76 / 79
第5章 約束の地へ
action 15 思念
「あーあ、ついに逝っちゃったか」
泣き疲れて、声が枯れて、それでもひくひく肩で泣いていると、隣に光がしゃがみこんだ。
「いい子だったのにね。ほんとに残念だ」
自分の泣き声で気づかなかったが、後ろでは一平がすすり泣いていた。
「あずみがいない人生なんて…意味ないよォ」
僕の心を代弁したかのように、そんな独り言をつぶやいている。
「でも、不思議だねえ。あずみちゃんから見ると、アキラ君、あんた、かっこよくて時には可愛い、そんな素敵な兄さんだったんだ。蓼食う虫も好き好きとは、よく言ったもんだよねえ」
光が、聞きようによってはずいぶん失礼なことを、しみじみとした口調で言った。
「俺も、そう、思います」
僕はうなだれ、やっとのことで声を絞り出した。
「あずみ以外の女の子には、そんなこと、言われたこと、ないですから」
「本当に、いい妹さんっていうか、恋人だったんだね。可哀想に…。あ、そうだ。あずみちゃん、唇、渇いちゃってるみたいだよ。キスしてあげなよ。きっと喜ぶと思う。いつかね、このツアーの間に、頑張って、お兄ちゃんと絶対キスするんだって、打ち明けてくれたことがあったんだ。イオンを出る前の日の夜、一緒にシャワー浴びた時のことかな。キスなんてさ、別に頑張ってするんもんじゃ、ないのにね」
ふふっと光が笑った。
「ツアーですか」
僕も少しおかしくなった。
あずみはこの決死の地獄行を、ツアーだと思っていたのだ。
ペットボトルの水を口に含み、そっとあずみの顔に唇を近づける。
まさかさっきの『お出かけのキス』が、最初で最後になるなんてな。
今までかまってやれなくって、ほんとにごめん。
僕もおまえのこと、好きだったさ。
でも、好き過ぎて、一緒に暮らしてると、いつか一線を超えちゃいそうで、それが怖かったんだ…。
今となって思うよ。
こんなことになるのなら、いっそ、超えておけばよかったって…。
あずみはうっすらと口を開けていた。
開いたままだった眼は、あまりにも見るに忍びなかったので、さっき閉じておいた。
唇と唇を重ね、水を静かに流し込んだ時である。
ふいに何かが水を遡り、僕の口の中にぬるりと入り込んできた。
とたんに鼻の奥がツーンと痛み、続いて激しい頭痛がやってきた。
「わ」
僕は頭を抱えて床に転がった。
「どうしたの?」
光が血相を変えた。
「頭が、頭が…」
なんだ、これは?
まるで、脳の中に何者かが侵入してきたみたいな…。
え?
ってことは、まさか…。
と、突然、頭の芯で、”声”がした。
-いいか。よく聞いてくれたまえ。時間がない。一度しか、言わないからー
聞いたことのない声だった。
いや、声といっていいかどうかすらも、わからない。
まるで誰か別の人間が、僕の頭の中で、僕の言葉を借りてしゃべっているみたいな感じ、とでも言ったらいいだろうか。
ー私は今から君に、マルデックの”治癒者”の力を授ける。だが、あくまでそれは、一時的なものだ。なぜなら私が今君の中に送り込んだ寄生生物の分身は、あまりに虚弱で寿命が短いからだー
えっと、そういうあんたは、誰なんだ?
頭の中で質問を思い浮かべると、ほとんど同時に返事が返ってきた。
-私は、出雲あずみの中に顕現した、マルデックの民の集合意識。あずみは私たちの最後の希望。ここで死なせるわけにはいかないのだよー
マルデックの民の、集合意識?
じゃあ、本当に、幻の第4惑星マルデックは、太陽系にかつて存在したっていうことなのか?
-そうだ。だからこそ私はここにいて、君に話しかけている。さあ、急いでくれ。君の右手はこれから30秒の間、ヒーラーの力を宿すだろう。それであずみを救うのだー
ほんとに、本当なんだな?
