ、ビンビンに勃っちゃってるんだけどさ」

 最後に、はにかんだようにてへっと笑って舌を出した。

「そうなんだ。もうそこまで自己分析しちゃったわけね」

 言いながら、布団をはいでやる。

 案の定、重人は下半身裸だった。

 杏里が立ち去ったら、その記憶をオカズに、さっそくオナニーを始めるつもりだったのだろう。

 会話しながら、こっそり布団の中でパジャマと下着を脱いでいたらしい。

 無毛の股間に猛り立つウインナーソーセージに似たそれを、杏里はおもむろに右手でつかんだ。

「あ」

 重人が喉の奥で小さく叫んだ。

「い、いいの?」

「よく今までがまんしたね」

 杏里はしごき始めた。

 未発達ななりに、それはとても熱く、杏里を求めて硬く反り返っている。

 しごきながら、指で亀頭を撫で回し、尿道口を弄ってやる。

「くっ!」

 重人の腰が跳ね上がる。

 ブリッジの体勢を取って、小刻みに体を震わせ始めた。

「杏里、いいよ…すごく、いい…」

 うっすらと杏里は微笑した。

 そして、優しくつぶやいた。

「これはご褒美。あなたも一応、私の”仲間”だから」



 あっけなく射精し、そのままたわいもなく眠ってしまった重人を残して、杏里は庭に降りた。

 離れに足を運ぶまでもなかった。

 前庭の片隅。

 サンドバッグにもたれて、由羅が立っていた。

 元のトレーニング着に着替えている。

 怒っているかと思ったら、杏里を見るなり、はにかむように微笑んだ。

「ありがとう」

 近寄ると、意外な言葉が返ってきた。

「おかげで、すごく、すっきりした」

 由羅の笑顔なんて、初めてだ。

 由羅って、こんな顔、できるんだ…。

 ちょっとした驚きだった。

 でも。

 お礼を言われる筋合いなんて、ないはずなのに。

「私こそ、ごめんね」

 傷だらけの由羅の手を取った。

「汚い手、使っちゃって」

「いいんだ」

 由羅が首を振った。

「あれもおまえの能力なら、それはそれでいい」

「なんか変だね」

 杏里は警戒するように由羅を見上げた。

「いつもの由羅らしくない。どうして怒ってないのかな?」

「よくわかったから。おまえの気持ち」

「私の気持ち?」

 そうなのだろうか。

 私自身、自分の気持ちなんて、まだわからないままなのに。

「それに、すごく気持ちよかったから」

 由羅が杏里の頭に手を乗せ、髪をくしゃっとかき混ぜた。

「冬美の時より、ずっとさ」


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