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#1 悪夢
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生死の境をさまよう彼の脳裏に浮かぶのは、不思議と爆発の瞬間の光景ではなかった。
その後半死半生でさまよった、ニューギニアの熱帯雨林の様子である。
うっそうとした巨木で空も見えない密林はひどくじめじめして、死臭が色濃く漂っていた。
むせ返るようなその臭気の源は、ほかでもない、道沿いに打ち捨てられた日本兵たちの死体である。
不思議なのは、死体たちはひとり残らず服を脱がされ、全裸であることだった。
しかも、よく見ると、脇腹や太腿から肉を削ぎ落され、傷口から白い骨や赤い臓物がのぞいている。
吐き気を催したのは最初のうちだけだった。
死体の間を千切れかけた足を引きずりながら匍匐前進していくうちに、やがてその嫌悪感は飢餓感に変わっていった。
考えてみれば、もう、ずいぶんと長い間、食べ物を口にしていない。
岸にたどり着く前に、補給部隊がすべて連合国軍に撃沈されてしまったせいだ。
食べるなら、早くすべきだった。
肉が腐ってからでは、食料にもならなくなる。
死体の中には、真っ黒に蠅がたかったものや、白い蛆で膚が見えなくなっているものもある。
奇妙なことだった。
皇国のために死ぬ。
その決意でこれまで生きてきたはずなのに、俺はまだ食欲を覚えている。
比較的新しい死体ににじり寄りながら、彼は思う。
俺にはやはり、まだ未練があるのだろうか。
故国に。
故郷に。
そして何よりも、彼女にー。
その後半死半生でさまよった、ニューギニアの熱帯雨林の様子である。
うっそうとした巨木で空も見えない密林はひどくじめじめして、死臭が色濃く漂っていた。
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不思議なのは、死体たちはひとり残らず服を脱がされ、全裸であることだった。
しかも、よく見ると、脇腹や太腿から肉を削ぎ落され、傷口から白い骨や赤い臓物がのぞいている。
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そして何よりも、彼女にー。
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