制服の胸のここには

戸影絵麻

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#6 接近

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 ー本日の部活動は、すべて中止となりました。校内にいる生徒は、至急帰宅してください。繰り返します、本日の部活動は…ー
 校内放送が入った。
「なにそれ?」
 氷室基子の隣で参考書から顔を上げたのは、ポニーテールの吉田美緒だ。
「きょうこそはせっかく真面目にテスト勉強しようと思ったのにい」
 丸い顔を更に丸く膨らませた。
 ふたりは図書室に来たばかりで、席に着いてからまだ10分と経っていない。
 基子はちらと柱時計に視線を投げた。
 まだ4時過ぎたばかりだ。
 ”指定”の時間には早すぎる。
 5時まで美緒に付き合って時間を潰そうと思ったのに、「帰れ」とは、いったいどういうことだろう?
 カバンの中でスマホが震えた。
 取り出して素早く画面を盗み見ると、ふぁみろうからのLINEメッセージが入っていた。
 ー街中がこれじゃきょうは会えないね。残念だけど、また今度にしようー
 は?
 基子の切れ長の目がすうっと細くなる。
 不機嫌になった証拠である。
 街中がこれって…。
 Xを開く。
 ーやばい、やばいって!
 ー揺れてる! 結構大きい!
 いきなり大量のメッセージが流れてきた。
 動画もある。
 これは息吹山方面?
 揺れる画面。
 地面から土煙が吹き上がる。
 それも一か所だけでなく、あちらでもこちらでも。
 音?
 地響き?
 なんだろう?
 地震?
 ー震源が移動してるんだってー
 あれは母が言ったのか、私が言ったのだったか…。
 確かに、授業中も、何度か地面が揺れた気がする。
「家で勉強なんてむりむり! うち、兄弟多いし、うるさくって難易度高いよね!」
 美緒はぶんむくれで参考書をリュックの中に突っ込んでいる。
「難度と易度は同時に高くならないよ。そもそも易度なんて言葉、ないと思うし」
「へ? なんのこと?」
「ううん、なんでもない。独り言」
 仕方ない。
 少し早いが、体育館を覗いてみるか。
 お小遣い稼ぎがぽしゃった以上、さしあたり、義務の遂行以外にやるべきことはない。
 基子はある意味厳格なまでにスクェアな性格だ。
 自分で決めたルールは絶対に破らない。
「美緒は先に帰ってて。私、ちょっと、忘れ物しちゃったみたいだから」
 薄いカバンを手に取って立つ。
 リュックは野暮ったいから使わない。
「へ? 忘れ物?」
 見上げてきた美緒の顔は、金魚の出目金にそっくりだった。 
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