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#136 幻界のミューズ⑯
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たくさんの芸伎たちに見送られ、来た道を逆にたどり、あのムカデ型電車に乗ってたどり着いた先は…。
人工的な平原の端に建つ、大きな駅のような建物だった。
「ここが、ワープセンターですか? なんだか、JRの駅に似てますけれど」
『ポラリス・ステーション』なる看板を見上げて、私は言った。
「まあ、駅といえば、そうじゃのう」
うなずくおばば。
中に入ると、ますます駅との類似がはっきりしてきた。
正面が、改札口になっているのだ。
しかも、その上には、行き先を示す電光掲示板。
ただし、駅員室や切符売り場、キオスクにあたる施設はない。
「こっちじゃ」
おばばが導いたのは『名古屋方面』の文字のある改札の前である。
「意外に利用者が少ないな。せっかくの異界との通路だというのに」
周囲を見まわして、ラルクがつぶやいた。
「ここを使えるのは、ほんの一部の者だけじゃからの。特別なICカードがなければ、ゲートを通れないのじゃ」
「これなら大丈夫というわけか?」
ラルクがコートのポケットから取り出してみせたのは、あのマナカみたいなプラスチックのカードである。
「おうさ。そいつはこの世界のすべての施設を利用できる、特典付き超プレミアムカードじゃからな。選ばれた首長や将軍たちにしか配られておらぬ」
ラルクの父は、辺境警備隊の隊長だったから、その資格は十分あるということなのだろう。
「これ一枚しかないが、全員通れるのか?」
「カード一枚につき、10人までじゃ。ただし、そのフワフワしたのはどうかのう」
おばばが指さしてみせたのは、一平の肩にちょこんと座った幽霊、コボちゃんである。
「ん? わしがどうかしたのか?」
開いた頭の鉢を起こして、元コボルト族の族長が言う。
「おぬし、見たところ、実体がないようじゃが、霊魂の類いか何かかの」
「ああ。百年前に肉体は朽ちおったから、今は精神だけじゃ」
「やっぱりな。さて、幽霊の異界転移というのは、聞いたことないから、どうなることか」
「異界転移って、そんなにヤバいものなのか?」
生意気なくせに怖がり屋の一平が、おずおずと口を挟む。
「さあ。わしも経験がないからなんともいえぬが、ものの本によると、実は世界にはワームホールとかいう空間の虫食い穴があちこちにあって、それを電磁的に固定すると異界同士をつなぐ通路になるらしい。この装置が、ちょうどその役割を果たしておるわけじゃが」
「まるでSFだね」
感心して、私は言った。
これが小説なら、ファンタジーだと思って読んでいた読者は怒り出すことだろう。
「それで、そのワームホールを通る時、物質はいったん”情報”にまで還元され、到着点でまた元の物質に再構成されるらしいのじゃ。まあ、向こう側の”何か”-たとえば、その位置にある大気などに情報を上書きすることによってな」
うは。
娼館の女主人のくせに、このばあさん、すごい物知り。
人間、120歳を超えると神に近くなるのだろうか。
「なんかよくわかんないけど、だから何なんだ?」
混乱した面持ちで一平が訊いた。
「幽霊は存在自体が不安定だから、情報の上書きがうまくいくかどうかということじゃよ」
「うまくいかないとどうなるのさ?」
「存在自体が、消滅するおそれがある」
「消滅? 消えるってこと?」
「そうさな」
「どうする?」
ソフィアがラルクと顔を見合わせた。
「いくらユーレイでも、コボちゃん、消えちゃうのかわいそう」
「うーむ」
顎に手を当て、ラルクがうなった時である。
「わしは別にかまわんよ」
あっさりとした口調で、当の本人が言った。
「魔王退治に同行したいのは山々じゃが、この世にたいして未練がないというのも、本音のところじゃ。なんせ、死ぬ前に200年は生きたからな。このへんで一度消えて、永遠の一部になるというのも悪くない」
「同感じゃのう。あんたみたいに、わしらも早くあの世に行きたいものよ」
おばばの二つの顔が、相好をくずし、優しいまなざしでコボちゃんを見た。
年寄り同士のシンパシーが、束の間空気を和ませる。
「では、行くとするか」
意を決したように、ラルクが言った。
「だな。魔王は待ってくれないからな」
と、一平が後に続く。
「コボちゃん、きっと大丈夫よ。気を確かに持って」
その肩の幽霊に向かって、ソフィアが娘らしい気遣いを見せた。
「案ずるな。その時はその時のことだ」
幽霊自身に悲壮感はない。
ラルクが改札にカードをかざした。
ぴっという音がして、ゲートが開く。
と、突然、周囲が真っ白になり、全身をあらゆる角度から引っ張られるような、実に嫌な感触に襲われた。
うぎゃ。
キモい。
