制服の胸のここには

戸影絵麻

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#12 招集

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 嫌なものを見てしまった。
 不快としかいいようがなかった。
 それにあの匂い。
 忘れよう。
 髪に付いた穢れを払い落とすかのように大きくかぶりを振ると、氷室基子は渡り廊下を急いだ。
 校内放送はやんだが、遠くでサイレンが鳴り響いている。
 消防自動車と救急車、それにパトカーが群れを成して街中を駆け回っているような騒々しさだ。
 こうなったら一刻も早く帰宅するしかない。
 じきに見回りの教師がやってくるに決まっている。
 さすがに生徒の姿は減っていた。
 いったん教室に戻ってみたが、先に帰ったのか、美緒の姿もない。
 車のエンジン音に窓から外を見下ろすと、正門から次々に車が出ていくところだった。
 フロントガラス越しに見えるのは、教師たちのひきつった横顔である。
 基子は愕然とした。
 教師は生徒の安全を考えて校内を見回るものー。
 それはある種の思い込みに過ぎなかったようだ。
 真っ先に逃げ出していくのは、先生たちではないか。
 まるでレミングの死の行進のように、後に基子や猛のような生徒を残したまま…。
 いったい、街で何が起こっているのだろう?
 スマホのロックを解除するなり、画面にXのメッセージが滝のように流れ始めた。
 画像や動画もあった。
 街のあちこちから火の手が上がっている。
 もうもうと立ち上る黒煙の向こうで、何か巨大なものが動いているのが見えた。
 ーヤバいヤバいこれヤバいって!ー
 ー明らかにただの地震じゃないー
 ーなにあれ? なにか出てきた!-
 ーむちゃデカいやん!-
 ー自衛隊来た! え? バリケード張ってるんですけどー
 ー封鎖される前に逃げなきゃマジで死ぬぞー
「なんなの?」
 思わず口に出してしまった。
 そこに、しばらく沈黙を守っていた校内放送が、突然息を吹き返してしゃべり始めた。
 さすがに今度は生徒の声ではなく、年配の女性の声だった。
 ー2年B組の金田猛、氷室基子の両名は、至急、校長室に来ること。繰り返します。2年B組の金田猛…。
「は?」
 あまりのことに基子は廊下でフリーズしたように動けなくなった。
 呼ばれている?
 それも、私ひとりじゃなく、あの負け犬の金田猛も一緒に?
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