散らない桜

戸影絵麻

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#9 奇妙な依頼⑤

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 胸に下がった丸眼鏡をかけ直し、名簿に目を通し始める編集長。

 あたしはその横に立って、結果を待つ。

 待ちながら、考えた。

 太平洋戦争中、日本のみで行われた世紀の愚策、特攻攻撃。

 片道だけの燃料を積んで、敵艦に飛行機や潜水艦をぶつけるアレである。

 実際は、1944年のフィリピン海戦の時投入された神風特別攻撃隊が最初だと聞いたことがある。

 なのに、この名簿では、それがすでに1942年のミッドウェー海戦で使用されたことになっている。

 これはどういうことだろう?

 もしかして、と思う。

 ミッドウェーや、ガダルカナルは、リハーサルみたいなものだったとか?

 だとしたら、リハーサルのために死んでいった兵隊さんたちは、本当にやりきれない。

「ん? なんだ、これは?」

 編集長が呻いたのは、あたしが義憤に駆られ、両手のこぶしを握りしめた時だった。

「どういうことだ? ありえるのか? こんなことが?」

 書類の上に何度も視線を往復させる編集長。

 そのうちに虫眼鏡まで取り出して調べ始める始末だ。

「どうしたんですか? ひとりで何騒いでるんです?」

 さっきの仕返しとばかりに言ってやる。

「怪談だよ。現代の」

 振り向いた編集長の顔は真っ青だった。

「なるほどこれは、まさにうちにぴったりのネタじゃないか」
 
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