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第4章 魔獣地帯
action 1 状況
チャットコーナーは閉じてしまっていたが、ケロヨンのサイトには見どころが多く、中でも役に立ったのは、那古野市内の最新の道路情報だった。
ここ、イオンドーム前店は東区のはずれにある。
目的地は隣の千種区だ。
その国立生物学研究所を擁する那古野大学の敷地までは、標高200メートルほどの双子山を迂回する道が2本あるのだが、ケロヨン情報によると、そのどちらも乗り捨てられた車の大群に埋め尽くされており、通行不能となっていた。
だから唯一残された道は、双子山をまっすぐ登り、手前の山の頂上に位置する南山動物園を突っ切って、ふたつめの山の頂上にある大学の敷地に乗り込むという最短距離のルートだけである。
「このルートなら、別に徒歩で行く必要はないわね。山の中の道だから障害物もほとんどなさそうだし」
朝食時に光が言い、早速屋外の平面駐車場に一平が送り込まれた。
そして30分後。
荷物をまとめてイオンの正面入口で待っていた僕らの前に、真黒で巨大な車がさっそうと姿を現したのである。
運転席から顔を覗かせているのは一平だった。
「見ろよ。こいつさ、ほとんど新車のベルファイアだぜ。キーさしたままだったんで、ちょいと借りてきてやった。これならでかいし頑丈だしパワーはあるし、動物園なんて一気に突破できること請け合いだろ?」
「ちょっと一平ちゃん!」
眼をまん丸くして、あずみが言った。
「君、車の運転、できるわけ?」
「一平はね、勉強以外なら、なんでもできるのよ」
横から光が口を挟んだ。
「生まれつき、努力を注ぐ方向を間違えてるから」
「ね-ちゃん、あずみの前でそんなにおいらを褒めるなって。照れるじゃんかよ」
運転席から顔を出した一平は、鼻の穴をふくらませてひどく得意そうである。
「さ、みんな、乗りましょ。ヤスオ、後のことは頼んだからね」
光の台詞の後半は、見送りに出てきたヤスオに向けてのものである。
「いってらっしゃいまし」
ヤスオが旅館の番頭みたいに礼儀正しく頭を下げる。
「このアジトは、皆さんがお帰りになるまでに、このヤスオが、ピカピカにしておきますから」
よほど昨夜のデモが効いたらしく、すっかり好青年に改心してしまっていた。
僕とあずみが後部座席に乗り、光が助手席に乗り込んだ。
警察機能がマヒしているからいいようなものの、あくまで一平が運転していく気らしい。
「大丈夫かな」
あずみが右手で僕の左手を握ってきた。
「まあ、直線距離にしてたかが10キロのことさ。道もほぼ直線だし、ある意味ゴーカートより楽なんじゃないかな。やばそうなら、途中で俺が替わってもいいし」
「聞こえてるぜ。心配ないって」
一平が頭越しに声をかけてきた。
あの短い脚がアクセルとブレーキに届くのかちょっと不安ではあったが、それもどうやら杞憂だったようだ。
僕らを乗せたベルファイアは、音もなくするすると走り出した。
「では、今のうちにゾンビについてレクチャーしておくわ」
車が快適に走行し始めたのを見届けると、おもむろに光が言った。
「これはあたしが実際にゾンビを解剖して確かめたことなんだけど。まずその1。ゾンビは犬歯が発達していて、注射針状に変化している。これで獲物を噛んだ時に、線虫を感染させるわけ。その2。血管に送り込まれた線虫はわき目もふらずまっすぐ宿主の脳をめざし、その中にもぐりこんで脳を食べながら爆発的に増殖する。その際、必然的に宿主は脳死状態に陥るんだけど、やがて線虫が神経系統のコントロールを取り戻して、身体機能を復活させる。だからケロヨンはリボーンって呼んだわけね。その3。この時何かの不具合で痛覚が遮断されてしまうらしく、ゾンビ化した人間はその分無鉄砲に強くなる。まあでも、頭が破壊されてるんで、みんなも知ってる通り、リボーンゾンビの強さは、全然大したことないんだけどね。で、問題なのは、もう一種類のやつ。そう、リサイクルゾンビ。これについてはこの手で実際に解剖したわけじゃないから、推測するしかないんだけど、あずみちゃんや組長を見る限り、この上位種の線虫は、どうやら脳を破壊したりしないみたい。脳内に入り込んで、緩慢に肉体を改造するとでもいうのかしら。ふたりともちゃんと人間としての意識を保ってるところを見ると、リサイクル線虫は宿主と共存していくタイプなのかもね」
「ただ、なかには失敗作もいるんじゃないかな」
ふと思いついて、僕は言った。
「あずみを襲ったばあさんは、明らかに理性を失って、狂ってたみたいだったし」
そういえば、あの老婆はどうなったのだろう。
あの後すぐに姿を消してしまったが、今頃どこかで得体のしれない怪物にでも変身しているのだろうか。
そんなことを考えている時だった。
「あぶねーなあ。誰だよ道の真ん中に丸太んぼう置きやがったのは!」
一平の怒りの声が聞こえてきた。
道は登りにさしさかっている。
早いもので、あと2キロも坂道を登れば動物園の入口だ。
一平がブレーキを踏み、車を止めた。
「あずみ、どけてこようか?」
あずみが腰を上げかけた時である。
