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第5部 慟哭のアヌビス

#9 我が身体の中の野獣

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 体調がすぐれなかった。
 体中が熱を持ったように、熱い。
 昨夜、また押入れの中で耀子の行為の一部始終を見聞きしたのがいけなかった。
 昨夜の耀子の相手は修二ひとりではなかった。
 修二の弟分だという、目つきの悪い坊主頭の若者も行為に加わっていた。
 耀子は犬のような姿勢を強いられ、口に若者の、性器に修二のペニスを挿入されて悦び悶えた。
 胡坐をかいた修二の上に坐る格好で後ろから犯され、乳房をもみくちゃにされながら若者の猛り立ったペニスにむしゃぶりついていた。
 押入れの外で狂ったように男たちを貪っているのは、もう母ではなかった。
 ただのいやらしいけだものにすぎなかった。
 彼は今しも爆発しようとする己の性器に爪を立て、痛みで欲情の炎を懸命に押さえ込んだ。
 できるなら出て行って自分が耀子を犯しまくってやりたかった。
 口といわず膣といわずアナルといわず、すべての穴という穴にこの獣欲に滾るペニスをぶちこんでかきまわしてやりたい。
 そう強く願わずに入られなかった。
 彼の目と鼻の先で、耀子が折りたたまれ、なぶられ、嬌声を上げ続けている。
 たるんだ白い乳房が赤みを帯び、股間から透明な液体をあふれさせている。
 ねちゃねちゃという音が部屋中に響き渡る。
 耀子が膣と乳房を同時に弄ばれながら、2本のペニスを根元まで銜えこみ、涎を垂らしている。
 その様子を押入れの戸の隙間から覗き、耀子と男ふたりの上げる獣じみた呻き声を耳にしているうちに、身体の震えが止まらなくなってきたのだった。

 乱交は明け方まで続き、精液と汗にまみれて動かなくなった耀子をひとり残し、男たちは去っていった。
 彼が押入れを抜け出して、ようやく自分のベッドで眠りについた頃には、外は明るくなり始めていた。
 昼前にあまりの暑さに目を覚ますと、すでに耀子の姿はなかった。
 寝坊しながらも会社に出かけて行ったに違いなかった。
 耀子はふだん営業成績が悪いだけに、下手に欠勤すると首になりかねないからだ。
 エアコンをつけても、いっこうに身体の熱は引かなかった。
 彼の家には、耀子の部屋以外、鏡がない。
 鏡に映った自分の姿を見ると彼がパニックを起こすので、ずいぶん前に耀子が撤去したのである。
 が、鏡がなくとも、首から上の奇形がひどくなっていることは、手で触るだけでわかった。
 上顎と下顎が、爬虫類のそれのように、前に突き出してきている。
 同じように後頭部も後ろに飛び出してきていた。
 だから、かなり大きめの紙袋ですら、被るのが難しくなりつつあった。
 彼は紙袋を装着するのを諦め、シャワーを浴びることにした。
 ベッドから降りようとして、床に足をつけたときだった。
 衝撃で、ふくらはぎの肉がべろりと剝け、床に落ちた。
 脚が妙な具合に変形し始めていた。
 関節が逆方向に曲がり、肉の削げ落ちた中から、昆虫の甲殻のような光沢のある表皮が覗いている。
「な、なんだ、これは」
 驚いて、腕に目をやった。
 上腕部の肉が剥げ落ち、鋭い棘の並んだ角質の皮膚がその下から現れていた。
「うそだろ・・・」
 シャツを脱いでみると、胸や腹にも変化が生じていた。
 表皮と肉がところどころ剥がれて、その下から黒光りする固い新たな皮膚が覗いているのだ。
 パンツを脱いだ。
 ペニスにも異変が生じていた。
 松の幹のように節くれだち、棘が生えてきている。
 もはやそれは単なる筋肉の棒ではなく、硬質な凶器の様相を呈していた。
「ど、どうなってるんだ・・・?」
 昨夜から続く体調の悪さ、熱っぽさはこのせいだったのか。
 奇形が顔だけでなく全身に及び、ものすごい勢いで加速している。
 見ると、シーツの上は剥がれた肉片と血で、汚らしく汚れてしまっていた。
 無意識に顔に手をやった瞬間、頬に痛みが走った。
 爪が伸びすぎていた。
 右手を目の前にかざして、彼は絶句した。 
 指が3本しかない。
 まるで鶏の足のような形だった。
 人差指に中指が、薬指に小指が融合し、3本だけが異様に発達した形態に変貌しているのだ。
 そしてその先には剃刀のように鋭く長い爪が生えている。
「ば、化け物・・・」
 恐怖で視界が暗くなった。
 貧血を起こしたときのように、頭がくらくらした。
 生まれて初めて、鏡を見ようと思った。
 裸のまま部屋を出ようとしたときだった。
 玄関の鍵の開く音がした。

