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第8部 妄執のハーデス

#92 最終決戦①

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 由羅の全身に愛液を塗り終え、そのまま疲れて眠ってしまったらしい。
 そんな杏里を起こしたのは、突然流れ始めた館内放送だった。
 -決勝戦は、本日10時より、第一体育館にて行います。Cチームは、5分前までに、会場に集合のこと。繰り返します。決勝戦は…ー
 
「由羅」
 ベッドから半身を起こすと、杏里は隣で眠っている由羅に声をかけた。
 由羅の肌は、杏里の愛液を綺麗に吸収して、生まれ変わったようにつるつるになっている。
 わき腹の傷口もふさがり、今は白い筋がわずかに皮膚から浮き上がって見えているだけだ。
 我ながら、驚くべき治癒力だった。
 美里のDNAを取り入れたせいなのか、やはり効果が格段に強くなっているらしい。
「ん?」
 由羅が目を開けた。
「聞こえた?」
「ああ」
 身を起こすと、両腕で杏里を軽く抱きしめた。
「7時か。あと3時間しかないな」
「大丈夫? まだどこか痛む?」
「いや」
 杏里の唇に素早くキスをすると、にっと笑ってベッドを降りる由羅。
「平気だよ。ありがとう。完全に治ってる。これなら次も楽勝だな」
 そうだろうか。
 由羅が元気になったのはうれしいが、杏里はまだ沈んだ気分のままだ。
 ゆうべのサイコジェニーの言葉が、耳にこびりついて、離れない。
 ー次の相手に、触手は効かないよー
 確信ありげに、彼女はそう告げたのである。
 そして、杏里の中に芽生えたある予感。
 それが本当なら、この最終戦、とても楽勝とは言えないだろう。
 いや、それどころか、由羅とふたり、Xの餌食になって、おしまいかもしれない。
「シャワーを浴びたら、食事に行かないか? 腹が減ってしょうがないよ」
 タオルを首に巻き、浴室に向かいながら、明るい口調で由羅が言う。
「そうだね。きのうみんなで食事してから、何も食べてないもんね」
 そう口にするなり、虚しさがこみあげてきた。
 その”みんな”も、今はもう、誰もいない。
 久美子ももも、あの3人組も、皆死んでしまったのだ。
 今朝の食堂は、きっと寂しいだろうな。
 そう考えて、杏里は暗澹たる気分に囚われた。
 旅行バッグを足元に引き寄せて、着換えを探す。
 残っているのは、もう、学校の制服だけだった。
 丈の短い紺のセーラー服に、マイクロミニのプリーツスカート。
 どうせ死ぬなら、これがお似合いかも。
 苦笑混じりにそう思う。
 セーラー服は、ある意味タナトスの”戦闘服”みたいなものだから…。
 





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