ゾンビになった妹を救うため、終末世界で明日に向かってゴールをめざす

戸影絵麻

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第5章 約束の地へ

action 5 傷心

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 それから先は、文字通りの地獄だった。

 ガソリンスタンドの地下貯蔵タンクに火が回ったのか、突然、轟音とともに太い火柱が上がった。

 道路のありこちでマンホールの蓋が跳ね上がり、そこからも真っ赤な炎の舌が這い出した。

 ゴキブリ人間たちは、ひとたまりもなかった。

 百匹はいたであろう等身大のゴキブリたちは、火であぶられると松明のように威勢良く燃え上がった。

 放心状態の僕と一平は、光にひきずられるようにして、動物園前まで退却していた。

 できることといったら、3人で膝を抱え、燃え盛る炎を眺めることくらいだった。

 悲しいとか、悔しいとか、そんな感情さえ湧いてこなかった。

 身体が透明になり、手足の先まで冷え切ってしまったような、そんな底なしの空虚が僕を呑み込もうとしていた。

 あずみが、いない。

 いつも僕にまとわりつき、時には愛の言葉をささやいて、時には温かく励ましてくれた、世界でただひとりの味方だったあずみは、もう、いないのだ…・

 一平は時折しゃくりあげながら、じっと黙り込んでいるだけだった。

 いつもなら機関銃みたいに僕を責めまくるのに、恨み言ひとつ、蔑みの言葉ひとつ、口にしなかった。

 今思うと、一平も、僕同様、それほどまでに辛かったに違いない。

 おそらく、彼は彼なりに、真剣にあずみに恋をしていたのだろう。

 一平のつぶらな瞳は、今や僕のと同じくまったくの空洞と化してしまっていた。

 そう、まるで魂が抜けた人形の、ガラス玉の眼みたいに。

 どれほどの間、そうして放心したまま座っていたのだろうか。

 ふと気がつくと、黒煙が晴れ、炎が下火になっていた。

 燃えるものをすべて焼き尽くしてしまった紅蓮の舌は、揮発性の高いガソリンという燃料をも使いつくして、今にも消えようとしている。

「よし、もういい頃だね」

 それを見届けると、コートの裾をはためかせて、光がすっくと立ち上がった。

「立ちな。ふたりとも」

 腑抜け状態の僕らを、サングラスの奥から見下ろして、持ち前のクールな口調で言った。

「…そんなこと言って、どうするつもりなんだよ」

 鼻をすすりながら、ひどく幼い声で一平が訊き返した。

「あずみがいないんじゃ、先に進んでも、意味ないじゃないか」

 その通りだった。

 僕は膝と膝の間に顔を突っ込んで、眼をつぶった。

 もとより僕らの目的は、研究センターに残るリバース線虫を手に入れ、ハーフゾンビと化したあずみの身体を元に戻すことだったのだ。

 そのあずみがこうなってしまった以上、もう何をやっても無意味としか言いようがない。

 しかし、光の考えは違ったようだ。

 一平の頭を拳でこづくと、強い口調でこう言った。

「馬鹿だね、この子は。たとえあずみちゃんがいなくても、リバースの存在はいつか必ず人類の役に立つ。もしかしたら、街全体をゾンビの手から取り戻せるかもしれないんだ。なのに、それを目前にして、おまえは尻尾を巻いてイオンに帰るつもりなの? あずみちゃんが聞いたら泣くよ。アキラ君もそう。今の自分の姿、あずみちゃんに見せられる?」

 光の言葉に触発されたのか、ようやく生の感情が胸の奥のほうから吹き上がってきた。

「くそ! あずみは死んじゃいない! あずみが死ぬなんて、そんなの有り得ないだろ!」

 煮え滾るマグマのような激情に駆られて、僕は勢いよく腰を上げた。

「俺はあずみを探す! あずみ、待ってろ! 今行くから!」

「おいらもだ!」

 一平が跳ね起きた。

「おいら、あずみと約束したんだ! うまくいったらおっぱい触らせてくれるって! 約束果たさないのに、あずみが死ぬわけないよな! おいら、神様に誓ったんだ! 死ぬまでに絶対あずみのおっぱい、触るって!」

 ふたり競走するように、焼け野原に向かってダッシュする。

「いいわ。気が済むまで探しなさい。その代わり、諦めがついたら出発だよ」

 すべてを悟ったような光の声を、背中に聞きながら…。 



 



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