激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

文字の大きさ
264 / 288
第8部 妄執のハーデス

#113 流出②

しおりを挟む
「由羅…」
 呆然と、杏里はつぶやいた。
 零の背後に、壁に串刺しにされたはずの由羅が立っている。
 革ジャンの前がはだけ、黒の胴着と幅広のベルトの間、むき出しの鳩尾あたりに、縁がギザギザになった大きな穴が開いている。
 その穴から流れ出る血が、レザーのミニスカートを伝い、太腿に赤い筋を引いているのが見るからに痛々しい。
「杏里、助かったぜ。時間を稼いでくれて」
 ずぼっ。
 避雷針を零の首から引き抜いて、由羅が言った。
「ったくもう、この馬鹿力めが。避雷針が壁に深くめり込みすぎてて、抜くのに苦労しちまった」
 強がってはいるものの、その声には色濃く疲労がにじんでいる。
 深手を負って、相当に体力を消耗している証拠だった。
 零が、杏里の喉を右手で締めつけたまま、ゆっくりと由羅のほうを振り返った。
「おまえ、まだ生きてたの?」
 首を軽く左右に振ると、何事もなかったようにそう言った。
 嫌な予感がした。
 かなりの太さの避雷針が貫通したというのに、零の首からは一滴の血も流れていない。
 10円硬貨大の白い穴が、ぽっかりと開いているだけだ。
 杏里が驚いたのは、その穴がみるみるうちに塞がっていくことだった。
 周囲から新たな肉が盛り上がり、粘土で蓋をするみたいに急速に空洞を埋めていく。
 メス外来種は、タナトスと同じタイプのミトコンドリアを備えている。
 だから、ある程度の治癒能力は持っているはずである。
 だけど、それにしても、これは…。
 -気をつけなー
 その時、頭の片隅で、エコーのように”声”がこだました。
 零に喉を締めつけられ、窒息しそうになりながら、杏里は反射的に心の耳をそばだてた。
 サイコジェニー。
 今度は、なに…?
 -”流出”が始まっているのは、杏里、おまえさんだけじゃないってことさー
 ジェニーが言った。
 -光あるところ闇、だからねー
 流出?
 さっきも言ってたけど、それ、何のこと?
 が、先程と同様、”声”は答えなかった。
 徐々に気配が消えていく。
 その存在ごと、どこか遠くへ去ってしまう。
 待って!
 杏里が心の中で呼び止めようと叫んだ瞬間、
「杏里を放せ」
 由羅のドスの効いた低い声が聞こえてきた。
「嫌だと言ったら?」
 零が、からかうような口調で言い返す。
「この子は私のおもちゃ。おまえの指図は受けないよ」
「なら、また死んでもらうだけさ」
 不敵な笑みを、唇の端に浮かべる由羅。
「今度こそ、生き返れないようにな」
 その言葉と同時に、由羅の右腕が一閃した。
 槍と化した避雷針が、唸りを上げてセミヌードの零の身体に襲いかかった。
 が、零の動きのほうが、一瞬速かった。
 身体に到達する寸前に、空いたほうの左手で避雷針を鷲づかみにすると、簡単に由羅の手からもぎ取った。
 ぐしゃりと折れ曲がる銀色の棒。
 左手の指だけで避雷針をぐにゃぐにゃに曲げ終えると、それを零が軽々と床へと投げ出した。
 その間も、右手は杏里の喉をがっしりつかんだままだ。
「てめえ…」
 由羅の頬から血の気が引いた。
 零の反射神経とパワーは並ではない。
 馬力はマコトをはるかに上回っているし、スピードはあの3人娘よりも更に速い。
 モデルを思わせるそのスレンダーな肉体からは、想像もつかぬ身体能力の高さだった。
「どうするの?」
 あざ笑うように、零が由羅を挑発する。
「素手で私倒せるとでも? 下等な人間に作られた、出来損ないの肉人形の分際で」
「うるせえ」
 憤怒の形相で、由羅がうなった。
「出来損ないかどうか、その身で試してみやがれ!」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...