は、吐くぅ。
ぎゅっと目を閉じる。
そして、次の瞬間…。
目を開けると、私は見慣れた名古屋駅の雑踏の只中に立っていた。
人工的な平原の端に建つ、大きな駅のような建物だった。
「ここが、ワープセンターですか? なんだか、JRの駅に似てますけれど」
『ポラリス・ステーション』なる看板を見上げて、私は言った。
「まあ、駅といえば、そうじゃのう」
うなずくおばば。
中に入ると、ますます駅との類似がはっきりしてきた。
正面が、改札口になっているのだ。
しかも、その上には、行き先を示す電光掲示板。
ただし、駅員室や切符売り場、キオスクにあたる施設はない。
「こっちじゃ」
おばばが導いたのは『名古屋方面』の文字のある改札の前である。
「意外に利用者が少ないな。せっかくの異界との通路だというのに」
周囲を見まわして、ラルクがつぶやいた。
「ここを使えるのは、ほんの一部の者だけじゃからの。特別なICカードがなければ、ゲートを通れないのじゃ」
「これなら大丈夫というわけか?」
ラルクがコートのポケットから取り出してみせたのは、あのマナカみたいなプラスチックのカードである。
「おうさ。そいつはこの世界のすべての施設を利用できる、特典付き超プレミアムカードじゃからな。選ばれた首長や将軍たちにしか配られておらぬ」
ラルクの父は、辺境警備隊の隊長だったから、その資格は十分あるということなのだろう。
「これ一枚しかないが、全員通れるのか?」
「カード一枚につき、10人までじゃ。ただし、そのフワフワしたのはどうかのう」
おばばが指さしてみせたのは、一平の肩にちょこんと座った幽霊、コボちゃんである。
「ん? わしがどうかしたのか?」
開いた頭の鉢を起こして、元コボルト族の族長が言う。
「おぬし、見たところ、実体がないようじゃが、霊魂の類いか何かかの」
「ああ。百年前に肉体は朽ちおったから、今は精神だけじゃ」
「やっぱりな。さて、幽霊の異界転移というのは、聞いたことないから、どうなることか」
「異界転移って、そんなにヤバいものなのか?」
生意気なくせに怖がり屋の一平が、おずおずと口を挟む。
「さあ。わしも経験がないからなんともいえぬが、ものの本によると、実は世界にはワームホールとかいう空間の虫食い穴があちこちにあって、それを電磁的に固定すると異界同士をつなぐ通路になるらしい。この装置が、ちょうどその役割を果たしておるわけじゃが」
「まるでSFだね」
感心して、私は言った。
これが小説なら、ファンタジーだと思って読んでいた読者は怒り出すことだろう。
「それで、そのワームホールを通る時、物質はいったん”情報”にまで還元され、到着点でまた元の物質に再構成されるらしいのじゃ。まあ、向こう側の”何か”-たとえば、その位置にある大気などに情報を上書きすることによってな」
うは。
娼館の女主人のくせに、このばあさん、すごい物知り。
人間、120歳を超えると神に近くなるのだろうか。
「なんかよくわかんないけど、だから何なんだ?」
混乱した面持ちで一平が訊いた。
「幽霊は存在自体が不安定だから、情報の上書きがうまくいくかどうかということじゃよ」
「うまくいかないとどうなるのさ?」
「存在自体が、消滅するおそれがある」
「消滅? 消えるってこと?」
「そうさな」
「どうする?」
ソフィアがラルクと顔を見合わせた。
「いくらユーレイでも、コボちゃん、消えちゃうのかわいそう」
「うーむ」
顎に手を当て、ラルクがうなった時である。
「わしは別にかまわんよ」
あっさりとした口調で、当の本人が言った。
「魔王退治に同行したいのは山々じゃが、この世にたいして未練がないというのも、本音のところじゃ。なんせ、死ぬ前に200年は生きたからな。このへんで一度消えて、永遠の一部になるというのも悪くない」
「同感じゃのう。あんたみたいに、わしらも早くあの世に行きたいものよ」
おばばの二つの顔が、相好をくずし、優しいまなざしでコボちゃんを見た。
年寄り同士のシンパシーが、束の間空気を和ませる。
「では、行くとするか」
意を決したように、ラルクが言った。
「だな。魔王は待ってくれないからな」
と、一平が後に続く。
「コボちゃん、きっと大丈夫よ。気を確かに持って」
その肩の幽霊に向かって、ソフィアが娘らしい気遣いを見せた。
「案ずるな。その時はその時のことだ」
幽霊自身に悲壮感はない。
ラルクが改札にカードをかざした。
ぴっという音がして、ゲートが開く。
と、突然、周囲が真っ白になり、全身をあらゆる角度から引っ張られるような、実に嫌な感触に襲われた。
うぎゃ。
キモい。
は、吐くぅ。
ぎゅっと目を閉じる。
そして、次の瞬間…。
目を開けると、私は見慣れた名古屋駅の雑踏の只中に立っていた。
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