「あ」
一平が息を呑む音が聞こえてきた。
「やば。あれ、丸太じゃないやい」
ここ、イオンドーム前店は東区のはずれにある。
目的地は隣の千種区だ。
その国立生物学研究所を擁する那古野大学の敷地までは、標高200メートルほどの双子山を迂回する道が2本あるのだが、ケロヨン情報によると、そのどちらも乗り捨てられた車の大群に埋め尽くされており、通行不能となっていた。
だから唯一残された道は、双子山をまっすぐ登り、手前の山の頂上に位置する南山動物園を突っ切って、ふたつめの山の頂上にある大学の敷地に乗り込むという最短距離のルートだけである。
「このルートなら、別に徒歩で行く必要はないわね。山の中の道だから障害物もほとんどなさそうだし」
朝食時に光が言い、早速屋外の平面駐車場に一平が送り込まれた。
そして30分後。
荷物をまとめてイオンの正面入口で待っていた僕らの前に、真黒で巨大な車がさっそうと姿を現したのである。
運転席から顔を覗かせているのは一平だった。
「見ろよ。こいつさ、ほとんど新車のベルファイアだぜ。キーさしたままだったんで、ちょいと借りてきてやった。これならでかいし頑丈だしパワーはあるし、動物園なんて一気に突破できること請け合いだろ?」
「ちょっと一平ちゃん!」
眼をまん丸くして、あずみが言った。
「君、車の運転、できるわけ?」
「一平はね、勉強以外なら、なんでもできるのよ」
横から光が口を挟んだ。
「生まれつき、努力を注ぐ方向を間違えてるから」
「ね-ちゃん、あずみの前でそんなにおいらを褒めるなって。照れるじゃんかよ」
運転席から顔を出した一平は、鼻の穴をふくらませてひどく得意そうである。
「さ、みんな、乗りましょ。ヤスオ、後のことは頼んだからね」
光の台詞の後半は、見送りに出てきたヤスオに向けてのものである。
「いってらっしゃいまし」
ヤスオが旅館の番頭みたいに礼儀正しく頭を下げる。
「このアジトは、皆さんがお帰りになるまでに、このヤスオが、ピカピカにしておきますから」
よほど昨夜のデモが効いたらしく、すっかり好青年に改心してしまっていた。
僕とあずみが後部座席に乗り、光が助手席に乗り込んだ。
警察機能がマヒしているからいいようなものの、あくまで一平が運転していく気らしい。
「大丈夫かな」
あずみが右手で僕の左手を握ってきた。
「まあ、直線距離にしてたかが10キロのことさ。道もほぼ直線だし、ある意味ゴーカートより楽なんじゃないかな。やばそうなら、途中で俺が替わってもいいし」
「聞こえてるぜ。心配ないって」
一平が頭越しに声をかけてきた。
あの短い脚がアクセルとブレーキに届くのかちょっと不安ではあったが、それもどうやら杞憂だったようだ。
僕らを乗せたベルファイアは、音もなくするすると走り出した。
「では、今のうちにゾンビについてレクチャーしておくわ」
車が快適に走行し始めたのを見届けると、おもむろに光が言った。
「これはあたしが実際にゾンビを解剖して確かめたことなんだけど。まずその1。ゾンビは犬歯が発達していて、注射針状に変化している。これで獲物を噛んだ時に、線虫を感染させるわけ。その2。血管に送り込まれた線虫はわき目もふらずまっすぐ宿主の脳をめざし、その中にもぐりこんで脳を食べながら爆発的に増殖する。その際、必然的に宿主は脳死状態に陥るんだけど、やがて線虫が神経系統のコントロールを取り戻して、身体機能を復活させる。だからケロヨンはリボーンって呼んだわけね。その3。この時何かの不具合で痛覚が遮断されてしまうらしく、ゾンビ化した人間はその分無鉄砲に強くなる。まあでも、頭が破壊されてるんで、みんなも知ってる通り、リボーンゾンビの強さは、全然大したことないんだけどね。で、問題なのは、もう一種類のやつ。そう、リサイクルゾンビ。これについてはこの手で実際に解剖したわけじゃないから、推測するしかないんだけど、あずみちゃんや組長を見る限り、この上位種の線虫は、どうやら脳を破壊したりしないみたい。脳内に入り込んで、緩慢に肉体を改造するとでもいうのかしら。ふたりともちゃんと人間としての意識を保ってるところを見ると、リサイクル線虫は宿主と共存していくタイプなのかもね」
「ただ、なかには失敗作もいるんじゃないかな」
ふと思いついて、僕は言った。
「あずみを襲ったばあさんは、明らかに理性を失って、狂ってたみたいだったし」
そういえば、あの老婆はどうなったのだろう。
あの後すぐに姿を消してしまったが、今頃どこかで得体のしれない怪物にでも変身しているのだろうか。
そんなことを考えている時だった。
「あぶねーなあ。誰だよ道の真ん中に丸太んぼう置きやがったのは!」
一平の怒りの声が聞こえてきた。
道は登りにさしさかっている。
早いもので、あと2キロも坂道を登れば動物園の入口だ。
一平がブレーキを踏み、車を止めた。
「あずみ、どけてこようか?」
あずみが腰を上げかけた時である。
「あ」
一平が息を呑む音が聞こえてきた。
「やば。あれ、丸太じゃないやい」
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