ゾンビになった妹を救うため、終末世界で明日に向かってゴールをめざす

戸影絵麻

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第5章 約束の地へ

action 15  思念

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「あーあ、ついに逝っちゃったか」

 泣き疲れて、声が枯れて、それでもひくひく肩で泣いていると、隣に光がしゃがみこんだ。

「いい子だったのにね。ほんとに残念だ」

 自分の泣き声で気づかなかったが、後ろでは一平がすすり泣いていた。

「あずみがいない人生なんて…意味ないよォ」

 僕の心を代弁したかのように、そんな独り言をつぶやいている。

「でも、不思議だねえ。あずみちゃんから見ると、アキラ君、あんた、かっこよくて時には可愛い、そんな素敵な兄さんだったんだ。蓼食う虫も好き好きとは、よく言ったもんだよねえ」

 光が、聞きようによってはずいぶん失礼なことを、しみじみとした口調で言った。

「俺も、そう、思います」

 僕はうなだれ、やっとのことで声を絞り出した。

「あずみ以外の女の子には、そんなこと、言われたこと、ないですから」

「本当に、いい妹さんっていうか、恋人だったんだね。可哀想に…。あ、そうだ。あずみちゃん、唇、渇いちゃってるみたいだよ。キスしてあげなよ。きっと喜ぶと思う。いつかね、このツアーの間に、頑張って、お兄ちゃんと絶対キスするんだって、打ち明けてくれたことがあったんだ。イオンを出る前の日の夜、一緒にシャワー浴びた時のことかな。キスなんてさ、別に頑張ってするんもんじゃ、ないのにね」

 ふふっと光が笑った。

「ツアーですか」

 僕も少しおかしくなった。

 あずみはこの決死の地獄行を、ツアーだと思っていたのだ。

 ペットボトルの水を口に含み、そっとあずみの顔に唇を近づける。

 まさかさっきの『お出かけのキス』が、最初で最後になるなんてな。

 今までかまってやれなくって、ほんとにごめん。

 僕もおまえのこと、好きだったさ。

 でも、好き過ぎて、一緒に暮らしてると、いつか一線を超えちゃいそうで、それが怖かったんだ…。

 今となって思うよ。

 こんなことになるのなら、いっそ、超えておけばよかったって…。


 あずみはうっすらと口を開けていた。

 開いたままだった眼は、あまりにも見るに忍びなかったので、さっき閉じておいた。

 唇と唇を重ね、水を静かに流し込んだ時である。

 ふいに何かが水を遡り、僕の口の中にぬるりと入り込んできた。

 とたんに鼻の奥がツーンと痛み、続いて激しい頭痛がやってきた。

「わ」

 僕は頭を抱えて床に転がった。

「どうしたの?」

 光が血相を変えた。

「頭が、頭が…」

 なんだ、これは?

 まるで、脳の中に何者かが侵入してきたみたいな…。

 え?

 ってことは、まさか…。

 と、突然、頭の芯で、”声”がした。

 -いいか。よく聞いてくれたまえ。時間がない。一度しか、言わないからー

 聞いたことのない声だった。

 いや、声といっていいかどうかすらも、わからない。

 まるで誰か別の人間が、僕の頭の中で、僕の言葉を借りてしゃべっているみたいな感じ、とでも言ったらいいだろうか。

 ー私は今から君に、マルデックの”治癒者”の力を授ける。だが、あくまでそれは、一時的なものだ。なぜなら私が今君の中に送り込んだ寄生生物の分身は、あまりに虚弱で寿命が短いからだー

 えっと、そういうあんたは、誰なんだ?

 頭の中で質問を思い浮かべると、ほとんど同時に返事が返ってきた。

 -私は、出雲あずみの中に顕現した、マルデックの民の集合意識。あずみは私たちの最後の希望。ここで死なせるわけにはいかないのだよー

 マルデックの民の、集合意識?

 じゃあ、本当に、幻の第4惑星マルデックは、太陽系にかつて存在したっていうことなのか?

 -そうだ。だからこそ私はここにいて、君に話しかけている。さあ、急いでくれ。君の右手はこれから30秒の間、ヒーラーの力を宿すだろう。それであずみを救うのだー

 ほんとに、本当なんだな?

 -疑う時間が君に残されていると思うのか。あずみを救いたいのは君も同じじゃないのか? なぜこのチャンスをつまらぬ疑念で無駄にしようとする?ー

「わかった」

 僕は声に出して返事をした。

 ”声”が沈黙すると、頭痛が去り、右の掌がかあっと熱くなってきた。

 あずみの身体ににじり寄ると、急いで包帯代わりのセーラー服を取り去って、腹の傷口をむき出しにした。

「ちょっと、何してるの? アキラ君!」

 光の驚きの声。

 それに一平の悲鳴が重なった。

「やばいよやばい! 姉ちゃん、窓! 化け物が、復活してる! こっちに入ってくるぜ!」

 ガラスの割れる音。

 が、僕は見向きもしなかった。

 たった30秒。

 いや、もう20秒もないかもしれない。

 十分に熱くなった掌を、無残に開いた傷口の上からぐいと押し当てた。

「あずみ! 俺だ! 聞こえるか?」

 掌を押し当てながら、耳元で大声を出した。

 10秒。

 20秒。
 
 ふいに、あずみの長い睫毛が震えた。

 眼が、開いた。

 目尻を、涙が一筋伝う。

「お兄ちゃん、うるさすぎ」

 まぶしそうに僕を見上げ、かすれ声で、あずみが言った。

「鼓膜が破れるかと思ったよ」









 

 
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