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第8部 妄執のハーデス
エピローグ ~永訣の朝~
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1階に下りると、壊された玄関の自動ドアは修理が終わり、ロビーには明るい日差しが満ちていた。
一瞬、ここへ到着した3日前の時点にタイムスリップしたような気分に襲われ、杏里はしばし立ち尽くした。
あれからどれほど遠くへ来てしまったことだろう…。
半ば呆然としながら、ふとそう思った。
あの時は、まだ由羅もいた。
私たちは、何も知らず、いつものように軽口をったき合っていたのだ。
まさかあの後、こんな最悪の事態が待ち受けているとは、知りもせず…。
つかの間のめまいが去ると、レストランの透明なガラス壁越しに、小田切たちの姿が見えてきた。
よれよれもジャケットを着こんだ猫背の小田切、スーツをびしっと決めた姿見のいい冬美、そして学生服姿の小さな重人がいる。
3人とも、掲示板の前に佇んだまま、熱心に何かを見つめているようだ。
意を決して自動ドアをくぐると、まず重人が振り向いた。
「あ、杏里」
名前を呼んだだけで、気まずそうに押し黙る。
「お待たせ」
努めて何げないふうを装い、杏里は3人に近づいた。
掲示板に貼られているのは、例のトーナメント表である。
『C』のところから油性マジックの赤線が伸び、頂点に達している。
北条が書き込んだのだろうか。
ご丁寧にも、『X』の上には、赤で大きくバツ印が付けられていた。
「なんて安っぽいんだ」
嫌悪感もあらわに、小田切がつぶやいた。
「おまえたちの命のやり取りを、こんな手書きの表で管理していたとはな」
「時間がなかったのよ」
自分が責められでもしたかのように、冬美が弁解がましい口調で答えた。
「なんせ、ジェニーが急に言い出したものだから」
「全国の問題児たちを集めた研修と聞いていたが、全然そうじゃなかったんだな」
「ええ。実際はその逆。集められたのは、最も強力なユニットたち。ジェニーは、どうやら、最強同士を戦わせて、ナンバーワンをつくりたかったらしいの」
「しかし、よりによって、そこに外来種を投入するなんて…しかも、残虐行為淫乱症のあの零を…。まったくもって、狂気の沙汰としか思えない」
「まあ、それを勝ち抜いた杏里ちゃんと由羅が、いかに優秀かの証明みたいなものね」
マコトも、久美子も、三つ子も…みんな、問題児ではなかった?
杏里は唖然とした。
じゃあ、私たちは、ただ純粋に力比べをするためだけに集められたと、そういうわけ?
怒りが込み上げてきた。
だが、ぶつける対象がわからなかった。
あの黄金色の羊水の中にたゆたっていた達磨のような少女、サイコジェニー。
あの子がすべての元凶というのだろうか。
「で、どうだった?」
冬美が杏里に向き直った。
「ジェニーは、あなたに、何の用だったの?」
興味津々といった表情をしている。
普段、喜怒哀楽をまるで出さない冬美には珍しいことだった。
「さあ」
杏里は肩をすくめてみせた。
「それが、よくわからないんです」
嘘ではなかった。
本当に、あの子は私に何を告げたかったのだろう。
最強のタナトスとなり、パトスの助けを借りず、外来種を浄化せよ。
そして、その過程で、外来種をこの星に持ち込んだ者の正体を突き止める…。
彼女は確かにそう言った。
でも、言いたかったのは、それだけではないような気がする。
高次の概念だという、”流出”とはいったい何なのか。
由羅は、零は、この先どうなるのか…。
「そんなことはないはずよ。あのジェニーが、意味のない行動を取るとは思えないもの」
「まあ、待て。もうすぐ搭乗の時間だ」
色を成して詰め寄る冬美を、小田切が押しとどめる。
「それよりさあ」
その時、たまりかねたように横から口をはさんだのは、それまで黙っていた重人だった。
「由羅はどうしたの? 大丈夫なんだよね? ひどい怪我だって聞いたけど、ちゃんと生きて戻ってくるんだよね?」
小田切と冬美の視線が絡まった。
そしてすぐに、顔を背け合う。
「どうしたの? なんでみんな、何も言ってくれないの?」
重人の声が高くなる。
「そんなのおかしいよ。それが今は、一番大事なことなんじゃないの?」
