激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

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第8部 妄執のハーデス

#102 最終決戦⑪

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 抗うことは不可能だった。
 零に見つめられるまま、杏里はおもむろに制服を脱ぎ始めた。
 まず、スカートのファスナーを下ろし、すとんと下に落とした。
 下半身は、極度に面積の少ないショーツ一枚だ。
 生地が薄く、半ば透けているそのショーツは上下の幅も狭く、そのせいで鼠径部と臀部が半ばはみ出てしまっている。
 次に、セーラー服の腰のところのファスナーを下げ、両手で裾をつかみ、するりと頭から脱ぎ捨てた。
 下半分だけのブラジャーに持ち上げられたふたつの乳房がぶるんと飛び出し、照明を浴びて艶やかに光る。
 その間に、零も制服の上下を脱ぎ終えていた。
 長身の零は、カモシカを思わせるスレンダーな肢体をしている。
 杏里ほどの起伏はないが、驚くほど腰が細く、脚が長いため、股の位置がずいぶんと高い。
 下着は上下とも黒だった。
 それだけに、隠花植物のように生白い肌が強調され、ひどくなまめかしい印象を見る者に与えてくる。
 そのしなやかな裸身には、染みひとつない。
 予想通りだった。
 ユウの能力をもってしても、あのオレンジ色が見えないのは…零には性感帯がないからだ。
 零は、残虐な行為を目の当たりにして初めて、欲情する。
 これまでの対戦で、杏里はそのことを熟知していた。
 つまり、そのような状況に直面しない限り、この悪魔の肉体には性感帯は出現しないということなのだろう。
 サイコジェニーの言う通りだった。
 これでは触手が使えない。
 仮に攻撃のためだけに使用したとしても、力の強さでは零にかなうわけがないのである。
 美里からラーニングしたあの触手は、あくまでも相手に強烈な性的興奮を与えるためのものなのだ。
「どうしようかな」
 零が舌なめずりした。
 先のふたつに分かれた蛇のそれのような赤い舌が、同じく真っ赤な唇をすっと舐める。
「どうせなら、苦しい姿勢がいいよね。杏里の苦痛にゆがむ顔、私、大好きなの」
 言いながら、腰をかがめ、杏里の左足首をつかんだ。
「ど、どうする気?」
 身を引こうとしたが、もう遅かった。
 だしぬけに、零が片手で杏里の右脚を上に持ち上げた。
 股が直角に開き、左足一本で杏里の身体がずり上がっていく。
「な、何するの?」
 またたく間に逆さ吊りにされた。
 零は杏里より20センチは背が高く、その分リーチも長い。
 だから、零が左足首をつかんだまま逆さ吊りを実行すると、杏里の両手は床を離れ、ちょうど股の部分が零の鼻先に来る形になった。
「いい匂い」
 杏里のショーツに鼻を近づけて、くすりと笑いながら零が言う。
「や、やめて…」
 杏里は頭を下にした不自然な姿勢で、いやいやをするように身もだえた。
 目の前にあるのは零のなめらかな腹部だ。
 必死でそのくびれた腰に両腕を巻きつけようとした。
「だめ。動かないで」
 とたんに零が右膝を上げ、杏里の下顎を強打する。
「あ!」
 すさまじい衝撃が来て、杏里の口から、血の飛沫とともに折れた歯が飛んだ。
 痛かった。
 目尻に涙がにじんだ。
 これが零の恐ろしさだ。
 激痛に耐えながら、杏里は思った。
 零の目的は、相手に快感を与えることではない。
 獲物の肉体を破壊して、苦痛の限りを与えること。
 それこそが、彼女の行動原理なのだ。
「ねえ、このまま、股裂きってのはどうかなあ?」
 杏里の両足首をつかみ、楽しそうな口調で、零が言った。
「あなたの身体、これまで何度か楽しませてもらったけど、股裂きはまだしたことなかったよね?」
「い、いや…」
 杏里の目から涙があふれ、瞼から額を伝って床に落ちた。
 悪夢が現実になってしまった。
 痛覚を快感に変えるタナトスの防御機能。
 それを失った状態で、零に拷問されるのだ。
 あまりのおぞましさに、この先を想像するだけで、気が遠くなる。
 まさに、予想し得る中でも、これは最低最悪の事態だった。
 このままでは、閾値を超える痛みには耐えられない。
 そうなれば、肉体は死ななくとも、精神が死ぬ。
 間違いなく、私は発狂してしまう…。
 零の背後。
 ずっと向こうの壁には、気を失った由羅が串刺しにされたままだ。
 顔を紫色に腫らし、口と腹の傷口から血を流した由羅は、ぐったりして死んだように動かない。
 由羅、助けて…。
 そう口に出そうとした瞬間、両足首に力が加わった。
 股がじりじりと広げられていく。
 それに応じて、体がずり上がる。
 重力で下に垂れた乳房が、砕けた杏里の下顎に当たった。
 股関節が軋み、太腿の付け根に刺すような痛みが走る。
「じゃあね。まず、お股から血を吸ってあげる」
 零が言い、ショーツの真ん中を前歯で噛んで引っ張った。
「ああ、だ、誰か…」
 逆さになったまま、杏里はおびえた小動物のように身を震わせ、声もなく泣き始めた。

 



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