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第5章 約束の地へ
action 2 害虫
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「そ、そんなこと言われたって」
僕は焦った。
銃を使えば、この距離ならなんとか当たるだろう。
でも、一平に怪我させる可能性も高いのだ。
したがって、そんな危ないものは使えない。
何かないか。
足元に置いたスポーツバッグの中を探る。
指先に何か当たった。
これだ。
これならいけるかも。
一平の上にのしかかったゴキブリ男の背後に回った。
キチキチキチと、耳障りな音。
つんと鼻を衝く異臭は、明らかにゴキブリ特有のものだ。
キャップを外すと、僕はペットボトルの中身を化け物の背中にドボドボと振りかけた。
臭い茶色の液体が、黒光りする翅を伝って落ちる。
効くかどうか半信半疑のとっさの行動だったけど、効果は覿面だった。
ゴキブリ男の動きが止まった。
ザザッと耳障りな音を立てて後退すると、長い触角をせわしなく蠢かして僕を見た。
「ニコチン爆弾か。ゴキにも効くんだね」
光が感心したように言う。
そうなのだ。
僕が使ったのは、イオン奪還作戦の時作った、ニコチン爆弾の残りだったのである。
「サンキュー!」
一平が、ばね仕掛けの人形みたいに跳ね起きて、あずみの背中に隠れた。
「くっさーい!」
可愛らしい指で、鼻をつまんで顔をしかめるあずみ。
「でも、そんなことも言ってられないよね」
一平を庇いながら、ひとつ大きくうなずくと、
ブーン!
右手をステップバックして、体重を乗せ、あずみが渾身のストレートを繰り出した。
ぐちゃり。
鋼鉄のナックルを顔面にめり込ませ、ゴキ男が痙攣する。
体液を口から吹き出しながら、ゆっくりと昏倒していった。
「ちょっと思いついたんだけど、試してみようか」
仰向けにひっくり返り、ぴくぴく震えている化け物の傍らに、光がかがみこむ。
手にしているのは百円ライターだ。
「油ぎってるから、よく燃えると思うのよね」
翅の先に火をつけた。
ぼっと炎が上がり、油紙みたいな翅がたちまち黒煙を上げて燃え始めた。
グググググアッ!
断末魔の悲鳴を上げて、火だるまになり悶えるゴキブリ男。
「ふん、なるほどね」
安全地帯まで下がって、光がつぶやいた。
「これ、いけるかも。アキラ君、よくやったわ。おかげで次の方針が決まったよ」
「あ、は、はい」
僕はほっとした。
汚名返上とまではいかないが、なんとかみんなの役に立てたのだ。
「さすが、お兄ちゃん。すっごーい」
あずみが瞳をウルウルさせて見つめてきた。
おまえ、そんなことで感動するなよ。
そう思ったけど、でも嬉しい。
「きっと研究センターのまわり、つまり大学キャンパスでは、リサイクルゾンビたちの生存競争が勃発してるんじゃないかしら。そうなると、一番強いDNA形質を発現させたものが、断然有利になる。つまり、人類滅亡後も生き残るといわれてる、このゴキブリがね」
「だからあんなに増えたのか」
気色悪そうに一平が言う。
交差点では相変わらず、ゴキブリ人間たちの饗宴が続いている。
交尾でもしているのか。
あるいは共食いか。
黒光りする背中が上になったり下になったり、キイキイとかまびすしい。
「作戦を話すわ。いったん園内のカフェに退却するわよ」
光が言って、立ち上がった。
「頑張ろうね、お兄ちゃん」
あずみが擦り寄ってきた。
「もう少し。もう少しでゴールだから」
「ああ」
笑顔を返そうとしたが、頬が引きつっただけだった。
ゴールか。
研究センター自体は、確かにもう、目の前に見える距離にある。
でも、なんて遠いんだろう。
ふとそう思ったからだった。
僕は焦った。
銃を使えば、この距離ならなんとか当たるだろう。
でも、一平に怪我させる可能性も高いのだ。
したがって、そんな危ないものは使えない。
何かないか。
足元に置いたスポーツバッグの中を探る。
指先に何か当たった。
これだ。
これならいけるかも。
一平の上にのしかかったゴキブリ男の背後に回った。
キチキチキチと、耳障りな音。
つんと鼻を衝く異臭は、明らかにゴキブリ特有のものだ。
キャップを外すと、僕はペットボトルの中身を化け物の背中にドボドボと振りかけた。
臭い茶色の液体が、黒光りする翅を伝って落ちる。
効くかどうか半信半疑のとっさの行動だったけど、効果は覿面だった。
ゴキブリ男の動きが止まった。
ザザッと耳障りな音を立てて後退すると、長い触角をせわしなく蠢かして僕を見た。
「ニコチン爆弾か。ゴキにも効くんだね」
光が感心したように言う。
そうなのだ。
僕が使ったのは、イオン奪還作戦の時作った、ニコチン爆弾の残りだったのである。
「サンキュー!」
一平が、ばね仕掛けの人形みたいに跳ね起きて、あずみの背中に隠れた。
「くっさーい!」
可愛らしい指で、鼻をつまんで顔をしかめるあずみ。
「でも、そんなことも言ってられないよね」
一平を庇いながら、ひとつ大きくうなずくと、
ブーン!
右手をステップバックして、体重を乗せ、あずみが渾身のストレートを繰り出した。
ぐちゃり。
鋼鉄のナックルを顔面にめり込ませ、ゴキ男が痙攣する。
体液を口から吹き出しながら、ゆっくりと昏倒していった。
「ちょっと思いついたんだけど、試してみようか」
仰向けにひっくり返り、ぴくぴく震えている化け物の傍らに、光がかがみこむ。
手にしているのは百円ライターだ。
「油ぎってるから、よく燃えると思うのよね」
翅の先に火をつけた。
ぼっと炎が上がり、油紙みたいな翅がたちまち黒煙を上げて燃え始めた。
グググググアッ!
断末魔の悲鳴を上げて、火だるまになり悶えるゴキブリ男。
「ふん、なるほどね」
安全地帯まで下がって、光がつぶやいた。
「これ、いけるかも。アキラ君、よくやったわ。おかげで次の方針が決まったよ」
「あ、は、はい」
僕はほっとした。
汚名返上とまではいかないが、なんとかみんなの役に立てたのだ。
「さすが、お兄ちゃん。すっごーい」
あずみが瞳をウルウルさせて見つめてきた。
おまえ、そんなことで感動するなよ。
そう思ったけど、でも嬉しい。
「きっと研究センターのまわり、つまり大学キャンパスでは、リサイクルゾンビたちの生存競争が勃発してるんじゃないかしら。そうなると、一番強いDNA形質を発現させたものが、断然有利になる。つまり、人類滅亡後も生き残るといわれてる、このゴキブリがね」
「だからあんなに増えたのか」
気色悪そうに一平が言う。
交差点では相変わらず、ゴキブリ人間たちの饗宴が続いている。
交尾でもしているのか。
あるいは共食いか。
黒光りする背中が上になったり下になったり、キイキイとかまびすしい。
「作戦を話すわ。いったん園内のカフェに退却するわよ」
光が言って、立ち上がった。
「頑張ろうね、お兄ちゃん」
あずみが擦り寄ってきた。
「もう少し。もう少しでゴールだから」
「ああ」
笑顔を返そうとしたが、頬が引きつっただけだった。
ゴールか。
研究センター自体は、確かにもう、目の前に見える距離にある。
でも、なんて遠いんだろう。
ふとそう思ったからだった。
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