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第5章 約束の地へ
action 7 遭遇
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力のない足取りで、だらだら坂を登った。
決心はしてみたものの、そんなことくらいで胸に開いたこの空洞は埋まらない。
一平も同じ思いなのだろう。
さっきからひと言も口を利かず、ただ唯々諾々と姉の光の後をついて歩いている。
上り坂は500メートルほどで、やがて広い大学の正門に到着した。
『国立那古野大学』
大理石の門柱の文字は、そう読めた。
那古野大学といえば、ノーベル賞受賞者を何人も輩出している、国内有数の難関大学である。
三流大在籍の僕から見れば、この門の向こうは、いわば偏差値的に遥か高みの別世界。
ふつうなら、僕などが入ることは許されない場所なのだ。
が、幸い門扉は開いていて、あずみがいなくても中に入るのは可能なようだった。
「まだリサイクルゾンビがいるかもしれないから、十分気をつけて」
光の言葉に、僕と一平はそれぞれの武器を取り出し、両手に構えた。
一平のほうをふと見ると、防具のつもりなのか、あずみの形見のブラジャーを、Tシャツの上から襷みたいに斜めに身につけていた。
サイズが大きすぎて、そうでもしないとずり下がってきてしまうのだろう。
それにしても、珍妙な格好だった。
あずみが見たら、腹を抱えて爆笑すること請け合いだ。
僕はと言えば、やはりあずみの形見のスピニングポールを刀よろしく腰のベルトにさしていた。
銃のホルスターとポールの重みで歩きにくいことこの上ないが、左右のバランスが取れてさっきまでよりは少しマシな気がした。
門柱の陰に身を隠しながら、そっと中をうかがってみる。
「うげげ」
一平が妙な声を出したのは、その時だ。
「姉者、何かいるでござる」
「なんで急に時代劇」
首を伸ばし、またひっこめると、結構マジな声音でつぶやいた。
「まずいわね」
呆れ顔だった光の表情が、今はきりりと引き締まっている。
ふたりに遅れて中を覗いた僕は、見た。
異様なものが、キャンパスを徘徊している。
全身真っ赤な、巨大な犬だ。
いや、正確に言うと、犬ではなかった。
途中でくの字に折れ曲がった蜘蛛のように長い4本の脚。
ドーベルマンの胴体。
背には鷲の翼。
尻に蛇の尻尾。
極めつきは顔だった。
頭が3つもある。
真ん中がけっこう綺麗な髪の長い熟女の顏。
左右はいずれも坊主頭。
双子みたいによく似た、いかついレスラーまがいのマッチョ系の男の顏である。
「あ、あれも、リサイクル?」
一平が声を震わせて、訊いた。
「おそらく」
重々しく光がうなずいた。
「しかし、複雑に進化したものねぇ。リサイクル線虫の作用で3人が合体して、くっついたのかも。ありゃ、名付けて人面ケルベロスだわ」
「ケルベロスって、あの、地獄の番犬の?」
「そう、ギリシヤ神話だったっけ。冥府の入り口を守る番犬で、冥王ハーデスのしもべ。確か、ヘラクレスにやられちゃったんじゃなかったかな」
「じゃ、弱点があるんじゃね?」
「まあ、あのキメラが本当に神話のケルベロスを模したものならね。前にさ、ファンタジー小説書こうと思って、その時ウィキとかで色々調べたことがあるんだけど」
「姉貴がファンタジー? 似合わねえな」
「黙って聞け。その記憶によると、ケルベロスって、甘いお菓子が好きで、それから音楽聴くと3つの首が同時に寝ちゃうらしい」
「お菓子か…。しまった。イオンから持ってくるんだったな」
僕は唇を噛んだ。
チョコ系はどうせ溶けると思って、あえて持ってこなかったのだ。
「音楽ねえ。よし、おいらに考えがある」
「ちょっと一平、どこ行くの?」
あずみの制止を振り切ってずかずか中に入っていくと、なんのつもりか、一平がふいにケルベロスの前に立ちふさがった。
グルルル…。
いぶかしげに一平を見下ろす3つの首。
蜘蛛状の肢に支えられているため、ケルベロスの体高は5メートル近くあり、小柄な一平は今にも踏みつぶされそうだ。
「よく聞け。この化け物。おいらが一曲、歌ってやるから」
そうして一平が朗々と歌い出したのは、これまで聞いたことのない不思議なメロディの歌だった。
「何だろう?」
僕は首をかしげた。
「君が代かな」
と。
情けなさそうに光がかぶりを振った。
「違う。たぶん、子守歌のつもりだと思う。ほら、あの、ね~むれ、ってやつ」
「ぜんぜんそうは聞こえない」
僕は呆れた。
これじゃ、まるで祝詞か御詠歌だ。
「あの子、音痴なの。本人に、自覚ないけど」
光がため息をつく。
「じゃあ、逆効果なんじゃ?」
冷たい汗が背筋を伝う。
「でしょうね。できればやめてほしかった」
案の定、一平は最後まで歌い切ることはできなかった。