その悲痛な叫びを耳元で聞きながら、杏里はただ、玄関の外に広がる、青く高い空をじっと眺めていた…。
一瞬、ここへ到着した3日前の時点にタイムスリップしたような気分に襲われ、杏里はしばし立ち尽くした。
あれからどれほど遠くへ来てしまったことだろう…。
半ば呆然としながら、ふとそう思った。
あの時は、まだ由羅もいた。
私たちは、何も知らず、いつものように軽口をったき合っていたのだ。
まさかあの後、こんな最悪の事態が待ち受けているとは、知りもせず…。
つかの間のめまいが去ると、レストランの透明なガラス壁越しに、小田切たちの姿が見えてきた。
よれよれもジャケットを着こんだ猫背の小田切、スーツをびしっと決めた姿見のいい冬美、そして学生服姿の小さな重人がいる。
3人とも、掲示板の前に佇んだまま、熱心に何かを見つめているようだ。
意を決して自動ドアをくぐると、まず重人が振り向いた。
「あ、杏里」
名前を呼んだだけで、気まずそうに押し黙る。
「お待たせ」
努めて何げないふうを装い、杏里は3人に近づいた。
掲示板に貼られているのは、例のトーナメント表である。
『C』のところから油性マジックの赤線が伸び、頂点に達している。
北条が書き込んだのだろうか。
ご丁寧にも、『X』の上には、赤で大きくバツ印が付けられていた。
「なんて安っぽいんだ」
嫌悪感もあらわに、小田切がつぶやいた。
「おまえたちの命のやり取りを、こんな手書きの表で管理していたとはな」
「時間がなかったのよ」
自分が責められでもしたかのように、冬美が弁解がましい口調で答えた。
「なんせ、ジェニーが急に言い出したものだから」
「全国の問題児たちを集めた研修と聞いていたが、全然そうじゃなかったんだな」
「ええ。実際はその逆。集められたのは、最も強力なユニットたち。ジェニーは、どうやら、最強同士を戦わせて、ナンバーワンをつくりたかったらしいの」
「しかし、よりによって、そこに外来種を投入するなんて…しかも、残虐行為淫乱症のあの零を…。まったくもって、狂気の沙汰としか思えない」
「まあ、それを勝ち抜いた杏里ちゃんと由羅が、いかに優秀かの証明みたいなものね」
マコトも、久美子も、三つ子も…みんな、問題児ではなかった?
杏里は唖然とした。
じゃあ、私たちは、ただ純粋に力比べをするためだけに集められたと、そういうわけ?
怒りが込み上げてきた。
だが、ぶつける対象がわからなかった。
あの黄金色の羊水の中にたゆたっていた達磨のような少女、サイコジェニー。
あの子がすべての元凶というのだろうか。
「で、どうだった?」
冬美が杏里に向き直った。
「ジェニーは、あなたに、何の用だったの?」
興味津々といった表情をしている。
普段、喜怒哀楽をまるで出さない冬美には珍しいことだった。
「さあ」
杏里は肩をすくめてみせた。
「それが、よくわからないんです」
嘘ではなかった。
本当に、あの子は私に何を告げたかったのだろう。
最強のタナトスとなり、パトスの助けを借りず、外来種を浄化せよ。
そして、その過程で、外来種をこの星に持ち込んだ者の正体を突き止める…。
彼女は確かにそう言った。
でも、言いたかったのは、それだけではないような気がする。
高次の概念だという、”流出”とはいったい何なのか。
由羅は、零は、この先どうなるのか…。
「そんなことはないはずよ。あのジェニーが、意味のない行動を取るとは思えないもの」
「まあ、待て。もうすぐ搭乗の時間だ」
色を成して詰め寄る冬美を、小田切が押しとどめる。
「それよりさあ」
その時、たまりかねたように横から口をはさんだのは、それまで黙っていた重人だった。
「由羅はどうしたの? 大丈夫なんだよね? ひどい怪我だって聞いたけど、ちゃんと生きて戻ってくるんだよね?」
小田切と冬美の視線が絡まった。
そしてすぐに、顔を背け合う。
「どうしたの? なんでみんな、何も言ってくれないの?」
重人の声が高くなる。
「そんなのおかしいよ。それが今は、一番大事なことなんじゃないの?」
その悲痛な叫びを耳元で聞きながら、杏里はただ、玄関の外に広がる、青く高い空をじっと眺めていた…。
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