3 / 79
第1章 あずみ
action 2 電話
しおりを挟む
5月1日、午前10時。
その日、僕は朝からそわそわしていた。
前日の夜、あずみから電話がかかってきたからである。
『お兄ちゃん、どうして帰って来ないの?』
開口一番、あずみは言ったものだ。
『あずみ、ずっと待ってたんだよ。きのうはお兄ちゃんの大好きな、イチゴのケーキだってつくったのに。いくら待っても帰って来ないから、あずみひとりで全部食べちゃった』
「コースケに会いたくないんだよ」
何と切り返していいかわからず、僕は親父のせいにすることにした。
机の上のあずみの写真。
おととしの夏、一緒に海に行った時に撮ったものだ。
この頃からあいつ、乳、でかかったんだよなあ。
水玉のビキニからこぼれ落ちそうな乳房を揺らしながら、屈託のない笑顔であずみが笑っている。
なんでおまえ、よりによって…妹なんだよ。
その秘蔵の写真を眺めながらため息をついた時、機関銃のような勢いで当のあずみがしゃべり出した。
『コースケならいないよ。何日か前に、『デリヘルの取材でしばらく家を空けるからよろしく』って、出てったきりだもん。でも、デリヘルってなんだろ? お兄ちゃん、知ってる?』
デリヘルとはデリバリーヘルスの略で、要はエロいお姉さんを宅配する店だ。
でもそれをあずみに詳しく説明しても始まらない。
「たぶんフーゾクの店の名前だと思うけど。まあ、この前みたいにUFOや宇宙人の取材でないだけまだマシだろう?』
僕らの父、出雲幸助はフリーライターである。
ガセネタをそれらしい記事にでっち上げ、三流週刊誌に売りつけるのを生業としている。
守備範囲は主にオカルトと性風俗。
昔から月に1週間も家に居ればいいほうで、だからずっと前から僕は彼を父親というより単なる性能の悪いATMと思うことにしていた。
「とにかく、色々と忙しいんだ」
『うそ』
「…」
『お兄ちゃん、あずみのこと、避けてるよね』
「え?」
『隠してもだめ。この際言っちゃうけど、去年くらいからずっとそうだよね』
「そ、そんなことないって」
『1年浪人して大学受かったとたん、あずみを置いて出てっちゃったよね』
「そ、それは、通学の問題とか…」
『で、これまでいっぺんも帰省してないよね。去年のGWも、お盆も、年末も』
「い、いや、レポートの提出とかさ、なかなか大変で…」
『うそ。たったふたりの兄妹なのに、薄情すぎるよね』
「…」
あずみの生みの母であるヨシコさんは、3年前、交通事故で亡くなった。
つまり実家には、現在あずみとコースケしかいないことになる。
彼女が寂しがるのも当然で、その気持ちは痛いほどわかるのだけど…。
返事に窮していると、しばしの沈黙の後、きっぱりとした口調であずみが言った。
『だからね。あずみ決めたんだ』
「…決めたって、何を?」
いやな予感がした。
『明日、お兄ちゃんのとこに行く』
「え」
『止めたって駄目だよ。もう今晩は那古野の友だちの家に泊めてもらってるんだから』
「なんでこっちに友だちがいるんだよ?」
「学校じゃなくて、ポールダンスクラブの友だち」
「ポールダンスクラブ? なんだそれ?」
『前にLINEしたでしょ。体操部辞めて、ポールダンス始めたって』
「そうなのか? よくわからんが」
『とにかく、明日の午前中、おうちにお邪魔するから。逃げないで待ってるんだよ』
「こんなとこ、来ても何にもないって」
『怪しいな。まさかついにカノジョできたとか?』
「違うって」
『よかった』
「なんだよ、それ」
『お泊りする用意持ってくね。どうせいつも、ろくなもの食べてないんでしょ。連休中、あずみが毎日、美味しいお料理、いっぱい作ってあげるからね』
「おい、待て」
『待たないよーだ』
こうして、あずみはやってきた。
よせばいいのに、あの地獄の中を。
僕らの再会。
それは、こんな具合だった。
