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#14 もうひとりの同室者③
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「あの…それ、どういうことですか?」
僕は思わずそう口に出して、問い返していた。
深夜、病室から外に出ると、死ぬ。
それはまともには信じがたい戯言で、からかわれているとしか思えない。
けれど、ことが、”近藤さん”案件となると、話は別だった。
僕自身、色々あって、疑心暗鬼の状態に陥っていた矢先のことだからである。
”近藤さん”に話しかけられて、返事をしたら、死ぬ…?
僕としても、「そんな馬鹿な」と、冗談として笑い飛ばせないのが現状なのだ。
「どういうことって…そりゃあ、詳しくは言えねえよ。ヤツに聞かれたら、俺のほうがヤバいことになっちまう。せっかく、この二週間、ずっと我慢してきたってのに、ここで目をつけられたりしたら、おまえさんの前にそこにいたやつみたいに、それこそ明日、無事に退院できなくなるだろう? それにさ、おまえさんも、そろそろおかしいと思い始めてるんじゃないか? あの”近藤”ってやつのことを。悪いことは言わねえ。やつのことは黒衣の天使さんたちに任せとけ」
男がそこまで言った時だった。
だしぬけに、しわがれた声が男の言葉を遮った。
ーおおい、うるさあい! 黙れえ!
喉に痰のからんだ、耳障りな怒鳴り声だった。
-誰だあ、そこでぺちゃくちゃしゃべっておるのはあ! 誰かあ、誰かそこにいるのかあ?
声は、僕の足元のカーテンの向こうから聞こえてくる。
藤田がハッと息を吸い込み、気まずく押し黙るのがわかった。
なぜって、あえて言うまでもなく、声の主は、紛れもなくあの、”近藤さん”だったからである。
#15 地獄の躰拭き?
僕は息をひそめ、掛布団を鼻の上まで引き上げた。
隣の藤田氏も、すっかり気配を殺して縮こまっているようだった。
”近藤さん”は、まだ何かわめいている。
さっきまでは言葉がはっきりしていたのだが、だんだん声が不明瞭になっていき、今ではほとんど呪詛に近く、何を言っているのかさっぱりわからない。
返事をしたら、死ぬ。
ついさっき、藤田氏から聞いたばかりの”都市伝説”が脳裏をよぎる。
そんな馬鹿なと思いつつも、”近藤さん”なら、という恐怖がぬぐえない。
そもそも、”近藤さん”は、本当に、僕や藤田氏と同じように、循環器に欠陥のあるただの患者なのだろうか?
ひょっとして、そうでないとしたら、あのカーテンの向こうには、いったい何がいるのだろう?
それに、黒衣の天使って?
そうしてどれほどの時間、耐えたのか。
永遠に近い時が流れたと思われる頃、
「颯太さーん、起きてますかあ?」
足元のカーテンに小柄な影が映り、少し低めの音都の声が聞えてきた。
僕はほおっと安堵の息を吐き出した。
助かった。
そういえば、乙都は、あとで躰拭きに来るとか言ってたっけ。
”近藤さん”の声はすでに聞こえなくなっている。
「う、うん」
布団から顔を出し、返事をすると、シャっとカーテンが開いて、乙都とあの蓮月とかいう大女が入ってきた。
ふたりとも、胸に洗面器やタオルを抱えている。
「うふふふ、若い男の子の裸って、愉しみだよんっ!」
まん丸の顔に奇妙な笑みを浮かべると、蓮月が一歩前に出て、いきなり僕から掛布団をはぎ取った。
僕は思わずそう口に出して、問い返していた。
深夜、病室から外に出ると、死ぬ。
それはまともには信じがたい戯言で、からかわれているとしか思えない。
けれど、ことが、”近藤さん”案件となると、話は別だった。
僕自身、色々あって、疑心暗鬼の状態に陥っていた矢先のことだからである。
”近藤さん”に話しかけられて、返事をしたら、死ぬ…?
僕としても、「そんな馬鹿な」と、冗談として笑い飛ばせないのが現状なのだ。
「どういうことって…そりゃあ、詳しくは言えねえよ。ヤツに聞かれたら、俺のほうがヤバいことになっちまう。せっかく、この二週間、ずっと我慢してきたってのに、ここで目をつけられたりしたら、おまえさんの前にそこにいたやつみたいに、それこそ明日、無事に退院できなくなるだろう? それにさ、おまえさんも、そろそろおかしいと思い始めてるんじゃないか? あの”近藤”ってやつのことを。悪いことは言わねえ。やつのことは黒衣の天使さんたちに任せとけ」
男がそこまで言った時だった。
だしぬけに、しわがれた声が男の言葉を遮った。
ーおおい、うるさあい! 黙れえ!
喉に痰のからんだ、耳障りな怒鳴り声だった。
-誰だあ、そこでぺちゃくちゃしゃべっておるのはあ! 誰かあ、誰かそこにいるのかあ?
声は、僕の足元のカーテンの向こうから聞こえてくる。
藤田がハッと息を吸い込み、気まずく押し黙るのがわかった。
なぜって、あえて言うまでもなく、声の主は、紛れもなくあの、”近藤さん”だったからである。
#15 地獄の躰拭き?
僕は息をひそめ、掛布団を鼻の上まで引き上げた。
隣の藤田氏も、すっかり気配を殺して縮こまっているようだった。
”近藤さん”は、まだ何かわめいている。
さっきまでは言葉がはっきりしていたのだが、だんだん声が不明瞭になっていき、今ではほとんど呪詛に近く、何を言っているのかさっぱりわからない。
返事をしたら、死ぬ。
ついさっき、藤田氏から聞いたばかりの”都市伝説”が脳裏をよぎる。
そんな馬鹿なと思いつつも、”近藤さん”なら、という恐怖がぬぐえない。
そもそも、”近藤さん”は、本当に、僕や藤田氏と同じように、循環器に欠陥のあるただの患者なのだろうか?
ひょっとして、そうでないとしたら、あのカーテンの向こうには、いったい何がいるのだろう?
それに、黒衣の天使って?
そうしてどれほどの時間、耐えたのか。
永遠に近い時が流れたと思われる頃、
「颯太さーん、起きてますかあ?」
足元のカーテンに小柄な影が映り、少し低めの音都の声が聞えてきた。
僕はほおっと安堵の息を吐き出した。
助かった。
そういえば、乙都は、あとで躰拭きに来るとか言ってたっけ。
”近藤さん”の声はすでに聞こえなくなっている。
「う、うん」
布団から顔を出し、返事をすると、シャっとカーテンが開いて、乙都とあの蓮月とかいう大女が入ってきた。
ふたりとも、胸に洗面器やタオルを抱えている。
「うふふふ、若い男の子の裸って、愉しみだよんっ!」
まん丸の顔に奇妙な笑みを浮かべると、蓮月が一歩前に出て、いきなり僕から掛布団をはぎ取った。
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