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第1章 あずみ
action 7 蘇生
その後、何がどうなったのか、あまり詳しくは覚えていない。
老婆をあずみから引き離し、あずみの身体を抱きかかえるようにして、部屋に飛び込んだ。
そこまではかろうじて覚えている。
けど、あの老婆がその後どうなったのか、そのあたりの記憶は抜け落ちている。
それどころではなかったのだ。
あずみの腕には、はっきりと歯型がついていた。
よほど強く噛まれたのだろう。
皮膚が裂け、開いた穴から血が噴き出ていた。
以前、漫画で、やはり老人のゾンビに噛まれた主人公が、相手が入れ歯だったため、ゾンビにならずに助かったという話を読んだことがある。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
あずみの衰弱ぶりは、それこそ目に見えるほどだった。
「がんばれ。大丈夫だから」
水道の水で血を洗い流し、何枚も重ねたティッシュを傷口に押し当ててガムテープで縛った。
僕の部屋には救急用品なんてない。
消毒薬も包帯もないのから、そうするしかなかったのだ。
「眠いよ。お兄ちゃん」
ベッドに横になると、あずみは弱々しい声で言った。
「あずみ、少し眠るから、その間、手、握っててくれないかな」
やがて、すやすやと寝息を立て始め…。
傍で見ているのに疲れ果ててて床で眠ってしまった僕が、次の朝あわてて飛び起きると、あずみはすでに冷たくなってしまっていたのである。
そしてあずみは、3日経った今も、冷たいままここにいる。
それにしても、長い眠りだった。
あずみが見つけたケロヨンなる人物のサイトによると、噛まれてから発病するまで、長くてせいぜい数時間だったはずだ。
なのにあずみときたら、もう丸3日間も死んでいることになるのだ。
この3日間、カサブタに覆われていくあずみの顏を眺めながら、僕は何度も自問したものだった。
あずみがゾンビとして生まれ変わったら、どうするのか。
ゾンビは頭を潰せば死ぬ。
これは映画や小説における通念だ。
それをあずみで試してみるか。
あるいはこの僕も、あずみに噛まれてゾンビになるか。
結論は出なかった。
できればカマキリのオスみたいに、ゾンビ化したあずみに頭からむしゃむしゃ食べられてしまうのが、一番後腐れがなくていいような気がした。
でも、今は選択肢はもうひとつ増えている。
あずみがゾンビになって目覚める前に、僕が餓死するという選択肢だ。
しかし、あずみのやつ、本当に目覚める時が来るのだろうか。
あるいはこのまま、静かに朽ち果てて死んでいくつもりなのか。
ゾンビでもいい。
僕はあずみに目覚めてほしかった。
ゾンビでもいいから、もう一度生きているおまえが見たいんだ…。
僕は窓辺の椅子に座り、煙草に火をつけた。
窓を開け放ち、部屋に風を入れる。
3日も経つと、外は恐ろしく静かになっていた。
街の住人は、ゾンビ化するか、僕のように家に引きこもっているかのどちらかなのだろう。
道路を埋め尽くして止まったままの自動車の列。
その向こうの公園では、夥しい数のカラスたちが、ゾンビに食い殺された被害者たちの遺体を美味そうについばんでいる。
陰惨極まりない風景だ。
なのに空だけは、きょうも理不尽なほどに青いのだ…。
テレビは当てにならなかった。
外からはドームに遮られて中に入って来られないのだから、ニュース番組のコメンテーターも解説者も、みんなあてずっぽうで物を言い合っているだけだった。
ネットの世界では、もっと不気味なことが起きていた。
どのサイトを見ても、外部からの投稿はあるものの、街の中からの発信がなくなってきているのである。
-家がゾンビに取り囲まれてる草ー
-図書館から出られません、助けて誰かー
-港のイオンやばい。ゾンビで溢れ返ってるー
ー水が出ないけど、水道局どうなってんの?-
-うちは電気もつかないんですけどぉー
-浄水場、やられたからしょうがないンゴー
-食料切れた。もう死ぬー
-ヨメに噛まれた。どうしようー
これらはみな、昨日付のコメントだ。
今朝になってからは、一件もない。
たった3日で、世界は滅びるのだろうか。
もちろん、世界的規模の災厄ではないにしても、ここは人口200万超の大都市だ。
それがわずか3日で…。
「腹、減った」
くたびれ果てて、誰にともなく、ついそうひとりごちた時だった。
ふいに声がした。
「煙いよ、お兄ちゃん」
え?
