異世界病棟

戸影絵麻

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#77 東病棟ナース・ステーションの謎②

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 エレベーターホールはまだ無人だった。
 が、一歩角を曲がると、そこにはすでに異形の者たちがあふれ返っていた。
 襲い来る患者たちは、明らかに人間以外の何者かに変貌を遂げていた。
 ゾンビのように全身が膿み爛れた者、獣と合体したような姿の者、さまざまだ。
 蓮月が巨大植木バサミを振り回す。
 コンドウサンが鰭と化した腕で襲いかかる異形をなぎ倒し、そのハンマーみたいな頭で強烈な頭突きをかます。
 僕はといえば、敵の間を這い進みながら背後から襲いかかって脚に絡みつき、床に引き倒す方法でふたりを援護した。
 異形たちの後ろから、コンニャクみたいに身体を左右に揺らしながらスチール棚が歩いてくる。
 その周囲を取り囲むのは、キャスター付きの椅子やパソコンを載せた事務机だ。
 雑魚どもを踏み潰しながらコンドウサンがスチール棚に体当たりした。
 が、棚は一撃では倒れない。
 逆に両開きの扉を開いてコンドウサンの肩から上を呑み込んだ。
 その周りに椅子たちが密集し、コンドウサンの退路を断つ。
「やばいな。あと少しだったのに」
 蓮月がつぶやいた時、前方に見えるナースステーションから、背の高い人影が現れた。
 鼻から上のないあの看護師、ユズハである。
 だらんと下げた長い両手の先には、指の代わりに鋭いメスがずらりと植わっている。
「やっぱり来ちゃったか。鼻を突っ込むなと言ったのに」
 平らに切り取られた下顎の上で、真っ赤な舌をひらひら動かしながら、ユズハが言った。
「まあ、こっちの手間が省けたといえば、そうなんだけどねえ。私個人としては、もう少し、熟成させたほうがいい気がしたんだけどさ」
 言いながら、ユズハが右手で宙を水平に凪ぎ、指に生えたメスでコンドウサンの背中を突き刺した。
 そのままぐいぐい縦に切り裂いていく。
 病衣が裂け、ぶよぶよの背中が現れた。
 と思ったら、その表面がまっぷたつに割れ、どろりとした中身が噴き出した。
 血にまみれた内臓に押されて、鳥籠そっくりの胸骨がじわじわと手前にせり出してくる。
 臓物を撒き散らして前のめりに倒れるコンドウサンの頭部を、バリバリとスチール棚が噛み砕く。
 びくんびくんと下半身を痙攣させるコンドウサン。
 病衣の間からどぼどぼと黄色い尿が漏れ、脚を茶色の糞便がぬるりと伝い落ちた。
 その足元はすでに血の海で、まっぷたつにされた身体からあふれた肺やら胃やら腸やらが、すさまじい臭気を発し、湯気を立てて転がっている。
「きさまあっ! よくもあたしのペットを! くっそお、ぶっ殺してやる!」
 怒りに燃えた蓮月が、両腕で巨大植木バサミを頭上に振り上げた。
 そうしてユズハを睨みつけたまま、口を動かさず、僕に向かってささやいた。
「あたしがやつらの注意を引きつける。そのあいだに少年、あんたはナースステーションへ!」

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