異世界病棟

戸影絵麻

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#78 東病棟ナース・ステーションの謎③

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「邪魔なんだよ! この循環器内科のイヌめ!」
 ユズハの爪が蓮月に襲いかかる。
 メスのごとく鋭い爪が、蓮月のビキニアーマーを切り裂いた。
 片方の乳房がこぼれそうになり、乳白色の肌に赤い血の筋が走った。
 が、蓮月はひるまない。
 下着も露わにマイクロミニを翻し、ユズハの長い右腕を膝で跳ね上げると、その細い首をハサミの刃で挟む。
 ジョキン。
 耳障りな音が響き渡り、電柱のように背の高いユズハの首の付け根から、どっとばかりに血柱が上がった。
 ごつん。
 鈍い音とともに、床でその燭台みたいな頭部がバウンドした。
 棒切れのように倒れこんでいくユズハ。
 あっけない最期だった。
「ざまあ」
 勝ち誇ったように、蓮月がひとりごちた時だった。
 蓮月の背後に、影が立った。
 ガシガシとコンドウサンの残骸を食っていた、あのスチール製のロッカーだ。
 ロッカーの扉が開き、やにわに蓮月の躰を後ろから挟み込んだ。
 そこに、鰐みたいに四本の足を動かして、生きたベッドが突進した。
「ぐはっ」
 ロッカーとベッドに挟まれ、蓮月が血反吐を吐く。
 四方から器具たちが集まってきて、蓮月を取り囲んでいく。
 点滴スタンドから触手のようにチューブが伸び、蓮月の首に巻きついた。
 別のチューブは破れたビキニアーマーから中に入り込み、ぎりぎりと乳房を搾り上げている。
 と、ふいにドアの一部がスライドし、カチャカチャと耳障りな音を立て、巨大な機械が現れた。
 手術用ロボットだった。
 ロボットは、獲物を狙うカマキリみたいに、二本のアームを振り上げて蓮月に迫っていく。
 右のアームの先は幅広のメス、左のアームの先はマジックハンドになっている。
 ベッドや事務机が脇に退き、神を迎え入れる信徒のように、医療用ロボットに道を開ける。
「や、やめろ!」
 蓮月が悲鳴を上げた。
 このアマゾネスまがいの戦士には、珍しいことだった。
 切れ長の目が極限まで見開かれ、今にも眼窩から飛び出しそうだ。
 下腹の上までめくれ上がったスカートの下からのぞく白いパンティに、黒い染みが拡がっていく。
 が、ロボットは容赦なかった。
 メスが振り下ろされ、蓮月の躰の正面を切り裂いた。
 正中線に沿って胸の谷間から陰部までを、ビキニアーマーとスカートや下着もろともに一気に切り裂くと、続いて無駄のない動作で、左のアームをずぶりと傷口に突っ込んだ。
 ベリベリベリッ。
 皮膚が引きちぎれ、爆ぜた脂肪が飛び出した。
「あ、あ、あ、あ、あ」
 すさまじい快感に打ち震えるように、蓮月が痙攣し、口から血の泡を吹く。
 どぼどぼと湿った音を立て、開かれた傷口から鮮血があふれ出た。
 その中に突っ込まれたアームが、ずるっ、ずるっと、肉色の何かを引きずり出していく。
「あ、ああ…や、や、めて…」
 妙に官能的な声で喘ぐと、蓮月の眼球が、眼窩の中でゆっくりと裏返った。
 潮時だった。
 僕は床に身を横たえると、左右に胴を振りながら、生きた器具たちの間を、等身大の一匹の蚯蚓になりきって、周囲に気づかれぬよう、そっと移動し始めた。
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