ゾンビになった妹を救うため、終末世界で明日に向かってゴールをめざす

戸影絵麻

文字の大きさ
12 / 79
第1章 あずみ

action 11 出立

 出発の準備といっても、たいして持っていくものはなかった。

 日用品と服や下着の替え、懐中電灯に電池、スマホと充電コード。

 後は残ったミネラルウォーターのペットボトルが2本。

 3本あったうちの1本は、カラスを食べた後、喉が渇いたといってあずみが飲んでしまった。

 ちなみに缶ビール2本は景気づけに僕が飲んだ。

 武器は果物ナイフ1本と先輩にもらったお古のゴルフクラブ。

 心もとないことこの上ない。

 あずみはといえば、来た時のままのスポーツバッグを持って出るだけだった。

 もちろん背中にはあの伸縮自在のポールを背負っている。

 そのほうが、僕の装備より、だいぶマシなのかもしれなかった。

 白の綿パンにワインレッドのポロシャツを合わせ、薄いブルーのパーカーを羽織る。

 風呂の残り湯で身体を洗ったあずみは、新しいセーラー服に着替えていた。

「なんでまたセーラー服? ほかに服持ってきてないの?」

 そう訊いたら、

「だってお兄ちゃん、あずみのセーラー服姿、好きじゃん」

 という鋭い返事が返ってきた。

 血はつながっていないとはいえ、さすが妹。

 よく観察している。

 あずみのビキニの写真は写真立てごとそっとリュックに忍ばせ、その代わりノートパソコンは置いていくことにした。

 重いしかさばるし、ケロヨンとの連絡なら、スマホがあればこと足りるからだ。

「よし。行こう」

 忘れ物がないか、部屋の中をひと通り見渡して、僕は言った。

 1年半住んだ部屋だが、さして未練があるわけではなかった。

 ただ、次に温かいベッドや布団や寝られる日がくるのかどうかと考えると、さすがに暗澹たる気分に陥らざるを得なかった。

 ドアノブに手をかけようとしたら、グウと腹が鳴った。

 そうだった。

 ガスも電気も止まってしまったため、昨日の夜から何も食べていないのだ。

 仮死状態のあずみのそばにつきっきりで、食欲があまりなかったせいもある。

「お兄ちゃん、おなか空いてるんじゃないの?」

 耳ざとくそれを聞きつけて、あずみが訊いてきた。

 でかいカラスを丸ごと1羽食べた分、あずみのほうが元気なようである。

「ま、まあな。でも、イオンに着けば、何か食べるものくらいあるさ」

 強がりを口にしてみたが、空腹というものは、一度意識してしまうとなかなか消えてくれないものだ。

 思わず立ちくらみがしてよろめくと、あずみが僕の腕を取って支えてくれた。

「ね、悪いこと言わないから、外に出る前に、このマンションで食べ物探してみようよ。まだゾンビになってない人もいるかもしれないし、空き家だったらちょっと中に入って、何か食べ物もらってくるって手もあるでしょ? たとえばお隣さんは、どんな人が住んでるの?」

「407号室は、確かOLのお姉さんだったような…」

 僕は朝たまに見かける髪の長いスマートな女性を思い出した。

 スタイリッシュという言葉がぴったりの、かなりイケてる雰囲気の年上の女性である。

「まさか、その人と浮気してないよね」

 あずみの声が尖った。

「浮気って何だよ。俺はまだ独身だぞ」

「婚約者がいるでしょ」

「は? どこに?」

「ここにだよ」

 あずみがぐっと顔を近づけてくる。

 こんな時、インディアンのメイクみたいな模様が、けっこう威嚇的である。

「そ、そうだったな」

 僕はため息をついた。

「だけど、何にもないって。だいたい、俺なんか相手にされるわけないし」

「あ、相手にされたかったんだ」

「違うって」

「じゃ、お隣にまず、行ってみようよ」

 あずみが言って、ドアを開けた。

 なんだよそれ。

「じゃ」の使い方、間違ってるだろ?

 
 足音を忍ばせて、外に出る。

 3日ぶりの外界である。

 五月晴れというやつか。

 見る人もいないというのに、空だけはやたら青くていい天気だ。

 407号室の前に立つと、信じられないことにドアが少し開いていた。

 3日前は閉まっていたから、あの後誰かが出入りしたということか。

「ごめんくださーい」

 インターホンを押しながら、あずみが声をかけた。

「すみませーん。ちょっとお願いが」

 返事はない。

「入ろう」

「よ、よせ」

「今は非常時なんだよ。遠慮してる場合じゃないよ」

 言い合っていると、また腹が鳴った。

 僕の負けである。
 
 当然だが、中は薄暗かった。

 電気が来ていないのは、僕の部屋だけではないのだ。

「なんか臭くない?」

 中に入るなり、鼻をひくひくさせ、あずみが言った。

「待て」

 上がりこもうとするあずみを手で制して、僕は暗がりに目を凝らした。

 慣れると、ようやく奥の洋間の様子が網膜に像を結び始めた。

 床に赤黒い液体が大きな水たまりのように広がっている。

 その真ん中に、何かがあった。

 何だろう?

 更に目を凝らした僕は、そこで思いっきり後悔した。

 見なけりゃよかった。

 だってあれは…。

「誰か死んでる」

 僕の思いを代弁するかのように、押し殺した声であずみがつぶやいた。

 そこは、まるで屠場だった。

 血の海に、ほとんど原形を失った肉塊が、無造作に放置されていた。

 裂かれた胸から肋骨が飛び出ている。

 腹からあふれ出した腸が、カーペットの上で大蛇よろしくとぐろを巻いている。

 身体から引きちぎられた頸が、まるで悪い冗談のように斜めに傾いてこちらを見ていた。

 髪型と顔つきからして、どうやら若い男のようだ。

「なんか、ヤバいかも」

 あずみがつぶやいた。

 僕も同感だった。 

 僕らが嗅いだのは、まぎれもなく血と糞尿の臭気だったのだ。




 

 





感想 9

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや

静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。 朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。 「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。 この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか? 甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)