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第3章 イオン奪還
action 10 休息
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残ったゾンビは10匹ほどだった。
ニコチン爆弾を使ってその10匹を敷地の外に追い出すと、イオンの中に平穏が戻ってきた。
黄道会の残党は、金山康夫と名乗る若者ひとりだけ。
今風に前髪を逆立てた、ニキビ面の見るからに軽そうな男である。
「お、おれっち、なんでもしますから、い、命だけは」
床に頭を擦りつけて、ヤスオは懇願した。
鼻水と涙で顔がぐしょぐしょに濡れている。
「じゃ、お掃除お願い」
這いつくばるヤスオを見下ろして、光が言った。
「掃除道具はそこの従業員用扉の奥にあるから、朝までに1階を綺麗にすること」
「は、はい。お任せを。おれっち、ほんとは極道なんてなりたくなかったんですよ。こう見えても、昔はカタギの清掃業者やってたぐらいでして。きっと朝までにピカピカにしてみせますぜ」
ヤスオの顔に安堵の色が浮かんだ。
広い1階フロアは、撒き散らされたニコチン、ゾンビの黒い体液、それからヤクザたちの赤い血で、足の踏み場もないありさまだった。
それに加えて、あちこちにヤクザの死体やゾンビの身体の一部まで転がっている。
これを代わりに掃除してくれる人間がいるというのは、僕らとしても願ったりかなったりだった。
「あ、その前に少し訊きたいんだけど」
いそいそと従業員出入口に向かいかけたヤスオを、光が呼び止めた。
「え? まだ何かあるんすか?」
「あなたたちの組長、あれ、どういう人?」
「どういう人って言われても…おれっちみたいな下っ端は、恐れ多くて口もきいたことないもんで…。竜司兄いには、色々お世話になりましたけど…」
「変わった宗教にはまってたとか、そういうウワサ、なかった?」
「宗教ってあれですか? ババアが唱えるナンマンダブとかいうやつ? うーん、親分に限って、そういうのはなかったと思いますけどねえ」
ヤスオは外見通り下っ端中の下っ端らしく、ろくな情報を引き出せそうもない。
「しっかし、なんですねえ。お姉さんたち、ほんとに親分や竜司兄い、やっちまったんですか? ひょっとしてあのキ印左京も? だとしたらすごいことですよお。姉さんたち、もう、間違いなく日本一の極道になれますって」
「親分は逃げちゃったけどね。悪魔みたいに翼広げて、空飛んで」
「空飛んで? またまたあ、おれっちがバカだからって、からかわないでくださいよォ。いくら親分でも、空なんて飛べるわけ、ないじゃありませんか」
「実際飛んでったんだからしかたねーだろ! つべこべ言わずに掃除しやがれ、このチンピラめが」
小学生の一平に命令されて、さすがのヤスオも一瞬ムッとした顔をした。
が、適応力だけは高いらしく、すぐにへらへら愛想笑いを口元に浮かべると、
「あ、そうでしたそうでした。掃除掃除と」
揉み手をしながら小走りに従業員扉の向こうに消えていった。
幸い、ゾンビが侵入したのは専門店街側の入口だったため、自動ドアで仕切られたイオンモール側はほとんど手つかずの綺麗なままの状態を保っていた。
「うおー、菓子がいっぱいある!」
一平が幼子のように瞳をキラキラ輝かせた。
「ほんとだ! お肉もいっぱい!」
あずみが手を叩いて喜んだ。
それぞれ目の付け所は違うが、まずはめでたしめでたしといったところである。
が、そんなふたりに比べ、大人だけあって、光の動きは実務的だった。
ひと通り店内を見回ってくると、
「発電機は地下にある。燃料はまだ十分残ってるけど、3階以上のフロアは消灯して節電したほうがいいね。早めに近所のガソリンスタンドから備蓄用燃料を調達しておきましょう。それから、屋上の貯水タンクを調べてみたけど、飲料水も今のところ問題なし。あたしら3人なら、節水しながら暮らせば1ヶ月ははもつかな」
てきぱきとそう報告してくれた。
「ヤスオ君がいるから4人だね」
あずみが言うと、
「あれは試用期間中だから、今は数に入れなくてよし」
と光が素っ気なく答えた。
何か着るものを探しに行くというあずみと別れて、僕と一平は2階の寝具コーナーを居住区に改造する作業に取りかかった。
人数分高級ベッドを並べ、マットレスやシーツを敷いてまず寝る場所を確保する。
その後、ひとつひとつのベッドを周囲を衝立で囲み、それぞれを個室仕様に仕立て上げた。
「やー、いいじゃんいいじゃん」
完成した居住区を眺めながら、一平が満足そうに言った。
「よおし、おいら、このダブルベッドであずみと寝ようっと」
「おまえはこっちのお子様用で十分だろ?」
「そういうアキラこそ、ベッドなんてもったいねーよ。床に寝袋で寝ればよくね?」
「人を犬みたいにいうな」
言い合っているところに、あずみが戻ってきた。
服を新調してきている。
今度のは、セーラー服をベースにした超ミニのアイドル風衣装である。
色は上下とも黒で、スカーフだけ赤い。
「うひゃ、かっこいい!可愛すぎ! あずみ萌え!」
一平が欣喜雀躍の態で踊り始めた時だった。
