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第1章 あずみ
action 3 予兆
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5月1日の時点では、異変はすでに、徐々に現実を浸食を始めていたはずだった。
にもかかわらず、僕が情報に疎かったのには、理由があった。
ここしばらく、ネットの世界から遠ざかっていたからである。
中学生時代。
僕のフェイスブックが炎上した。
いじめっ子連中が、僕に対する誹謗中傷を一斉に投稿し始めたからだった。
だから僕はアカウントを削除して、ネットの世界から永久に身を引くことにした。
高校生になって彼らと別の道を歩むことになっても、再開する気にはならなかった。
またいつどこで見つかって攻撃されるかわからないからである。
そんなわけで、その日僕が初めて異変に気づいたのは、テレビのニュース番組だった。
あずみの訪問に備え、エロ雑誌を片づけ、PCのお気に入りからエロサイトを消し、部屋を掃除し終えてひと息ついた時のことである。
トーストを齧りながらテレビをつけると、ワイドショーのキャスターがしかつめらしい顔で妙なことを話し始めたのだ。
『これは、壁ですねえ。目には見えませんが、なにか物理的な障壁が、那古野市全体を覆い包んでいるようです』
画面に映っているのは、高速道路の風景だった。
びっしりと路面を埋め尽くした車の群れ。
その上に、『ここから先は那古野市』の看板。
自衛隊と思しき人たちが、何もない空間を手で探っている。
先頭車両はそこで止まっていて、その先には一台も車の走っていない道路が、どこまでも延々と伸びているだけだ。
街が透明な壁に包まれた?
いったい何のことだろう?
テレビをつけっ放しにして、窓際に寄った。
外を眺めると、連休2日目にふさわしい、良く晴れたさわやかな天気だった。
僕の部屋は大きな公園に面している。
川奈公園という名の、広いグラウンドとこども広場があるだけの、どこにでもあるような何の変哲もない緑の空間である。
象の形をした滑り台にたくさんの幼児たちが群がっている。
それをほほえましげに若い母親たちが見つめている。
そんな平和な光景を眺めるのが、僕は好きだった。
だからそれが起こった時、僕は最初、自分の眼が信じられなかった。
若い母親のひとりがふらりと立ち上がったかと思うと、いきなり隣にいた別の母親に襲いかかったのだ。
血がしぶき、悲鳴が上がった。
滑り台の上で凍りつく子どもたち。
そこに、口の周りを血まみれにした女が近づいていく。
広場一帯がパニックに陥るのに、たいして時間はかからなかった。
止めに入った大人たちが、次々に投げ飛ばされる。
中には腕を噛まれて悲鳴を上げる者もいた。
公園に隣接した交番から、制服警官がふたり、現れた。
が、こども広場に行きつく前に、行く手を阻まれた。
歩道に開いた地下鉄の入り口。
そこから飛び出してきたサラリーマンが、突然警官たちに掴みかかったのである。
僕は窓辺から身を引いた。
震える指で窓を閉め、ロックをかける。
何だ、今のは?
恐怖で震えが止まらない。
人が人に襲いかかる…?
映画のロケ?
だってこれじゃ、まるでゾンビ映画だ。
振り向くと、テレビがしゃべっていた。
『今、那古野の中継局から速報が入りました。JR那古野駅で、乱闘騒ぎが発生し、多数の死傷者が出ている模様です。なお、同様の事件が市内のあちこちで起こっているという情報も、ネットを中心に拡散している模様です。しかし、例の”壁”に阻まれて、警察も報道も那古野市に入ることができず、今は市内からの…」
「マジかよ…」
つぶやいた時である。
ふいにノックの音がした。
僕は飛び上がった。
心臓が口から飛び出るところだった。
「お兄ちゃん」
ドアの外から、声がした。
僕はへなへなとその場に崩れ落ちた。
それは、あずみの声だったのだ。
にもかかわらず、僕が情報に疎かったのには、理由があった。
ここしばらく、ネットの世界から遠ざかっていたからである。
中学生時代。
僕のフェイスブックが炎上した。
いじめっ子連中が、僕に対する誹謗中傷を一斉に投稿し始めたからだった。
だから僕はアカウントを削除して、ネットの世界から永久に身を引くことにした。
高校生になって彼らと別の道を歩むことになっても、再開する気にはならなかった。
またいつどこで見つかって攻撃されるかわからないからである。
そんなわけで、その日僕が初めて異変に気づいたのは、テレビのニュース番組だった。
あずみの訪問に備え、エロ雑誌を片づけ、PCのお気に入りからエロサイトを消し、部屋を掃除し終えてひと息ついた時のことである。
トーストを齧りながらテレビをつけると、ワイドショーのキャスターがしかつめらしい顔で妙なことを話し始めたのだ。
『これは、壁ですねえ。目には見えませんが、なにか物理的な障壁が、那古野市全体を覆い包んでいるようです』
画面に映っているのは、高速道路の風景だった。
びっしりと路面を埋め尽くした車の群れ。
その上に、『ここから先は那古野市』の看板。
自衛隊と思しき人たちが、何もない空間を手で探っている。
先頭車両はそこで止まっていて、その先には一台も車の走っていない道路が、どこまでも延々と伸びているだけだ。
街が透明な壁に包まれた?
いったい何のことだろう?
テレビをつけっ放しにして、窓際に寄った。
外を眺めると、連休2日目にふさわしい、良く晴れたさわやかな天気だった。
僕の部屋は大きな公園に面している。
川奈公園という名の、広いグラウンドとこども広場があるだけの、どこにでもあるような何の変哲もない緑の空間である。
象の形をした滑り台にたくさんの幼児たちが群がっている。
それをほほえましげに若い母親たちが見つめている。
そんな平和な光景を眺めるのが、僕は好きだった。
だからそれが起こった時、僕は最初、自分の眼が信じられなかった。
若い母親のひとりがふらりと立ち上がったかと思うと、いきなり隣にいた別の母親に襲いかかったのだ。
血がしぶき、悲鳴が上がった。
滑り台の上で凍りつく子どもたち。
そこに、口の周りを血まみれにした女が近づいていく。
広場一帯がパニックに陥るのに、たいして時間はかからなかった。
止めに入った大人たちが、次々に投げ飛ばされる。
中には腕を噛まれて悲鳴を上げる者もいた。
公園に隣接した交番から、制服警官がふたり、現れた。
が、こども広場に行きつく前に、行く手を阻まれた。
歩道に開いた地下鉄の入り口。
そこから飛び出してきたサラリーマンが、突然警官たちに掴みかかったのである。
僕は窓辺から身を引いた。
震える指で窓を閉め、ロックをかける。
何だ、今のは?
恐怖で震えが止まらない。
人が人に襲いかかる…?
映画のロケ?
だってこれじゃ、まるでゾンビ映画だ。
振り向くと、テレビがしゃべっていた。
『今、那古野の中継局から速報が入りました。JR那古野駅で、乱闘騒ぎが発生し、多数の死傷者が出ている模様です。なお、同様の事件が市内のあちこちで起こっているという情報も、ネットを中心に拡散している模様です。しかし、例の”壁”に阻まれて、警察も報道も那古野市に入ることができず、今は市内からの…」
「マジかよ…」
つぶやいた時である。
ふいにノックの音がした。
僕は飛び上がった。
心臓が口から飛び出るところだった。
「お兄ちゃん」
ドアの外から、声がした。
僕はへなへなとその場に崩れ落ちた。
それは、あずみの声だったのだ。
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