創世の先生~抗世の物語~

真白な雪

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一時限目 浮浪者先生拾われる

活かすも殺すも腕次第

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 朝食前になると既にアリステラは起床し洗顔を済ませ歯磨きをしていた。


「おはようアリステラ」


 歯を磨いている途中のアリステラは口を膨らませたままコクコクと首を振って挨拶をしていた。俺も顔を洗っていなかったことを思い出し冷たい水で顔を洗っているとアリステラが戸棚から歯磨き玉を取り出してくれた。


「ありがと」


 アリステラは目を細めてニコニコと笑っている。俺が歯磨き玉を口に入れた辺りでアリステラの歯磨きが終わったらしく洗浄液を吐き出しうがいをしている。


「――ふぅ、おはようございますソテルさん。先に食堂に行ってますね」


 一言断ってからアリステラはとてとてと歩き出す。俺は歯を磨きながら素直で可愛らしい子だなぁと眺めていた。

 テクネアルスでの歯磨きはブラシで磨く方法の他に歯磨き玉と呼ばれる小さな玉を使う方法がある。使い方は簡単で、まず歯磨き玉口に放り込みかみ潰すことで歯磨きが始まる。歯磨き玉をかみ潰すと口の中を洗浄液が縦横無尽に駆け巡り口内を洗浄してくれる。洗浄が終わるまで暫く時間が掛かるが、暫くすると洗浄液の動きが緩慢になり、やがて止まる。液の動きが完全に止まると歯磨き完了の合図で、後は洗浄液を吐き出してうがいをすればお口の中はすっきりだ。

 毎日使う日用品のため値段もそこまで高くない。便利なものだ。

 歯磨きが完了したのでアリステラと同じく食堂に行く。既にアリステラとアリシアは席に着いて何かを話しているがそこにブリックスの姿はない。


「あ、起こしてくるわね」


 アリシアは席を立って食堂を後にする。ブリックスはまだ就寝しているようだ。

 何か話でもしてようかと思ったのだが、アリステラは何か困ったような顔をしていた。もしかしたらまだ一緒に住むことを受け入れる心持ちがまだ出来てないのかも知れないなと想い今の所はそっとしておこうとしたその時、上の階からゴトンと大きな音が鳴り響いた。そこそこの重量物が落ちたような音に加え、僅かながら着席していた椅子が揺れるほどの振動を感じた。

 何事かとアリステラの方を向くと額に手を当てやれやれといった様子で首を振っていた。暫くすると腰をさすりながらブリックスが食堂に到着した。


「いたたたた……やぁみんなおはよう」

「おはよう、御座います?」

「いやぁ参った参った。寝ている僕を放り投げて起こすだなんて久々だったよ」

「え」


 という事は先程の大きな物音は彼がベッドから落とされた音だったのだろうか。


「空中で十回転はしていたね。いやぁ気前よく回されちゃったもんだから僕も抵抗出来なくて困っちゃったよ」


 ブリックスは何も気にしていなさそうに笑っているが俺としては気になって仕方が無い内容の会話がぶっ込まれ続けている。いやね、今朝確かにアリシアは夫のことを心配していた筈なのだが当の本人がこんなに痛めつけても良いものだろうか。

 いや、それ以前に十回転はしていたとは一体どんな状況だろうか。布団に包まっているブリックスごと布団を力一杯に引っぺがし、空中で十回転するほど転がされたのだろうか……いやいや、アリシアの細身にそんなことが出来るようには思えない。

