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#1 変わり果てた息子
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タクシーを降りると、むっとする熱気が琴子を包み込んだ。
小走りに正面玄関に向かい、自動ドアをくぐる。
冷気が火照った肌を冷やし、琴子はほっと溜息をついた。
夏物のジャケットの下は薄手の袖なしブラウスだが、その腋がじっとり湿っているのが不快だった。
同じ市内にある、国立大学病院である。
ここに和夫が運び込まれて、ほぼ1か月になろうとしていた。
あれからのことは、断片的にしか覚えていない。
和夫は重度のやけどで、すぐに無菌室に運び込まれた。
それでも感染症から高い熱が出て、数日は命の危険にまでさらされた。
中堅商社に勤める夫の正一は、入院の日の夜に顔を見せたっきりで、和夫の付き添いはおおむね専業主婦の琴子の役だった。
むろん、琴子としてもそのことに異存はなく、毎日欠かさず病院に通ったものだ。
あの事故は、私のせい…。
その思いが強かったせいもある。
あの時、私が和夫の思い通りにしてあげていれば…。
が、はたしてそれが正解だったのだろうか・
そんな疑念がわかないこともない。
和夫は琴子に勃起した性器を触らせようとしたのだ。
その意図は、いくら琴子が性的に淡白な性質(たち)でも、想像がつく。
あのままいけば、和夫の要求は更にエスカレートし、超えてはならない一線を越えることにもなりかねなかったのだ…。
救急車が到着する前に、苦しむ和夫に下着とズボンを穿かせたのは、正解だったと思う。
あの時台所で何があったのか。
それは誰にも悟られるわけにはいかないのだから。
特に夫の正一には…。
無菌室の外から、木乃伊のように包帯だらけの和夫を眺めて過ごす日が何日続いたろうか。
若さゆえの回復力からか、やがて和夫は峠を越え、一般病棟に移された。
ただ、包帯が取れるようになるにはまだ何か月もかかり、またたとえ取れたとしても、顏にはかなりの割合でケロイドが残るだろうー。
そう担当医は琴子に告げた。
和夫の顔に、ケロイド…。
そのひと言に琴子は打ちのめされ、絶望的な気分に陥ったものだったが…。
平日の午後の病院ロビーは、閑散としている。
何度も来ているので、意識せずとも外科病棟へと足が向く。
きのうの医師からの電話だと、和夫は完全に熱が下がり、少し喋れるようになったという。
意識を取り戻した和夫との対面は、期待半分、怖さ半分だった。
エレベーターを13階で降り、エリアを区切る隔壁をいくつかくぐる。
ナースステーションに顔を出し、馴染みの看護師たちに挨拶すると、いよいよ和夫の病室だ。
病室の扉は開いていて、ひとり部屋だが、中は真ん中をカーテンで仕切られている。
和夫の状態がよほどいいのか、病室内には医師の姿も看護師の姿もない。
「和夫ちゃん、起きてる?」
小声で言って、カーテンをめくる。
和夫は起きていた。
ベッドのヘッドボードにもたれ、シーツを腹にかけて上体を起こしている。
その顔を見るなり、琴子は思わず息を呑んだ。
B級ホラーに登場するミイラ男のような、包帯でぐるぐる巻きにされた顔。
その目のあたりに隙間があり、そこから血走った眼だけがのぞいている。
金魚のように空気を求めて口をぱくぱくさせる琴子に、ひどくしわがれた声で和夫が言った。
「会いたかったよ。かあさん」
小走りに正面玄関に向かい、自動ドアをくぐる。
冷気が火照った肌を冷やし、琴子はほっと溜息をついた。
夏物のジャケットの下は薄手の袖なしブラウスだが、その腋がじっとり湿っているのが不快だった。
同じ市内にある、国立大学病院である。
ここに和夫が運び込まれて、ほぼ1か月になろうとしていた。
あれからのことは、断片的にしか覚えていない。
和夫は重度のやけどで、すぐに無菌室に運び込まれた。
それでも感染症から高い熱が出て、数日は命の危険にまでさらされた。
中堅商社に勤める夫の正一は、入院の日の夜に顔を見せたっきりで、和夫の付き添いはおおむね専業主婦の琴子の役だった。
むろん、琴子としてもそのことに異存はなく、毎日欠かさず病院に通ったものだ。
あの事故は、私のせい…。
その思いが強かったせいもある。
あの時、私が和夫の思い通りにしてあげていれば…。
が、はたしてそれが正解だったのだろうか・
そんな疑念がわかないこともない。
和夫は琴子に勃起した性器を触らせようとしたのだ。
その意図は、いくら琴子が性的に淡白な性質(たち)でも、想像がつく。
あのままいけば、和夫の要求は更にエスカレートし、超えてはならない一線を越えることにもなりかねなかったのだ…。
救急車が到着する前に、苦しむ和夫に下着とズボンを穿かせたのは、正解だったと思う。
あの時台所で何があったのか。
それは誰にも悟られるわけにはいかないのだから。
特に夫の正一には…。
無菌室の外から、木乃伊のように包帯だらけの和夫を眺めて過ごす日が何日続いたろうか。
若さゆえの回復力からか、やがて和夫は峠を越え、一般病棟に移された。
ただ、包帯が取れるようになるにはまだ何か月もかかり、またたとえ取れたとしても、顏にはかなりの割合でケロイドが残るだろうー。
そう担当医は琴子に告げた。
和夫の顔に、ケロイド…。
そのひと言に琴子は打ちのめされ、絶望的な気分に陥ったものだったが…。
平日の午後の病院ロビーは、閑散としている。
何度も来ているので、意識せずとも外科病棟へと足が向く。
きのうの医師からの電話だと、和夫は完全に熱が下がり、少し喋れるようになったという。
意識を取り戻した和夫との対面は、期待半分、怖さ半分だった。
エレベーターを13階で降り、エリアを区切る隔壁をいくつかくぐる。
ナースステーションに顔を出し、馴染みの看護師たちに挨拶すると、いよいよ和夫の病室だ。
病室の扉は開いていて、ひとり部屋だが、中は真ん中をカーテンで仕切られている。
和夫の状態がよほどいいのか、病室内には医師の姿も看護師の姿もない。
「和夫ちゃん、起きてる?」
小声で言って、カーテンをめくる。
和夫は起きていた。
ベッドのヘッドボードにもたれ、シーツを腹にかけて上体を起こしている。
その顔を見るなり、琴子は思わず息を呑んだ。
B級ホラーに登場するミイラ男のような、包帯でぐるぐる巻きにされた顔。
その目のあたりに隙間があり、そこから血走った眼だけがのぞいている。
金魚のように空気を求めて口をぱくぱくさせる琴子に、ひどくしわがれた声で和夫が言った。
「会いたかったよ。かあさん」
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