僕はばね仕掛けの人形よろしく、声のしたほうを振り返った。
信じられなかった。
あずみが上半身を起こし、こっちを見ている。
そして、もう一度、間延びした口調で言ったのだ。
「タバコはやめて。あずみ、煙くてたまんない」
老婆をあずみから引き離し、あずみの身体を抱きかかえるようにして、部屋に飛び込んだ。
そこまではかろうじて覚えている。
けど、あの老婆がその後どうなったのか、そのあたりの記憶は抜け落ちている。
それどころではなかったのだ。
あずみの腕には、はっきりと歯型がついていた。
よほど強く噛まれたのだろう。
皮膚が裂け、開いた穴から血が噴き出ていた。
以前、漫画で、やはり老人のゾンビに噛まれた主人公が、相手が入れ歯だったため、ゾンビにならずに助かったという話を読んだことがある。
だが、現実はそんなに甘くはなかった。
あずみの衰弱ぶりは、それこそ目に見えるほどだった。
「がんばれ。大丈夫だから」
水道の水で血を洗い流し、何枚も重ねたティッシュを傷口に押し当ててガムテープで縛った。
僕の部屋には救急用品なんてない。
消毒薬も包帯もないのから、そうするしかなかったのだ。
「眠いよ。お兄ちゃん」
ベッドに横になると、あずみは弱々しい声で言った。
「あずみ、少し眠るから、その間、手、握っててくれないかな」
やがて、すやすやと寝息を立て始め…。
傍で見ているのに疲れ果ててて床で眠ってしまった僕が、次の朝あわてて飛び起きると、あずみはすでに冷たくなってしまっていたのである。
そしてあずみは、3日経った今も、冷たいままここにいる。
それにしても、長い眠りだった。
あずみが見つけたケロヨンなる人物のサイトによると、噛まれてから発病するまで、長くてせいぜい数時間だったはずだ。
なのにあずみときたら、もう丸3日間も死んでいることになるのだ。
この3日間、カサブタに覆われていくあずみの顏を眺めながら、僕は何度も自問したものだった。
あずみがゾンビとして生まれ変わったら、どうするのか。
ゾンビは頭を潰せば死ぬ。
これは映画や小説における通念だ。
それをあずみで試してみるか。
あるいはこの僕も、あずみに噛まれてゾンビになるか。
結論は出なかった。
できればカマキリのオスみたいに、ゾンビ化したあずみに頭からむしゃむしゃ食べられてしまうのが、一番後腐れがなくていいような気がした。
でも、今は選択肢はもうひとつ増えている。
あずみがゾンビになって目覚める前に、僕が餓死するという選択肢だ。
しかし、あずみのやつ、本当に目覚める時が来るのだろうか。
あるいはこのまま、静かに朽ち果てて死んでいくつもりなのか。
ゾンビでもいい。
僕はあずみに目覚めてほしかった。
ゾンビでもいいから、もう一度生きているおまえが見たいんだ…。
僕は窓辺の椅子に座り、煙草に火をつけた。
窓を開け放ち、部屋に風を入れる。
3日も経つと、外は恐ろしく静かになっていた。
街の住人は、ゾンビ化するか、僕のように家に引きこもっているかのどちらかなのだろう。
道路を埋め尽くして止まったままの自動車の列。
その向こうの公園では、夥しい数のカラスたちが、ゾンビに食い殺された被害者たちの遺体を美味そうについばんでいる。
陰惨極まりない風景だ。
なのに空だけは、きょうも理不尽なほどに青いのだ…。
テレビは当てにならなかった。
外からはドームに遮られて中に入って来られないのだから、ニュース番組のコメンテーターも解説者も、みんなあてずっぽうで物を言い合っているだけだった。
ネットの世界では、もっと不気味なことが起きていた。
どのサイトを見ても、外部からの投稿はあるものの、街の中からの発信がなくなってきているのである。
-家がゾンビに取り囲まれてる草ー
-図書館から出られません、助けて誰かー
-港のイオンやばい。ゾンビで溢れ返ってるー
ー水が出ないけど、水道局どうなってんの?-
-うちは電気もつかないんですけどぉー
-浄水場、やられたからしょうがないンゴー
-食料切れた。もう死ぬー
-ヨメに噛まれた。どうしようー
これらはみな、昨日付のコメントだ。
今朝になってからは、一件もない。
たった3日で、世界は滅びるのだろうか。
もちろん、世界的規模の災厄ではないにしても、ここは人口200万超の大都市だ。
それがわずか3日で…。
「腹、減った」
くたびれ果てて、誰にともなく、ついそうひとりごちた時だった。
ふいに声がした。
「煙いよ、お兄ちゃん」
え?
僕はばね仕掛けの人形よろしく、声のしたほうを振り返った。
信じられなかった。
あずみが上半身を起こし、こっちを見ている。
そして、もう一度、間延びした口調で言ったのだ。
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