 しかしブリックスの後ろでニコニコ笑っているアリシアには軍属時代に経験した逆らってはいけない者、強者のオーラの様なものを感じる。


「さっ! それじゃあご飯に――」

「ご飯はまだです。ほら、顔と歯を磨いてきてください。だらしがないですよ」

「いやしかしみんなを待たせては――」

「いいから磨いてきなさい」


 渋々ブリックスはアリシアの言う事を聞く。


「ごめんね、もう少しだけ待ってて」


 そう言ってアリシアはブリックスを連れて洗面所へ向かった。


「……ねぇアリステラ」

「はい」

「もしかして、これって毎日……」

「……お恥ずかしながら」


 アリステラは眉を八の字に曲げながら頬を掻いて笑っている。しかし毎日こんな起こし方をしていて大丈夫なのだろうか。ブリックスの身体が心配になってくる。

「えっと、お父さんは大丈夫なの?」

「うぅん……お父様は凄く身体が丈夫なので……多分大丈夫では無いでしょうか」

「そう言う問題なのかな……」

「それにあれをしないと起きないんです……顔を殴っても私が伸し掛かっても耳元で鐘を鳴らしても起きないんです……」


 えぇ……なにそれ既に何か病気めいた何かにかかっているのでは無いだろうか。確かにそんな有様なら昨日心配していた通り暗殺など簡単にできてしまうだろう。なんせ物音を立てて歩いたとしても標的が起きもしないのだからやりたい放題だ。
 まぁアリシアの方はそうではなさそうだが。と言うよりもアリシアがいるのなら俺が暗殺の心配をする必要は無いのでは無いだろうか。そのくらい恐ろしい程にオーラをめきめきと放っている。

 朗らかで柔らかい雰囲気な外見なだけにその差分で怖さも一押しされている。

 ブリックス達が帰ってくると何もおかしな事など無かったかのように至って普通な態度で食事を始めるものだからこの家のルールではブリックスをアリシアが乱暴に起こすのは当たり前の事なんだな、と一つ学んだ。


「しかしそれにしても毎日投げるのは酷いと思わないかい? ソテルはどう思う?」


 やめてくれ、その話題を俺に振らないでくれ…………ほら、アリシアがにこやかに俺を睨んだじゃ無いか。蛇に睨まれた蛙の気分だ。


「えっと。い、いいんじゃないですかね……」

「ほら、ソテル君もこう言ってますしやっぱり旦那様が起きないのが悪いんですよ」

「ふぅむ。そういうものか……おかしいのは僕の方だったのか」


 いえ、ブリックスさんは間違ってませんよ。……とは言えないよなぁ。


「大体ですよ、旦那様が毎朝早く起きればこんなことにはなりませんよ」

「でも君に起こされるとなんだか気持ちがいいものだからつい、ね」


 惚気ている。しかしあんな起こされ方をして気持ちがいいだなんて気持ちが悪い。


「もう、そんなこと言わずにちゃんと起きてください。こんなこと続けてたらそのうち身体壊しちゃいますよ?」


 いや壊すなよ!? 旦那様の身体壊すほど乱暴に扱うなよ!?


「ははっ、君になら壊されても怖くないさ。いざという時は治してくれるんだろう? でも今日みたいな曲芸師気分はもう味わいたくは無いな」


 壊して治して壊して治してって何ソレ。夫婦そろって特殊な性癖なの? 心病んでるの? ダメだ、この夫婦の会話は少しアブノーマルな気がする。アスールライト歴十二年のアリステラは料理に視線を落としにこやかに食事に集中して二人の会話を聞いてすらいない。おそらくこれが正しい答えなのだろう。……俺もそうしようかな。

 二人の会話を出来るだけ聞かないようにして俺も料理に視線を落とすことにした。
 アリシアの料理は非常に美味しかった。野菜一つ取ってもその野菜にとって一番美味しいであろう調理が施されていて面倒だとしても最高の物を作ろうとしていることが窺える。特に魚の唐揚げが一番美味しい。魚の臭いは特に感じないが香草と香辛料臭い訳では無くがほんのりと香る程度で香り付けされていて、味も少し弾力があり噛み応えがあって食べていて楽しい。


「あ、その唐揚げどう?」


 俺が唐揚げを半分ほど平らげた後アリシアは感想を求めた。


「とても美味しいです。なんていうか、お店でも食べたこと無いような」

「そう? それはよかった!」


 屈託無く笑顔を向けられ、これだけなら恐怖も何も無く凄く美しい人なのだがなぁと不躾に眺めているとアリシアは二の句を告げた。


「それ、君の嫌いな沼魚よ」

「……これがですか?」
 

 俄に信じがたい。俺が口にした沼魚は完全にゴミの様な臭いをしていたし、食感も非常に悪かった。と言うよりも気を失いほどの何かがあったし、とても似つかない。


「シア、おかわり」

「なりません、昔の様に引き締まってて格好良かった旦那様に早く戻ってください」


 俺が驚いてる間にも夫婦は惚気ている。いい加減お腹いっぱいである。


「まぁソテル君が信じられないのも無理もないけど、何だって使い方次第よ」


 そう言ってウインクして見せたアリシアは食事を済ませたブリックスの身支度の手伝いに向かった。アリステラはまだちまちまと食事を続けて居て、俺はと言うとあの時の沼魚は俺の調理の仕方が悪かったのか、それともよく似た違う何かだったのかと沼の魚について考えていた。
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