-疑う時間が君に残されていると思うのか。あずみを救いたいのは君も同じじゃないのか? なぜこのチャンスをつまらぬ疑念で無駄にしようとする?ー
「わかった」
僕は声に出して返事をした。
”声”が沈黙すると、頭痛が去り、右の掌がかあっと熱くなってきた。
あずみの身体ににじり寄ると、急いで包帯代わりのセーラー服を取り去って、腹の傷口をむき出しにした。
「ちょっと、何してるの? アキラ君!」
光の驚きの声。
それに一平の悲鳴が重なった。
「やばいよやばい! 姉ちゃん、窓! 化け物が、復活してる! こっちに入ってくるぜ!」
ガラスの割れる音。
が、僕は見向きもしなかった。
たった30秒。
いや、もう20秒もないかもしれない。
十分に熱くなった掌を、無残に開いた傷口の上からぐいと押し当てた。
「あずみ! 俺だ! 聞こえるか?」
掌を押し当てながら、耳元で大声を出した。
10秒。
20秒。
ふいに、あずみの長い睫毛が震えた。
眼が、開いた。
目尻を、涙が一筋伝う。
「お兄ちゃん、うるさすぎ」
まぶしそうに僕を見上げ、かすれ声で、あずみが言った。
「鼓膜が破れるかと思ったよ」
泣き疲れて、声が枯れて、それでもひくひく肩で泣いていると、隣に光がしゃがみこんだ。
「いい子だったのにね。ほんとに残念だ」
自分の泣き声で気づかなかったが、後ろでは一平がすすり泣いていた。
「あずみがいない人生なんて…意味ないよォ」
僕の心を代弁したかのように、そんな独り言をつぶやいている。
「でも、不思議だねえ。あずみちゃんから見ると、アキラ君、あんた、かっこよくて時には可愛い、そんな素敵な兄さんだったんだ。蓼食う虫も好き好きとは、よく言ったもんだよねえ」
光が、聞きようによってはずいぶん失礼なことを、しみじみとした口調で言った。
「俺も、そう、思います」
僕はうなだれ、やっとのことで声を絞り出した。
「あずみ以外の女の子には、そんなこと、言われたこと、ないですから」
「本当に、いい妹さんっていうか、恋人だったんだね。可哀想に…。あ、そうだ。あずみちゃん、唇、渇いちゃってるみたいだよ。キスしてあげなよ。きっと喜ぶと思う。いつかね、このツアーの間に、頑張って、お兄ちゃんと絶対キスするんだって、打ち明けてくれたことがあったんだ。イオンを出る前の日の夜、一緒にシャワー浴びた時のことかな。キスなんてさ、別に頑張ってするんもんじゃ、ないのにね」
ふふっと光が笑った。
「ツアーですか」
僕も少しおかしくなった。
あずみはこの決死の地獄行を、ツアーだと思っていたのだ。
ペットボトルの水を口に含み、そっとあずみの顔に唇を近づける。
まさかさっきの『お出かけのキス』が、最初で最後になるなんてな。
今までかまってやれなくって、ほんとにごめん。
僕もおまえのこと、好きだったさ。
でも、好き過ぎて、一緒に暮らしてると、いつか一線を超えちゃいそうで、それが怖かったんだ…。
今となって思うよ。
こんなことになるのなら、いっそ、超えておけばよかったって…。
あずみはうっすらと口を開けていた。
開いたままだった眼は、あまりにも見るに忍びなかったので、さっき閉じておいた。
唇と唇を重ね、水を静かに流し込んだ時である。
ふいに何かが水を遡り、僕の口の中にぬるりと入り込んできた。
とたんに鼻の奥がツーンと痛み、続いて激しい頭痛がやってきた。
「わ」
僕は頭を抱えて床に転がった。
「どうしたの?」
光が血相を変えた。
「頭が、頭が…」
なんだ、これは?
まるで、脳の中に何者かが侵入してきたみたいな…。
え?
ってことは、まさか…。
と、突然、頭の芯で、”声”がした。
-いいか。よく聞いてくれたまえ。時間がない。一度しか、言わないからー
聞いたことのない声だった。
いや、声といっていいかどうかすらも、わからない。
まるで誰か別の人間が、僕の頭の中で、僕の言葉を借りてしゃべっているみたいな感じ、とでも言ったらいいだろうか。
ー私は今から君に、マルデックの”治癒者”の力を授ける。だが、あくまでそれは、一時的なものだ。なぜなら私が今君の中に送り込んだ寄生生物の分身は、あまりに虚弱で寿命が短いからだー
えっと、そういうあんたは、誰なんだ?
頭の中で質問を思い浮かべると、ほとんど同時に返事が返ってきた。
-私は、出雲あずみの中に顕現した、マルデックの民の集合意識。あずみは私たちの最後の希望。ここで死なせるわけにはいかないのだよー
マルデックの民の、集合意識?
じゃあ、本当に、幻の第4惑星マルデックは、太陽系にかつて存在したっていうことなのか?
-そうだ。だからこそ私はここにいて、君に話しかけている。さあ、急いでくれ。君の右手はこれから30秒の間、ヒーラーの力を宿すだろう。それであずみを救うのだー
ほんとに、本当なんだな?
-疑う時間が君に残されていると思うのか。あずみを救いたいのは君も同じじゃないのか? なぜこのチャンスをつまらぬ疑念で無駄にしようとする?ー
「わかった」
僕は声に出して返事をした。
”声”が沈黙すると、頭痛が去り、右の掌がかあっと熱くなってきた。
あずみの身体ににじり寄ると、急いで包帯代わりのセーラー服を取り去って、腹の傷口をむき出しにした。
「ちょっと、何してるの? アキラ君!」
光の驚きの声。
それに一平の悲鳴が重なった。
「やばいよやばい! 姉ちゃん、窓! 化け物が、復活してる! こっちに入ってくるぜ!」
ガラスの割れる音。
が、僕は見向きもしなかった。
たった30秒。
いや、もう20秒もないかもしれない。
十分に熱くなった掌を、無残に開いた傷口の上からぐいと押し当てた。
「あずみ! 俺だ! 聞こえるか?」
掌を押し当てながら、耳元で大声を出した。
10秒。
20秒。
ふいに、あずみの長い睫毛が震えた。
眼が、開いた。
目尻を、涙が一筋伝う。
「お兄ちゃん、うるさすぎ」
まぶしそうに僕を見上げ、かすれ声で、あずみが言った。
「鼓膜が破れるかと思ったよ」
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています