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第1章 あずみ
action 12 隣人
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「きっと…訪ねてきた恋人を、食べちゃったんだろうね。ここに住んでた人」
茫然と血の池に横たわる肉塊を眺めながら、あずみがぽつんとつぶやいた。
「帰宅の途中でゾンビに噛まれたのかもな。それで、帰ってくるなり、家の中で発病した…」
「でも、肝心のその人は、どこに行ったのかしら? ドアが開いてたところをみると、新たな獲物を求めて、外にさまよい出たってことかな」
「そうだな、その可能性は大きそうだ」
「ま、どっちにしろ、何か食べられるものがないか探してみない? といっても、この場合、お兄ちゃんが食べられるもの、ってことだけど」
あずみはまだじっと肉塊に視線を注いでいる。
ひょっとしたら、生肉を前にして、食欲を刺激されてしまったのかもしれなかった。
「気が引けるけど、この際仕方ないか。背に腹は代えられないものな」
冷蔵庫の中のものはあらかた腐っていたが、さすが女性の住まいである。
幸いにも、食器棚の片隅に缶詰の缶がいくつも積んであるのが見つかった。
節約すれば、2日はもちそうな数だった。
助かった。
これで餓死だけは免れそうだ。
キッチンの隅の段ボールから、あずみが500ml入りの水のペットボトルを3本見つけ出し、僕らは収穫をそれぞれのバッグに分けて入れた。
「大収穫だったね。これでマンションじゅうの部屋に泥棒に入る必要、なくなったよ」
「だな。あとはイオンまで一直線だ」
音を立てないようにそうっとドアを開け、通路に出た瞬間だった。
突然、黒い影が目の前に立ちふさがった。
「え?」
僕は凍りついた。
髪を振り乱したスーツ姿の女が、ドアの前に立っていた。
いや、正確には、かつて女だったもの、とでも言うべきか。
右手に、猫の死骸をぶら下げている。
「戻ってきたのか…?」
ゾンビにも帰巣本能や縄張り意識があるというのだろうか。
今目と鼻の先に突っ立っているのは、その服装からして、まぎれもなくこの部屋の住人の、あのスタイリッシュなOLお姉さんである。
ただ、元と大きく違うのは、肌の露出した部分が一面に醜いカサブタに覆われていることと、目が腐った卵白のような様相を呈してしまっていることだ。
ググググ…。
低く唸りながら、ゾンビが首を傾けて僕を見た。
食い物かどうか、確かめているようなそぶりだった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
背中にドアが当たった。
「開けて。そんなところに突っ立って、いったいどうしちゃったの?」
あずみのその甲高い声が、ゾンビの行動原理に作用したらしかった。
ガウウッ!
いきなり横殴りに殴りつけられ、僕は毬のように通路に転がった。
体を起こそうとした瞬間、ゾンビが飛びかかってきた。
意外に素早い動きだった。
映画のゾンビのあののろのろした動作とは全然違う。
両手で首を絞められた。
すごい力だった。
喉が潰れそうに軋む。
不気味な顔が迫ってきた。
口が耳まで裂けている。
これもゾンビ化の副作用なのか、口の中には鮫のような歯が2列にずらりと並んでいた。
息ができない。
顏が風船のように膨らんでいくのが分かる。
手足をばたつかせても、馬乗りになったゾンビ女はびくともしない。
もうだめだ。
絶望的な気分にとらわれた、その時だった。
風が起こった。
次の一瞬、ゾンビ女が吹っ飛んで、ぐしゃりと通路の壁に叩きつけられた。
見上げると、あずみが太腿までむき出しになった右足を床に下ろすところだった。
回し蹴り?
今のはあずみの放った回し蹴りなのか?
それにしても、なんという破壊力。
が、ゾンビはそもそも痛みなど感じていないようだった。
ウガアッ!
