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#24 人形の家③
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成長した彼の分身を、女が両手で祈るように包み込む。
そうしてチューリップの形に開いた手のひらから顔を出す、赤黒い肉の茸に唇を寄せてきた。
海亀の頭部に酷似したそれは、彼の肉体の中でも最も敏感な部分である。
それを剥き出しにされ、息を吹きかけられると、醒めた脳内とは裏腹に、肉体が勝手に反応し始めた。
「大きい…」
全身の血液を集めて膨張する彼の器官を目の当たりにして、女が言った。
女はすでに”それ”の虜だった。
5年間にわたるふたりだけの密室での生活。
それが彼女を、ただの寡婦からとんでもない淫乱に変えてしまっている。
「こんなの、入るかしら…」
鼻先を肉の塔の側面に押しつけ、匂いを嗅ぎながら、女がつぶやく。
彼にしてみれば、愚問としか言いようがない。
女はそれを股間の肉襞で包み込み、その熟れ切った躰の奥深くまで咥え込むのを常としているのだ。
やがて唾液で濡らした舌先を出すと、猫が皿の牛乳を飲むように、チロチロ肉棒の首のあたりを舐め出した。
ううう・・・。
筋肉でできた達磨のような彼の肉体に、快楽の余震が走る。
また始まった、と思う。
毎晩のことなのに、女はまるで飽くことを知らないのだ。
不具である彼の躰を玩具にして、きょうも夜が明けるまで狂い悶えるつもりなのだろう。
ひとつしかない、天井を見つめる彼の眼に、憎悪の炎がともる。
オレガホシイノハ、コレジャナイ…。
オレハタダクイタイダケナノダ…。
デモコイツヲクウウワケニハイカナイ…。
コイツハオレヲイカシテクレルユイイツノニンゲンダカラ…。
そうしてチューリップの形に開いた手のひらから顔を出す、赤黒い肉の茸に唇を寄せてきた。
海亀の頭部に酷似したそれは、彼の肉体の中でも最も敏感な部分である。
それを剥き出しにされ、息を吹きかけられると、醒めた脳内とは裏腹に、肉体が勝手に反応し始めた。
「大きい…」
全身の血液を集めて膨張する彼の器官を目の当たりにして、女が言った。
女はすでに”それ”の虜だった。
5年間にわたるふたりだけの密室での生活。
それが彼女を、ただの寡婦からとんでもない淫乱に変えてしまっている。
「こんなの、入るかしら…」
鼻先を肉の塔の側面に押しつけ、匂いを嗅ぎながら、女がつぶやく。
彼にしてみれば、愚問としか言いようがない。
女はそれを股間の肉襞で包み込み、その熟れ切った躰の奥深くまで咥え込むのを常としているのだ。
やがて唾液で濡らした舌先を出すと、猫が皿の牛乳を飲むように、チロチロ肉棒の首のあたりを舐め出した。
ううう・・・。
筋肉でできた達磨のような彼の肉体に、快楽の余震が走る。
また始まった、と思う。
毎晩のことなのに、女はまるで飽くことを知らないのだ。
不具である彼の躰を玩具にして、きょうも夜が明けるまで狂い悶えるつもりなのだろう。
ひとつしかない、天井を見つめる彼の眼に、憎悪の炎がともる。
オレガホシイノハ、コレジャナイ…。
オレハタダクイタイダケナノダ…。
デモコイツヲクウウワケニハイカナイ…。
コイツハオレヲイカシテクレルユイイツノニンゲンダカラ…。
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