上 下
271 / 288
第8部 妄執のハーデス

#120 最後の一撃②

しおりを挟む
「うわああああっ!」
 零が咆哮し、長い右脚を繰り出した。
 強烈な膝蹴りをこめかみに喰らって、たまらず由羅が手を放す。
 その顔面めがけて、零の左の前蹴りが炸裂した。
 口から折れた歯を吐き出して、仰向けに吹っ飛ぶ由羅。
 が、零の反撃も、そこまでだった。
「やったね…」
 左手首を右手で押さえて、苦しげにうめいた。
「馬鹿め」
 血の唾を吐き出して、由羅がゆっくりと上体を起こした。
「おまえも聞いてるだろ? そのリストバンドに仕込まれた毒は、外来種をも殺すって。いくら脳味噌がふたつあっても、毒からは逃れられない。そうなんだろう?」
 由羅の顔は、見るも無残なありさまだった。
 鼻が折れ、右目が潰れてしまっている。
「くそ…私としたことが…」
 だが、零には、由羅にとどめを刺す余裕もないようだった。
 驚愕に目を見開き、じっと己の左腕を凝視している。
 見ると、手首を起点にして、零の左腕が徐々に変色し始めていた。
 赤紫色の斑点が、目で見てわかるほどの勢いで、肩をめざして、腕を這い上ろうとしているのだ。
 毒素が回り始めた証拠だった。
 杏里は舌を巻く思いだった。
 そうか。
 この手があったんだ。
 物理攻撃は、零にはほとんど無効である。
 肉体それ自体が強靭なうえ、杏里と同様の治癒能力を備えているからだ。
 だが、体内から脳を蝕む化学兵器なら、あるいは零を倒せるかもしれないのだ。
 しかし…。
 杏里も由羅も、少しばかり、相手をみくびりすぎていたようだ。
 雌外来種の、生存本能の強さ。
 それはふたりの予想を覆すほどのものだった。
「こんなもの…」
 吐き捨てるようにつぶやくと、零がやにわに右手で自分の左手首をつかんだ。
 そのまま、背中のほうへ力任せにねじる。
 グギッと気味の悪い音が響き、左の肩で関節がはずれた。
 それをもう一度、レバーを押すように、反対側へひねり倒す。
 またしても背筋が凍るような音を発し、見る間にぶらぶらになる左腕。
 それを床につけ、右足で手の甲を踏んで固定すると、零が渾身の力で身体を半回転させた。
 零の左腕のつけ根から血が噴き出し、皮膚がびりびりと破れていく。
 筋肉がちぎれ、真っ白な骨が見えたところで、零がちぎれかけた左腕を大きく曲げ、思いっきりへし折った。
 完全に骨が折れたのを見届けると、何のためらいもなく、ずぼっと肩から引き抜いてしまった。
 零が右手から提げた左腕は、つけ根近くまで赤紫色に染まっていた。
 己の腕を犠牲にすることで、毒が身体に回る寸前に、零はその進路を断ってしまったのだ。






しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

寡黙な悪役令嬢は寝言で本音を漏らす

恋愛 / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:4,978

【完結】雨上がりは、珈琲の香り②

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:11

【完】『優等生』な援交男子の背中に隠された異常性癖

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:10

女体化改造病棟 ―少年は最高の美少女にTSされる―

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:210

わたしはJPG257-Vです

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:36

無敵の力で異世界無双~ただし全裸~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:98

醜女の檻 ~私の美少女監禁日記~

ホラー / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:21

異性装がまあまあ普通の世界。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

処理中です...