途中でケルベロスが叫んだのだ。
「ええい、うるさいわ! このクソガキが! おまえはわらわを愚弄するつもりか?」
決心はしてみたものの、そんなことくらいで胸に開いたこの空洞は埋まらない。
一平も同じ思いなのだろう。
さっきからひと言も口を利かず、ただ唯々諾々と姉の光の後をついて歩いている。
上り坂は500メートルほどで、やがて広い大学の正門に到着した。
『国立那古野大学』
大理石の門柱の文字は、そう読めた。
那古野大学といえば、ノーベル賞受賞者を何人も輩出している、国内有数の難関大学である。
三流大在籍の僕から見れば、この門の向こうは、いわば偏差値的に遥か高みの別世界。
ふつうなら、僕などが入ることは許されない場所なのだ。
が、幸い門扉は開いていて、あずみがいなくても中に入るのは可能なようだった。
「まだリサイクルゾンビがいるかもしれないから、十分気をつけて」
光の言葉に、僕と一平はそれぞれの武器を取り出し、両手に構えた。
一平のほうをふと見ると、防具のつもりなのか、あずみの形見のブラジャーを、Tシャツの上から襷みたいに斜めに身につけていた。
サイズが大きすぎて、そうでもしないとずり下がってきてしまうのだろう。
それにしても、珍妙な格好だった。
あずみが見たら、腹を抱えて爆笑すること請け合いだ。
僕はと言えば、やはりあずみの形見のスピニングポールを刀よろしく腰のベルトにさしていた。
銃のホルスターとポールの重みで歩きにくいことこの上ないが、左右のバランスが取れてさっきまでよりは少しマシな気がした。
門柱の陰に身を隠しながら、そっと中をうかがってみる。
「うげげ」
一平が妙な声を出したのは、その時だ。
「姉者、何かいるでござる」
「なんで急に時代劇」
首を伸ばし、またひっこめると、結構マジな声音でつぶやいた。
「まずいわね」
呆れ顔だった光の表情が、今はきりりと引き締まっている。
ふたりに遅れて中を覗いた僕は、見た。
異様なものが、キャンパスを徘徊している。
全身真っ赤な、巨大な犬だ。
いや、正確に言うと、犬ではなかった。
途中でくの字に折れ曲がった蜘蛛のように長い4本の脚。
ドーベルマンの胴体。
背には鷲の翼。
尻に蛇の尻尾。
極めつきは顔だった。
頭が3つもある。
真ん中がけっこう綺麗な髪の長い熟女の顏。
左右はいずれも坊主頭。
双子みたいによく似た、いかついレスラーまがいのマッチョ系の男の顏である。
「あ、あれも、リサイクル?」
一平が声を震わせて、訊いた。
「おそらく」
重々しく光がうなずいた。
「しかし、複雑に進化したものねぇ。リサイクル線虫の作用で3人が合体して、くっついたのかも。ありゃ、名付けて人面ケルベロスだわ」
「ケルベロスって、あの、地獄の番犬の?」
「そう、ギリシヤ神話だったっけ。冥府の入り口を守る番犬で、冥王ハーデスのしもべ。確か、ヘラクレスにやられちゃったんじゃなかったかな」
「じゃ、弱点があるんじゃね?」
「まあ、あのキメラが本当に神話のケルベロスを模したものならね。前にさ、ファンタジー小説書こうと思って、その時ウィキとかで色々調べたことがあるんだけど」
「姉貴がファンタジー? 似合わねえな」
「黙って聞け。その記憶によると、ケルベロスって、甘いお菓子が好きで、それから音楽聴くと3つの首が同時に寝ちゃうらしい」
「お菓子か…。しまった。イオンから持ってくるんだったな」
僕は唇を噛んだ。
チョコ系はどうせ溶けると思って、あえて持ってこなかったのだ。
「音楽ねえ。よし、おいらに考えがある」
「ちょっと一平、どこ行くの?」
あずみの制止を振り切ってずかずか中に入っていくと、なんのつもりか、一平がふいにケルベロスの前に立ちふさがった。
グルルル…。
いぶかしげに一平を見下ろす3つの首。
蜘蛛状の肢に支えられているため、ケルベロスの体高は5メートル近くあり、小柄な一平は今にも踏みつぶされそうだ。
「よく聞け。この化け物。おいらが一曲、歌ってやるから」
そうして一平が朗々と歌い出したのは、これまで聞いたことのない不思議なメロディの歌だった。
「何だろう?」
僕は首をかしげた。
「君が代かな」
と。
情けなさそうに光がかぶりを振った。
「違う。たぶん、子守歌のつもりだと思う。ほら、あの、ね~むれ、ってやつ」
「ぜんぜんそうは聞こえない」
僕は呆れた。
これじゃ、まるで祝詞か御詠歌だ。
「あの子、音痴なの。本人に、自覚ないけど」
光がため息をつく。
「じゃあ、逆効果なんじゃ?」
冷たい汗が背筋を伝う。
「でしょうね。できればやめてほしかった」
案の定、一平は最後まで歌い切ることはできなかった。
途中でケルベロスが叫んだのだ。
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