怒りの声を上げると、弾かれたように跳ね起きて、素早い動きで今度はあずみに掴みかかった。
あずみがすっと右手を伸ばす。
突進するゾンビの顔面を、5本の指でがっちりつかんだ。
ゾンビが停まった。
「お兄ちゃんに、何するの」
あずみが言った。
「あずみの大事なお兄ちゃんに、危害を加えるやつは許さない」
グシュ。
いやな音がした。
スイカが潰れるような音だった。
あずみの指が、ゾンビ女の顔面の肉にめり込んでいた。
その手の中で、顔がめりめりと潰れていく。
割れた頭蓋から、灰色の脳漿とどす黒い体液を噴出させて、ゾンビ女が息絶えた。
「あずみ…おまえ」
僕は棒を呑んだように立ちすくんでいた。
「ごめんなさい」
あずみが汚れた己の右手に目を落とす。
そして、しばしの気まずい沈黙の後、小声でつぶやいた。
「お兄ちゃん…こんなの普通じゃないよね。あずみ、やっぱり、ハーフゾンビなっちゃったんだ」
茫然と血の池に横たわる肉塊を眺めながら、あずみがぽつんとつぶやいた。
「帰宅の途中でゾンビに噛まれたのかもな。それで、帰ってくるなり、家の中で発病した…」
「でも、肝心のその人は、どこに行ったのかしら? ドアが開いてたところをみると、新たな獲物を求めて、外にさまよい出たってことかな」
「そうだな、その可能性は大きそうだ」
「ま、どっちにしろ、何か食べられるものがないか探してみない? といっても、この場合、お兄ちゃんが食べられるもの、ってことだけど」
あずみはまだじっと肉塊に視線を注いでいる。
ひょっとしたら、生肉を前にして、食欲を刺激されてしまったのかもしれなかった。
「気が引けるけど、この際仕方ないか。背に腹は代えられないものな」
冷蔵庫の中のものはあらかた腐っていたが、さすが女性の住まいである。
幸いにも、食器棚の片隅に缶詰の缶がいくつも積んであるのが見つかった。
節約すれば、2日はもちそうな数だった。
助かった。
これで餓死だけは免れそうだ。
キッチンの隅の段ボールから、あずみが500ml入りの水のペットボトルを3本見つけ出し、僕らは収穫をそれぞれのバッグに分けて入れた。
「大収穫だったね。これでマンションじゅうの部屋に泥棒に入る必要、なくなったよ」
「だな。あとはイオンまで一直線だ」
音を立てないようにそうっとドアを開け、通路に出た瞬間だった。
突然、黒い影が目の前に立ちふさがった。
「え?」
僕は凍りついた。
髪を振り乱したスーツ姿の女が、ドアの前に立っていた。
いや、正確には、かつて女だったもの、とでも言うべきか。
右手に、猫の死骸をぶら下げている。
「戻ってきたのか…?」
ゾンビにも帰巣本能や縄張り意識があるというのだろうか。
今目と鼻の先に突っ立っているのは、その服装からして、まぎれもなくこの部屋の住人の、あのスタイリッシュなOLお姉さんである。
ただ、元と大きく違うのは、肌の露出した部分が一面に醜いカサブタに覆われていることと、目が腐った卵白のような様相を呈してしまっていることだ。
ググググ…。
低く唸りながら、ゾンビが首を傾けて僕を見た。
食い物かどうか、確かめているようなそぶりだった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
背中にドアが当たった。
「開けて。そんなところに突っ立って、いったいどうしちゃったの?」
あずみのその甲高い声が、ゾンビの行動原理に作用したらしかった。
ガウウッ!
いきなり横殴りに殴りつけられ、僕は毬のように通路に転がった。
体を起こそうとした瞬間、ゾンビが飛びかかってきた。
意外に素早い動きだった。
映画のゾンビのあののろのろした動作とは全然違う。
両手で首を絞められた。
すごい力だった。
喉が潰れそうに軋む。
不気味な顔が迫ってきた。
口が耳まで裂けている。
これもゾンビ化の副作用なのか、口の中には鮫のような歯が2列にずらりと並んでいた。
息ができない。
顏が風船のように膨らんでいくのが分かる。
手足をばたつかせても、馬乗りになったゾンビ女はびくともしない。
もうだめだ。
絶望的な気分にとらわれた、その時だった。
風が起こった。
次の一瞬、ゾンビ女が吹っ飛んで、ぐしゃりと通路の壁に叩きつけられた。
見上げると、あずみが太腿までむき出しになった右足を床に下ろすところだった。
回し蹴り?
今のはあずみの放った回し蹴りなのか?
それにしても、なんという破壊力。
が、ゾンビはそもそも痛みなど感じていないようだった。
ウガアッ!
怒りの声を上げると、弾かれたように跳ね起きて、素早い動きで今度はあずみに掴みかかった。
あずみがすっと右手を伸ばす。
突進するゾンビの顔面を、5本の指でがっちりつかんだ。
ゾンビが停まった。
「お兄ちゃんに、何するの」
あずみが言った。
「あずみの大事なお兄ちゃんに、危害を加えるやつは許さない」
グシュ。
いやな音がした。
スイカが潰れるような音だった。
あずみの指が、ゾンビ女の顔面の肉にめり込んでいた。
その手の中で、顔がめりめりと潰れていく。
割れた頭蓋から、灰色の脳漿とどす黒い体液を噴出させて、ゾンビ女が息絶えた。
「あずみ…おまえ」
僕は棒を呑んだように立ちすくんでいた。
「ごめんなさい」
あずみが汚れた己の右手に目を落とす。
そして、しばしの気まずい沈黙の後、小声でつぶやいた。
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