その日、僕は朝からそわそわしていた。
前日の夜、あずみから電話がかかってきたからである。
『お兄ちゃん、どうして帰って来ないの?』
開口一番、あずみは言ったものだ。
『あずみ、ずっと待ってたんだよ。きのうはお兄ちゃんの大好きな、イチゴのケーキだってつくったのに。いくら待っても帰って来ないから、あずみひとりで全部食べちゃった』
「コースケに会いたくないんだよ」
何と切り返していいかわからず、僕は親父のせいにすることにした。
机の上のあずみの写真。
おととしの夏、一緒に海に行った時に撮ったものだ。
この頃からあいつ、乳、でかかったんだよなあ。
水玉のビキニからこぼれ落ちそうな乳房を揺らしながら、屈託のない笑顔であずみが笑っている。
なんでおまえ、よりによって…妹なんだよ。
その秘蔵の写真を眺めながらため息をついた時、機関銃のような勢いで当のあずみがしゃべり出した。
『コースケならいないよ。何日か前に、『デリヘルの取材でしばらく家を空けるからよろしく』って、出てったきりだもん。でも、デリヘルってなんだろ? お兄ちゃん、知ってる?』
デリヘルとはデリバリーヘルスの略で、要はエロいお姉さんを宅配する店だ。
でもそれをあずみに詳しく説明しても始まらない。
「たぶんフーゾクの店の名前だと思うけど。まあ、この前みたいにUFOや宇宙人の取材でないだけまだマシだろう?』
僕らの父、出雲幸助はフリーライターである。
ガセネタをそれらしい記事にでっち上げ、三流週刊誌に売りつけるのを生業としている。
守備範囲は主にオカルトと性風俗。
昔から月に1週間も家に居ればいいほうで、だからずっと前から僕は彼を父親というより単なる性能の悪いATMと思うことにしていた。
「とにかく、色々と忙しいんだ」
『うそ』
「…」
『お兄ちゃん、あずみのこと、避けてるよね』
「え?」
『隠してもだめ。この際言っちゃうけど、去年くらいからずっとそうだよね』
「そ、そんなことないって」
『1年浪人して大学受かったとたん、あずみを置いて出てっちゃったよね』
「そ、それは、通学の問題とか…」
『で、これまでいっぺんも帰省してないよね。去年のGWも、お盆も、年末も』
「い、いや、レポートの提出とかさ、なかなか大変で…」
『うそ。たったふたりの兄妹なのに、薄情すぎるよね』
「…」
あずみの生みの母であるヨシコさんは、3年前、交通事故で亡くなった。
つまり実家には、現在あずみとコースケしかいないことになる。
彼女が寂しがるのも当然で、その気持ちは痛いほどわかるのだけど…。
返事に窮していると、しばしの沈黙の後、きっぱりとした口調であずみが言った。
『だからね。あずみ決めたんだ』
「…決めたって、何を?」
いやな予感がした。
『明日、お兄ちゃんのとこに行く』
「え」
『止めたって駄目だよ。もう今晩は那古野の友だちの家に泊めてもらってるんだから』
「なんでこっちに友だちがいるんだよ?」
「学校じゃなくて、ポールダンスクラブの友だち」
「ポールダンスクラブ? なんだそれ?」
『前にLINEしたでしょ。体操部辞めて、ポールダンス始めたって』
「そうなのか? よくわからんが」
『とにかく、明日の午前中、おうちにお邪魔するから。逃げないで待ってるんだよ』
「こんなとこ、来ても何にもないって」
『怪しいな。まさかついにカノジョできたとか?』
「違うって」
『よかった』
「なんだよ、それ」
『お泊りする用意持ってくね。どうせいつも、ろくなもの食べてないんでしょ。連休中、あずみが毎日、美味しいお料理、いっぱい作ってあげるからね』
「おい、待て」
『待たないよーだ』
こうして、あずみはやってきた。
よせばいいのに、あの地獄の中を。
僕らの再会。
それは、こんな具合だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる