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第8部 妄執のハーデス

#60 バトルロイヤル⑭

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 1階に上がると、エントランスのシャッターはまだ破壊されたままだった。

 その代わりに、刑事ドラマの殺人現場で見るような、黄色と黒の立ち入り禁止テープが張られている。

 ヤッコとユリの死体はすでになく、大理石の床に白いチョークでふたつの人型が描かれているのが見えた。

 ちょうど彼女らが倒れていた位置である。

 死体を見ずに済んで、杏里は少し、ほっとした。

 見せしめの役割が済んだので、片づけたということなのだろうか。

 ラウンジを横切って奥に向かうと、食堂に充てられているレストランの入口に、人だかりができていた。

 他の13人のパトスとタナトスたちである。

 みんな、熱心に壁の張り紙を見ているようだ。
 
「対戦表だな」

 由羅が言った。

 由羅の腕を握る手に自然、力がこもった。

 どのチームだろう?

 私たちの相手になるのは…?

 不安で心臓がバクバクする。

 今にも喉から飛び出しそうに、胸の中で暴れている。

 由羅に守られるようにして人垣の後ろに立った杏里は、背伸びをして壁のB紙に眼をやった。

 ピラミッド型に描かれたシンメトリックな線が、すぐに目に飛び込んできた。

 8本の線が2本ずつ組になり、そこから4本の線が伸びる。

 その先で線は更に2本に減り、最後に1本だけ残る。

「チームAだ」

 忌々しげに、由羅がつぶやいた。

 同時に杏里も気づいていた。

 杏里たちはCチームである。

 その相手に組まれているのは、Aチーム。

 チームAといえば…。

 背筋をぞわぞわと悪寒が走った。

「うひょお、こいつはラッキーだぜ」

 その杏里の恐怖が伝わったかのように、

 甲高い声を発して人ごみの中から姿を現したのは、あのピエロじみたマコトである。

「しょっぱなから、おまえみたいなかわい子ちゃんを殺れるなんてよお」

 杏里を好色そうな眼で眺め、嬉しそうにそう言った。

 相変わらず、コートの懐に右手を隠したままだ。

「杏里に触るな」

 由羅が背中に杏里をかばった。

「おまえの相手は、うちひとりで充分なんだよ」

 鋭いまなざしで、マコトを睨みつけている。

「今だけだぜ、大きな口、叩いてられるのもよォ」

 へらへら笑いながら、マコトが由羅を挑発する。

「てめーみたいなチビに、このマコト様を倒せるとでも思ってるのか?」

「何だと?」
 
 チビ呼ばわりされて由羅が気色ばんだ時だった。

「おい、どういうことなんだ? 俺たち、不戦勝じゃないのか? だって、チームBのふたり、死んだんだろう? なのに、代わりに組み入れられてるこの”X”ってのは、誰なんだ?」

 柚木の声がした。

 気勢を削がれて、声のほうに顔を向ける由羅とマコト。

 杏里はもう一度、対戦表に眼をやった。

 なるほど、チームGの相手、Bには赤いマジックで斜線が引かれ、その横にXの文字が書き加えられている。

 ふと思いついて、念のために、改めて人数を数えてみた。

 ここに集まっているのは、杏里と由羅を入れて15人。

 最初は17人いたから、死んだふたりを引くとちょうどこの数だ。

 つまり、謎のチームXの面子は、ここには来ていないということになる。

「委員会側の刺客かもな」

 ヒヒヒと面白そうにマコトが笑った。

「俺たちを根絶やしにするために、特別に投入された秘密兵器とかよ」

 マコトは冗談のつもりで言ったのだろう。

 だが、誰も笑わなかった。

 それは、その可能性が大いにあるだろうということに、その時、ほぼ同時に、全員が気づいたからだった。


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