散らない桜

戸影絵麻

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プロローグ

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 重い。

 彼は思った。

 まったく、こんなもの、いったい誰が考案したのだろう。

 目の前、ほんの数メートル先も満足に見えないし、第一、動きにくくてたまらない。

 上官は、

「動く必要はない。敵上陸艇が接近するのを待てばいい」

 そう言って笑ったが、冗談じゃない。そんな甘いことで任務を遂行できるはずがない。

 一死報国。

 忠君愛国。

 神皇万歳。

 まだこの前乗った桜花のほうがずっとましだった。

 いや、それを言うなら、機動力ではやはり回天か。

 それがここまで落ちぶれてしまうとは。

 大本営もよほど手不足物資不足であるのに違いない。

 伏龍。

 それが今回、彼が装備した特攻装備の名称である。

 潜水服を利用した、原始的な特攻兵器だった。 

 利用された潜水具は、海軍工作学校がわずか1ヶ月で試作した代物だ。

 ゴム服に潜水兜を被り、背中に酸素瓶2本を背負い、吸収缶を胸に提げ、腹に鉛のバンド、足には鉛を仕込んだ草鞋を履いただけの、ひどく不格好な戦闘具である。

 潜水兜には一応ガラス窓がついているものの、視界は悪く、ほとんど足元しか見えない。

 しかも、総重量は68kgにも及び、水中でも移動は至難の業だ。

 待機限界水深は、棒機雷の柄が2メートルの場合は約4メートル以内、柄が5メートルの場合は7メートル以内。

 待機可能時間は約5時間。

 武装は棒の先に取りつけた炸薬量15キロの成形弾頭、五式撃雷のみ。

 刺突機雷は敵の舟艇が隊員の頭上を通過しない限り有効な一撃は与えられず、しかも、機雷が爆発すれば、水を伝わる爆圧で隊員はほぼ確実に死ぬものとされている。

 だが、これが狂気の沙汰だという認識は彼にはあまりない。

 命じられたことは遂行するのみ。

 一死報国。

 忠君愛国。

 日ノ本の国に神風を。

 そう潜在意識に刷り込まれているからだ。

 ええい。

 彼は泉水兜を取り去って、潜水服を脱ぎ捨てると、全裸になった。

 機雷をくくりつけた棒だけを肩に担ぎ直し、水中を前進する。

 敵上陸艇など待ってはいられない。

 こうなったらこっちから特攻をしかけるのみ。


 ー照和19年3月未明。

 ニューギニアの西、ピアク島に、今しも、連合国軍が上陸しようとしていた…。
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