「さ、落とし前、つけてもらうぜ」
 修二の声が聞こえた。
 彼の顔から血の気が引いた。
 修二がこの部屋の合鍵を持っていることは知っている。
 しかし、耀子のいない時間帯にやってくることは滅多になかった。
 しかも、こんなに早く戻ってくるとは。
 一刻を争う事態だった。
 彼は耀子の部屋に駆け込むと、押入れの戸を引き開け、中に飛び込んだ。
 つい数時間前までこもっていた空間である。
 中はじっとりと湿り、汗とかすかな精液の匂いに満ちていた。
 足音が近づいてくる。
 母と一緒に戻ってきたのだろうか。
 また性懲りもなく、今度はふたりきりで、あれを始めるつもりなのか。
 が、彼の予想は裏切られた。
「ここ、本当にあなたの家なんですか」
 びっくりするほど近くで、聞き覚えのある少女の声が響いたのだ。
 杏里・・・・。
 どうして・・・?
「ここ、呉秀樹君のおうちですよね? あなたはヒデキ君のお父さんなんですか?」
 部屋の戸が開いた。
 彼はこらえきれず、薄めに押入れの襖を開け、外を覗いてみた。
「ヒデキ? 何わけわかんねえこといってんだよ。ここは俺のイロの家さ。耀子って年増女のな。耀子に子供なんていねえんだよ」
 杏里が修二に腕を取られ、部屋にひきずりこまれてくるところだった。
「つべこべ抜かしてないで、さっさと脱ぎな」
 いきなり修二が杏里の頬を殴った。
 敷かれたままの布団の上に、杏里が転倒した。
 ここだけ和室のため、畳敷きになっている。
 耀子はいつもその上に蒲団を敷いて事に及んでいる。
 いつものように、そこを修二は使うつもりらしかった。
「早くしやがれ。元はといえばおめえが悪いんだろ」
 わき腹を蹴られ、顔を踏みつけられて杏里がうめいた。
「やめて。いう通りにするから、乱暴しないで」
 上半身を起こすと、自分からタンクトップとショートパンツを脱ぎ、蒲団に横たわった。
 透けるような生地のベージュのブラジャーと、横が紐だけの小さなパンティを身につけている。
 ブラが小さいため、仰向けになると、大きな乳房が半分近く横に流れて乳首ぎりぎりのところまではみ出てしまう。
 局部は無毛なのか、パンティが小さすぎて恥丘のふくらみが一部覗いているにもかかわらず、陰毛は見えていない。
 押入れの2段目から見下ろす杏里の姿態は、なまじ肌の肌理が細かく色が白いだけにひどく挑発的で猥褻だった。
 そして、なによりも悩ましいのはその顔だ。
 かすかにしかめた眉。
 半ば開いた肉厚の唇。
 頬から顎の下にかけての線。
 あどけなさの下から、見る者の嗜虐心を刺激せずにはおかないフェロモンのようなものが滲み出ている。
「おまえ、その体でほんとに中学生なのか?」
 修二が今にも涎を垂らさんばかりの口調でいう。 
「今時女子大生でもこんなムチムチの女いないぜ。耀子のババアとは比べ物にならねえな」
 彼は耳を塞ぎたくなった。
 何をする気だ?
 杏里に、いったい何を?
 自問するだけ無駄だった。
 そんなの、決まっている。
 こいつ、杏里に、母さんにしたのと同じことをしようとしているのだ・・・。
 そういえば、と思う。
 きのう、耀子とあれを始める前の戯言の中で、修二は耀子に訊いていた。
 -隣、誰か越してきたのか?
 -らしいわね。中学生くらいの女の子と、父親の二人暮らしだってよ。
 耀子はそう答えただけだったのだが、おそらく修二はどこかで杏里を見かけ、ひそかに目をつけていたのだろう。
 もともと、この男、堅気の人間ではない。
 体中の彫り物でわかる通り、暴力団の構成員であるらしい。
 相手が未成年であろうと、躊躇うタイプではなさそうだった。
「おまえがぶつかってきたおかげで、ほら、こんなになっちまった」
 修二がにやにや笑いながら、ズボンと下着を一緒に引き下ろした。
 たくましい尻が顕わになる。
 その向こうにそそり立つペニスの先端が見えた。
 何か埋め込んであるらしく、亀頭の付け根が異様にごつごつと膨らんでいる。
「こいつを突っ込まれたら、どんな女もイチコロなんだぜ。な、試してみたいだろ? この濡れまんこ女」
 杏里は片腕で胸を、もう一方の手で股間を隠して蒲団に仰向けになっている。
 目を閉じ、逃げようとする様子もない。
 ゥゥゥウウ・・・。
 彼の中で何かが急速に高まりつつあった。
 それはマグマのように煮えたぎる何かだった。
 耀子の濡れ場を目撃したときに感じたものとは、比べものにならぬほど強かった。
 やめろ!
 叫んだつもりが、声にならなかった。
 獣じみた咆哮が、喉から迸っただけだった。
 彼は襖を突き破り、部屋の中に躍り出た。
 修二が振り向き、目をいっぱいに見開いた。
「な、なんだ、きさま?」
 もう一度腹の底から雄叫びを上げると、彼は獲物を発見した野獣のように、男めがけて一気に襲いかかった。

 

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