そんな一平をガン無視して、妙につきつめた表情で、あずみが言った。
「お兄ちゃん、つながったよ。ケロヨンのサイト」
ニコチン爆弾を使ってその10匹を敷地の外に追い出すと、イオンの中に平穏が戻ってきた。
黄道会の残党は、金山康夫と名乗る若者ひとりだけ。
今風に前髪を逆立てた、ニキビ面の見るからに軽そうな男である。
「お、おれっち、なんでもしますから、い、命だけは」
床に頭を擦りつけて、ヤスオは懇願した。
鼻水と涙で顔がぐしょぐしょに濡れている。
「じゃ、お掃除お願い」
這いつくばるヤスオを見下ろして、光が言った。
「掃除道具はそこの従業員用扉の奥にあるから、朝までに1階を綺麗にすること」
「は、はい。お任せを。おれっち、ほんとは極道なんてなりたくなかったんですよ。こう見えても、昔はカタギの清掃業者やってたぐらいでして。きっと朝までにピカピカにしてみせますぜ」
ヤスオの顔に安堵の色が浮かんだ。
広い1階フロアは、撒き散らされたニコチン、ゾンビの黒い体液、それからヤクザたちの赤い血で、足の踏み場もないありさまだった。
それに加えて、あちこちにヤクザの死体やゾンビの身体の一部まで転がっている。
これを代わりに掃除してくれる人間がいるというのは、僕らとしても願ったりかなったりだった。
「あ、その前に少し訊きたいんだけど」
いそいそと従業員出入口に向かいかけたヤスオを、光が呼び止めた。
「え? まだ何かあるんすか?」
「あなたたちの組長、あれ、どういう人?」
「どういう人って言われても…おれっちみたいな下っ端は、恐れ多くて口もきいたことないもんで…。竜司兄いには、色々お世話になりましたけど…」
「変わった宗教にはまってたとか、そういうウワサ、なかった?」
「宗教ってあれですか? ババアが唱えるナンマンダブとかいうやつ? うーん、親分に限って、そういうのはなかったと思いますけどねえ」
ヤスオは外見通り下っ端中の下っ端らしく、ろくな情報を引き出せそうもない。
「しっかし、なんですねえ。お姉さんたち、ほんとに親分や竜司兄い、やっちまったんですか? ひょっとしてあのキ印左京も? だとしたらすごいことですよお。姉さんたち、もう、間違いなく日本一の極道になれますって」
「親分は逃げちゃったけどね。悪魔みたいに翼広げて、空飛んで」
「空飛んで? またまたあ、おれっちがバカだからって、からかわないでくださいよォ。いくら親分でも、空なんて飛べるわけ、ないじゃありませんか」
「実際飛んでったんだからしかたねーだろ! つべこべ言わずに掃除しやがれ、このチンピラめが」
小学生の一平に命令されて、さすがのヤスオも一瞬ムッとした顔をした。
が、適応力だけは高いらしく、すぐにへらへら愛想笑いを口元に浮かべると、
「あ、そうでしたそうでした。掃除掃除と」
揉み手をしながら小走りに従業員扉の向こうに消えていった。
幸い、ゾンビが侵入したのは専門店街側の入口だったため、自動ドアで仕切られたイオンモール側はほとんど手つかずの綺麗なままの状態を保っていた。
「うおー、菓子がいっぱいある!」
一平が幼子のように瞳をキラキラ輝かせた。
「ほんとだ! お肉もいっぱい!」
あずみが手を叩いて喜んだ。
それぞれ目の付け所は違うが、まずはめでたしめでたしといったところである。
が、そんなふたりに比べ、大人だけあって、光の動きは実務的だった。
ひと通り店内を見回ってくると、
「発電機は地下にある。燃料はまだ十分残ってるけど、3階以上のフロアは消灯して節電したほうがいいね。早めに近所のガソリンスタンドから備蓄用燃料を調達しておきましょう。それから、屋上の貯水タンクを調べてみたけど、飲料水も今のところ問題なし。あたしら3人なら、節水しながら暮らせば1ヶ月ははもつかな」
てきぱきとそう報告してくれた。
「ヤスオ君がいるから4人だね」
あずみが言うと、
「あれは試用期間中だから、今は数に入れなくてよし」
と光が素っ気なく答えた。
何か着るものを探しに行くというあずみと別れて、僕と一平は2階の寝具コーナーを居住区に改造する作業に取りかかった。
人数分高級ベッドを並べ、マットレスやシーツを敷いてまず寝る場所を確保する。
その後、ひとつひとつのベッドを周囲を衝立で囲み、それぞれを個室仕様に仕立て上げた。
「やー、いいじゃんいいじゃん」
完成した居住区を眺めながら、一平が満足そうに言った。
「よおし、おいら、このダブルベッドであずみと寝ようっと」
「おまえはこっちのお子様用で十分だろ?」
「そういうアキラこそ、ベッドなんてもったいねーよ。床に寝袋で寝ればよくね?」
「人を犬みたいにいうな」
言い合っているところに、あずみが戻ってきた。
服を新調してきている。
今度のは、セーラー服をベースにした超ミニのアイドル風衣装である。
色は上下とも黒で、スカーフだけ赤い。
「うひゃ、かっこいい!可愛すぎ! あずみ萌え!」
一平が欣喜雀躍の態で踊り始めた時だった。
そんな一平をガン無視して、妙につきつめた表情で、あずみが言った。
「お兄ちゃん、つながったよ。ケロヨンのサイト」
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